大火の年に建った家

旧藤澤家住宅主屋は、北海道函館市時任町にある昭和9年(1934年)建築の木造住宅で、平成28年(2016年)11月29日に国の登録有形文化財に登録された。

この年号には意味がある。昭和9年3月21日、強風にあおられた火が函館の市街を焼き、近代日本でも有数の規模の大火となった。焼失をまぬがれた資力のある層は、密集した低地を離れ、内陸側の地盤の緩やかな土地へと住まいを移していく。この住宅は、その動きの中に建てられた一軒である。

木造平屋建、一部2階建。西を向き、建築面積は143平方メートル。屋根は鋼板葺。平面は中庭を三方から囲む形をとり、その輪郭からコの字型と呼ばれる。

正面を読む

道に面した側に、目を止める価値のある仕事が二つある。

ひとつは外壁。正面は簓子付下見板張で仕上げられている。横板を下から順に重ね張りし、その継ぎ目を覆うように細い縦の押縁を一定間隔で打つ。押縁の裏側は板の段差に合わせて刻んであり、隙間なく密着する。手間のかかる古い技法で、平らな下見板張よりも工数が増える。横のリズムの上に縦のリズムが重なり、正面の表情に細やかさが出る。雪の多い土地では、板の重ねを閉じておく実利もある。

もうひとつは玄関。切妻破風付の小さな屋根が戸口の上に張り出している。この規模の住宅としては意識的な格式づけで、客を迎えることを前提にした構えといえる。

内部は公開されていないが、登録時の解説文には北東側の様子が記されている。上質な十畳の座敷が並ぶ。十畳という広さは相応の規模である。玄関から離れた北東に良い部屋を置き、中庭に面させる配置は、昭和初期の住宅として型を踏まえた、落ち着いた選択だ。

昭和9年の郊外住宅が守られる理由

函館の建築というと、港を見下ろす坂の洋風住宅群が先に思い浮かぶ。この家はもう一方の系譜にあたる。登録は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」という基準による。

文化庁の解説文は、昭和9年の大火のあと郊外に展開した新興住宅地に建つ住宅建築の好例、と位置づけている。この一文が評価の要点を含んでいる。一軒として見れば、記念碑的な建築ではなく、恵まれた中流の住まいである。しかし同種の住宅がまとまって示しているのは、焼けた都市が自らの地図を引き直した時期の記録であり、当初の構成を保ったまま残る例は多くない。

文化審議会が答申したのは平成28年7月15日、同じ函館市の函館YWCA会館とあわせての答申だった。この組み合わせは当時、地元でも話題になっている。和風意匠の住宅と洋風意匠の会館。戦間期の函館がどのように住まいを構えたか、その両面が同じ日に登録されたことになる。登録は同年11月29日、登録番号は01-0147。

改修の記録は二度ある。昭和53年(1978年)と平成27年(2015年)である。

訪ねる前に読んでほしいこと

この項目は先に読んでいただきたい。ほかの登録文化財よりも、できることの範囲が狭いためである。

文化庁のデータベースに所有者名の記載はなく、一般公開の制度も、見学用の入口も、拝観料も、公開時間の告知もない。個人の住まいとして扱うのが適切である。可能なのは、公道から外観を眺めることだけだ。

つまり、敷地内に入らない。窓越しや塀越しに撮らない。呼び鈴を押さない。門前に長くとどまらない。道の反対側をゆっくり通り過ぎながら見る。それが正しい見方である。ここで人が暮らしているなら、外壁への関心のためにその一日を乱すべきではない。

時任町は港から内陸に入った住宅地で、函館市電の千代台電停から中央病院前電停にかけての一帯にあたる。五稜郭は同じ路線をもう少し進んだところにある。同じ日に登録された函館YWCA会館は市内の別の場所に建っており、和と洋の対比に関心があれば半日で両方を見て回れる。

同時期の函館の住宅を内部から見たい場合は、市が公開・管理している歴史的建造物がほかにある。函館市の文化財一覧が出発点として使いやすい。末尾に掲げておく。

Q&A

Q旧藤澤家住宅主屋の内部を見学することはできますか。
Aできません。一般公開の制度も見学用の入口も公開時間の告知もなく、文化庁のデータベースにも所有者名の記載がありません。個人の住まいとしてお考えいただき、公道からの外観見学にとどめてください。
Q旧藤澤家住宅主屋はどこにあり、どう行けばよいですか。
A北海道函館市時任町にあります。港から内陸に入った住宅地で、函館市電の千代台電停から中央病院前電停にかけての一帯です。五稜郭は同じ路線をもう少し進んだところにあります。
Q旧藤澤家住宅主屋を撮影してもよいですか。
A公道から正面外観を撮る範囲であれば、公道から見える建物一般と同じ扱いです。窓越し・塀越しの撮影、敷地内への立ち入り、門前での長時間の滞留はお控えください。
Q旧藤澤家住宅主屋はなぜ登録有形文化財になったのですか。
A平成28年11月、昭和9年の函館大火のあと郊外に展開した新興住宅地に建つ住宅建築の好例として登録されました。和風意匠を基調とする構成、中庭を囲むコの字型平面、簓子付下見板張の正面が、当時の姿をとどめている点が評価されています。
Q旧藤澤家住宅主屋は外から何を見ることができますか。
A西を向いた正面です。横板を重ねた下見板張の継ぎ目に細い縦の押縁を打つ簓子付の仕上げと、玄関上に張り出す切妻破風付の小屋根が見どころになります。十畳の座敷や中庭は道路からは見えません。

基本データ

名称旧藤澤家住宅主屋(きゅうふじさわけじゅうたくしゅおく)
所在地北海道函館市時任町28他
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号 01-0147
指定年平成28年(2016年)11月29日登録・同日告示
員数1棟
寸法木造平屋一部2階建、鋼板葺、建築面積143平方メートル。昭和9年建築、昭和53年・平成27年改修
所有者文化庁データベースに記載なし(個人所有とみられる)
公開状況非公開。公道からの外観見学のみ。居住者の生活への配慮をお願いします

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース 旧藤澤家住宅主屋
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00011230
文化遺産オンライン 旧藤澤家住宅主屋
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/254685
函館市 函館市の文化財一覧
https://www.city.hakodate.hokkaido.jp/docs/2016072500056/
文化庁 第172回文化審議会文化財分科会議事要旨(平成28年7月15日)
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/bunkazai/16/pdf/gijiyoshi_172.pdf

最終更新日: 2026.08.27