手狭になった講堂の、その次の講堂
遺愛学院講堂は、北海道函館市杉並町の遺愛学院構内に建つ昭和10年(1935年)竣工の木造講堂で、ヴォーリズ建築事務所の設計により、平成14年(2002年)6月25日に国の登録有形文化財に登録された。
建てられた理由は身も蓋もなく、そして少し胸を打つ。それまで礼拝に使っていたのは明治41年(1908年)竣工の本館2階にあった講堂で、生徒数が増えるにつれて入りきらなくなった。この部屋は後に半分が教室へ改築されている。宣教師からの寄付金を基に独立した講堂が計画され、正門を入ってすぐ右手、生徒が毎朝いちばん最初に通り過ぎる位置に建った。
規模は木造平屋建、一部2階建。建築面積467平方メートル、切妻造の亜鉛板葺で、正面にポーチを設けてそこを入口とする。背面側では廊下を介して本館とつながっており、車寄せから見ると別々の建物に見えるが、内部では地続きになっている。
本館と同じ、うすいピンクに白の縁取り。雪の日に見ると、この色の選択が写真では伝わりきらない働きをする。
ヴォーリズ、あるいは足さないという設計
設計はウィリアム・メレル・ヴォーリズ(1880〜1964)の建築事務所による。明治38年(1905年)に英語教師として近江八幡に着任してそのまま日本に留まり、一柳米来留(ひとつやなぎめれる)の日本名を持った人物で、その事務所は学校、教会、病院、百貨店を全国に残した。学校には当時の設計図が保存されている。
ここでヴォーリズが持ち込んだのは、抑制である。講堂の登録基準は「造形の規範となっているもの」だが、評価されている質はむしろ引き算の側にある。塔屋はない。妻面の装飾もほとんどない。ポーチと屋根、そして背の高い窓の連なり。見どころは付加された装飾ではなく、寸法の取り方と光の入れ方に寄っている。
数百人が声を合わせる部屋として、この抑制はよく効いている。古びにくい理由でもある。時代を特定させる要素が少なく、壊れて困る飾りも少ない。
明治41年の本館は、ガーディナーによるはるかに装飾的なアメリカ様式だった。その本館と講堂が同じ構内に並んでいるおかげで、日本のミッションスクール建築が一世代のうちにどう変わったかを、歩きながら比べられる。
約600席、竣工時の椅子、758本のパイプ
2階席を含めた収容人数は約600名。木製の椅子は建物とともにヴォーリズがデザインしたもので、学校の説明によれば設計当初の椅子が現在も使われている。部屋を描いた建築家が描いた椅子に座るというのは、口で言うほどありふれた経験ではない。
正面にはドイツ・ボッシュ社製のパイプオルガンが据えられている。1985年の完成で、学校によれば構想に3年、設計から完成まで1年を要し、758本のパイプ、10本のストップ、58音の木製鍵盤2段という仕様を持つ。道南でも最大級の楽器とされる。生徒は毎朝この音で賛美歌を歌う。
毎日の礼拝が今もこの建物の主な用途であり、コンサートにも使われている。九十年にわたって同じ仕事を続けてきたことが、登録されるべき理由そのものだといえる。
外に目を向ければ、前庭は春に桜とツツジで彩られる。冬は入口脇の大きなオンコの木がクリスマスツリーとして灯される。メソジストの宣教師が始めた学校にとって、それは飾りというより、この場所が何であるかの表明に近い。
働いている建物を訪ねるということ
遺愛学院は現役の中学校・高等学校である。講堂は外観を見ることができるが、内部が定期的に一般公開されているわけではない。学校の案内によれば、正門を入って右手すぐに守衛室があり、敷地内へ入る際は守衛に用向きを伝えることになっている。
行き方は難しくない。函館市電「杉並町」電停から正門まで徒歩1分ほど、同名のバス停留所も利用できる。函館駅からは市電が最も簡単だ。五稜郭とその公園までは徒歩10分程度なので、この界隈で半日を過ごす計画にそのまま組み込める。
講堂は歴史的建造物のうち正門にいちばん近く、校内の奥まで入らずに外観を見られる。参道や公道からの撮影は制限されていないが、生徒を画面に入れないようにしたい。内部の見学やオルガンの撮影を希望する場合は、学校を通す必要がある。
旧宣教師館(ホワイトハウス)は、例年7月下旬の2日間に内部が一般公開されると案内されている。日程は年により動き、実施が確約されているものでもないため、これに合わせて訪ねるなら学校または函館市の観光案内で事前に確認してほしい。
Q&A
- 遺愛学院講堂の内部を見学することはできますか。
- 現役の学校が毎日使用している建物のため、内部の定期的な一般公開はありません。外観は見学できます。敷地内へ入る際は、正門を入って右手の守衛室に用向きをお伝えください。
- 遺愛学院講堂を設計したのは誰ですか。
- アメリカ人建築家ウィリアム・メレル・ヴォーリズ(日本名・一柳米来留)が設立したヴォーリズ建築事務所です。竣工は昭和10年で、学校には当時の設計図が保存されています。
- 遺愛学院講堂のパイプオルガンはどのような楽器ですか。
- ドイツ・ボッシュ社製で1985年の完成です。学校の説明では758本のパイプ、10本のストップ、58音の木製鍵盤2段という仕様で、道南最大級とされています。毎朝の賛美歌の伴奏に使われています。
- 遺愛学院講堂の収容人数は何名ですか。なぜ建てられたのですか。
- 2階席を含めて約600名です。明治41年築の本館内にあった講堂が生徒数の増加で手狭になったため、宣教師からの寄付金を基に独立した講堂として建てられました。
- 遺愛学院講堂へは函館駅からどう行けばよいですか。
- 函館市電で「杉並町」電停下車、徒歩1分ほどです。同名のバス停留所もあります。講堂は正門を入って右手、歴史的建造物のうち最も正門に近い建物です。五稜郭までは徒歩10分程度です。
基本情報
| 名称 | 遺愛学院講堂(いあいがくいんこうどう) |
|---|---|
| 所在地 | 北海道函館市杉並町64-1 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物)/登録番号 01-0049/登録基準「造形の規範となっているもの」 |
| 指定年 | 平成14年(2002年)6月25日登録、同年7月16日告示 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 建築面積467平方メートル/木造平屋建一部2階建、亜鉛葺/昭和10年(1935年)竣工 |
| 所有者 | 学校法人遺愛学院 |
| 公開状況 | 現役の学校施設。外観のみ見学可、内部非公開 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)遺愛学院講堂
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00002734
- 文化遺産オンライン(文化庁)遺愛学院講堂
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/115614
- 遺愛女子中学校・高等学校「遺愛の校舎と歴史」
- https://www.iaijoshi-h.ed.jp/history/
- 遺愛女子中学校・高等学校「アクセス」
- https://www.iaijoshi-h.ed.jp/access/
- はこぶら(函館市公式観光情報サイト)遺愛学院(旧遺愛女学校)本館・旧宣教師館
- https://www.hakobura.jp/spots/604
最終更新日: 2026.08.27