函館大手町ハウス:大正時代の洋風建築が蘇る港町の宝
JR函館駅からわずか徒歩5分、大手町の通りに凛と佇む函館大手町ハウス(旧浅野セメント函館営業所)は、北海道を代表する大正期の洋風建築です。1918年(大正7年)に建てられたこの木造2階建ての建物は、塔状の突出部やファンライト(扇形窓)、バルコニーなど、ヨーロッパの商館を思わせる意匠が随所に見られます。2005年(平成17年)に国の登録有形文化財に登録され、かつて東京以北最大の都市として繁栄した函館の歴史を今に伝える貴重な建造物です。
歴史的背景:浅野セメントと近代函館の発展
この建物は、1918年(大正7年)に浅野セメントの函館営業所として建設されました。浅野セメントは、「セメント王」と称された実業家・浅野総一郎が興した日本最大級のセメント会社です。浅野総一郎は渋沢栄一の後押しを得て、1884年(明治17年)に官営深川セメント製造所の払い下げを受け、これを基盤に浅野セメントを設立しました。1919年(大正8年)には日本のセメント生産高の半分を占めるまでに成長し、浅野財閥は海運、炭鉱、造船、製鉄、埋立事業など多方面に事業を展開する一大コンツェルンとなりました。
函館営業所が建設された背景には、浅野セメントが小樽、函館、室蘭、釧路など北海道各地の築港工事にセメントを大量に供給していたことがあります。当時、東京以北最大の都市であった函館は、北海道の物流・商業の要衝として急速に近代化が進んでおり、セメント需要の拡大に伴い専用の営業所が設けられました。建物は現在の函館市役所から函館港方面へ続く東雲広路の先、工業地帯に位置し、函館駅にも近い好立地に建てられました。
文化財指定の理由とその価値
函館大手町ハウスは、2005年(平成17年)7月12日に国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。その価値は多岐にわたります。第一に、建築意匠の優秀さです。木造2階建てでありながら、正面両脇を突出させて塔状に仕立て、コンクリートブロックで隅柱を表現するなど、石造建築のような重厚感を巧みに演出しています。正面入口のファンライト(扇形窓)、アーケード上のバルコニー、直線的な意匠の窓庇と窓台など、大正期ならではの洋風デザインが見事に調和しています。
第二に、日本の近代産業史を物語る貴重な商業建築として歴史的価値を有しています。大正期に大手企業が地方に展開した営業所建築の遺構は全国的にも希少です。第三に、2004年(平成16年)に行われた復元工事は、偶然発見された1枚の写真をもとに往時の外観を忠実に再現した民間主導の文化財保存の模範的事例として高く評価されています。
名棟梁・村木甚三郎の技
棟札の記録によると、この建物の施工を手がけたのは棟梁・村木甚三郎です。村木は函館を代表する名棟梁であり、旧函館区公会堂(重要文化財)、函館海産商同業組合事務所、旧函館市立図書館書庫など、函館の主要な歴史的建造物を数多く手がけました。大手町ハウスにも、精緻なファサード装飾や建物全体の均整のとれたプロポーションなど、村木の卓越した技術と美意識が随所に表れています。
衰退、放置、そして復活
浅野セメントの事業が変遷する中、建物の所有権は北海道漁業公社に移り、社屋として利用されていました。しかし、ソ連による北洋漁業の制限が強化され、最終的に禁漁となった影響で、同公社は1989年(平成元年)に倒産。建物はしばらくの間、空き家として放置される運命をたどりました。
転機が訪れたのは、この建物の前を通るたびに「甦らせたい」という思いを募らせていた現オーナーが、2003年(平成15年)にこの建物を取得したときのことです。長年の放置により、特に塔屋部分は竣工時の姿から大きく変容していました。しかし、偶然発見された竣工当時の写真1枚をもとに、現存部分との対比から塔屋の寸法を計算し、忠実な復元が実現しました。この復元工事は2004年(平成16年)に函館市都市景観賞を受賞し、翌年には国の登録有形文化財への登録にもつながりました。
建築の見どころ
函館大手町ハウスの外観には、じっくり観察したい建築的な見どころが数多くあります。左右対称のファサードに配された双塔状の突出部は、この建物に独特のヨーロッパ風の風格を与えています。隅部に用いられたコンクリートブロックは、石造建築のクォイン(隅石)を模したもので、木造でありながら重厚な石造りの印象を生み出しています。銅板葺きの屋根は上品な輝きを添え、正面入口のファンライト(扇形窓)と2階のバルコニーは、ヨーロッパの商館建築を彷彿とさせます。
ファサード全体に配された直線的な窓庇と窓台は、大正期に流行した幾何学的な美意識を反映しており、西洋の建築様式と日本の建築技術が見事に融合した作例です。建築面積は約139平方メートルとコンパクトながら、街並みの中で存在感を放つ堂々たる佇まいを見せています。
訪問ガイド
函館大手町ハウスは、北海道函館市大手町5-1に位置し、函館市役所から函館港方面へ続く東雲広路沿いにあります。市電「市役所前」電停から徒歩約3分、JR函館駅からは徒歩約5分と、アクセスは非常に便利です。
かつては1階でカフェ(Cafe Centenaire)が営業していましたが、2025年時点ではカフェは閉業しており、外観のみの見学となっています。美しく復元されたファサードとその建築的ディテールは、外からでも十分に堪能できます。函館駅とベイエリアの間に位置しているため、函館の歴史的建築群を巡る散策コースの一環として訪れるのに最適なスポットです。
周辺の観光スポット
函館大手町ハウスは、函館の人気観光スポットへのアクセスに恵まれた絶好のロケーションにあります。新鮮な海産物で賑わう函館朝市はすぐ近くにあり、活気ある市場の雰囲気と海鮮丼を楽しめます。海沿いに少し歩けば、ショッピングや食事、港の景観が楽しめる金森赤レンガ倉庫群があります。さらに坂を上れば、旧函館区公会堂、函館ハリストス正教会、元町地区の情緒ある坂道群に出会えます。ともえ大橋からは函館港を一望でき、世界的に有名な夜景で知られる函館山ロープウェイへも気軽に足を延ばせます。
Q&A
- 函館大手町ハウスとはどのような建物ですか?
- 1918年(大正7年)に浅野セメントの函館営業所として建てられた木造2階建ての洋風建築です。ヨーロッパ風の意匠が特徴で、2005年に国の登録有形文化財に登録されました。2004年に往時の外観に忠実に復元された歴史的建造物です。
- 建物の内部は見学できますか?
- 2025年時点では、以前営業していたカフェ(Cafe Centenaire)は閉業しており、外観のみの見学となっています。復元された美しいファサードは外からでも十分にお楽しみいただけます。
- アクセス方法を教えてください。
- 市電「市役所前」電停から徒歩約3分、JR函館駅からは徒歩約5分です。函館駅とベイエリアの間に位置しており、散策がてら立ち寄るのに便利な場所にあります。
- 浅野総一郎とはどのような人物ですか?
- 浅野総一郎(1848〜1930年)は「セメント王」と称された日本の実業家です。渋沢栄一の支援を受けて官営深川セメント製造所を取得し、浅野セメント(現・太平洋セメント)を日本最大のセメント会社に育て上げました。海運、造船、製鉄、埋立事業など多角的に展開し、一代で浅野財閥を築きました。
- 棟梁の村木甚三郎は他にどのような建物を手がけましたか?
- 村木甚三郎は函館を代表する名棟梁で、旧函館区公会堂(国指定重要文化財)、函館海産商同業組合事務所、旧函館市立図書館書庫など、函館の主要な歴史的建造物を数多く手がけました。
基本情報
| 名称 | 函館大手町ハウス(旧浅野セメント函館営業所) |
|---|---|
| 竣工年 | 1918年(大正7年) |
| 構造 | 木造2階建、銅板葺、建築面積約139㎡ |
| 棟梁 | 村木甚三郎 |
| 文化財指定 | 国登録有形文化財(建造物)(登録年月日:2005年(平成17年)7月12日) |
| 所在地 | 北海道函館市大手町5-1 |
| アクセス | 市電「市役所前」電停下車 徒歩約3分/JR函館駅から徒歩約5分 |
| 駐車場 | なし |
| 現在の状況 | 外観のみ見学可(2025年時点) |
参考文献
- 函館大手町ハウス(旧浅野セメント函館営業所) - 文化遺産オンライン
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/117564
- 大手町ハウス函館(旧浅野セメント函館営業所、現cafe centenaire) - はこぶら
- https://www.hakobura.jp/spots/668
- 函館市の文化財一覧 - 函館市
- https://www.city.hakodate.hokkaido.jp/docs/2016072500056/
- 浅野総一郎 - Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%85%E9%87%8E%E7%B7%8F%E4%B8%80%E9%83%8E
- 浅野学園史料室デジタルアーカイブ
- https://www.asano.ed.jp/historical/
- 函館大手町ハウス(函館の建築再見) - 関根要太郎研究室@はこだて
- https://fkaidofudo.exblog.jp/30405374/
最終更新日: 2026.04.03