函館市元町末広町 ― 坂が描く港町の伝建地区
港際から函館山の山麓へ向かって歩き出すと、すぐに足元が傾き始める。元町末広町伝統的建造物群保存地区は、港のきわに建つ煉瓦倉庫から、幅約36メートルの石畳の坂・基坂を上り、その頂に立つ淡い青と黄色の旧函館区公会堂へと続く。延べ約1.5キロメートル、コの字形に折れる道筋に沿って広がる町並みである。坂を上るにつれて建物の表情も変わっていく。一階が和風で二階が洋風の住宅、ロシア正教会の聖堂、領事館の建物、カトリック教会の尖塔。面積はおよそ14.5ヘクタール。地元では今もこの一帯を「函館発祥の地」と呼ぶ。
文化財としての種別は「港町」。安政6年(1859年)、函館は長崎・横浜とともにわが国最初の対外貿易港のひとつとして開かれた。その開港がもたらした文化の交わりが、北日本のどこよりもはっきりと建物に刻まれている地区といえる。
奉行所から貿易港へ
函館は古くから天然の良港として知られ、海産物の集散地として栄えてきた。寛政11年(1779年)、幕府はロシアの南下を警戒して蝦夷地を直轄領とし、この地に奉行所を置く。明治以降も同じ場所に開拓使函館支庁が置かれ、地域の政治と経済の中心であり続けた。
転機は開国だった。安政元年(1854年)の日米和親条約により、幕府は函館と下田の開港を決める。外国船が休養と物資補給のために函館港へ盛んに入るようになり、やがて米・蘭・露・英・仏との修好通商条約を経て、安政6年(1859年)に函館は対外貿易港として正式に開かれた。領事館が新築され、キリスト教会が建てられ、町は和でも洋でもない独特の表情を帯びていく。
町並みを今の形にしたのは火事である。明治11年・12年(1878・1879年)の大火は市街を焼き、その復興事業が函館の構造を根底から変えた。基坂と二十間坂は防火線街路として幅約36メートルに拡幅され、直通街路によって碁盤目状の整然とした街区がつくられた。これが現在の伝建地区の原形であり、街区の形はその後ほとんど変わっていない。
なぜ選定されたのか
すぐれた歴史的町並みを「点」ではなく「面」として守るのが、重要伝統的建造物群保存地区の制度である。函館市は昭和63年(1988年)にこの地区を市の保存地区に指定し、国は平成元年(1989年)4月21日、全国で29番目の重伝建地区として選定した。北海道では現在もここが唯一の選定地区である。
選定の基準は、伝統的建造物群とその周囲の環境が地域的特色を顕著に示していること。函館におけるその特色とは、開港後の文化の交わりにほかならない。木造の和風町家、本格的な洋風の公共建築や宗教建築、そして両者を組み合わせた和洋折衷の住宅が、坂道に沿って肩を並べて建つ。当初の指定では伝統的建造物は89件あり、その後の保存計画の改正を経て、現在は75〜77件前後で推移している。
このうち旧函館区公会堂と函館ハリストス正教会復活聖堂の二棟は、国の重要文化財という別格の指定も受けている。
見どころ
坂
この地区を語るとき、坂は外せない。それぞれに性格が違う。八幡坂は、かつて坂上にあった八幡宮にちなむ名で、写真に最もよく登場する坂だ。並木のあいだに函館湾を遮るものなく望む、まっすぐで広い下り坂である。少し東へ歩けば大三坂が教会群のあいだを上っていく。最も幅の広い基坂は約36メートル、元町公園へまっすぐ伸びる。坂上に長く役所が置かれていたことから「お役所坂」「御殿坂」とも呼ばれた。夜にはいくつもの坂と建物がライトアップされ、冬には雪明かりのイルミネーションが訪れる人を引き寄せる。
旧函館区公会堂
元町と聞いて多くの人が思い浮かべるのがこの建物だろう。明治43年(1910年)、大火で焼けた集会所の再建として、豪商・相馬哲平らの寄付を中心に建てられた。木造2階建てで、コロニアル風の構えにルネサンス様式の意匠を交える。淡い青に黄色の縁取りという外観は、坂の下からでもすぐにそれと分かる。昭和55年(1980年)に国の重要文化財に指定され、現在は内部を公開している。館内ではドレスを借りて写真撮影を楽しむこともできる。
教会群と海産商の住宅
大三坂周辺の空には三つの教会が近接して立つ。鐘の音で親しまれる函館ハリストス正教会復活聖堂(大正5年・1916年)、カトリック元町教会、聖ヨハネ教会である。港の側へ下れば景色は商いの町へと変わる。金森地区には煉瓦造の倉庫が港沿いに連なり、これだけまとまった煉瓦造は地区内でここだけだ。海産物の集散地だった函館の役割を今に残す。倉庫のあいだには、和洋折衷の元海産商の住宅が点在する。和と洋の二つの顔を持つその姿は、開港地・函館の来歴をそのまま小さく写し取っている。
アクセスと歩き方
地区は函館の西部地区の東端にあり、最も便利なのは市電である。函館駅前から市電に乗り、倉庫群へは末広町電停・十字街電停、坂の上手へは大町電停が近い。いずれの電停からも、公会堂までの上りは徒歩数分ほど。見どころが互いに近いため、決まった順路をたどるより、坂から坂へと気の向くまま歩く人が多い。坂はそれなりに急で、それこそがこの町の魅力なので、歩きやすい靴を勧めたい。
旧函館区公会堂は有料で、開館時間が定められている。旧イギリス領事館、北方民族資料館、文学館との共通入館券もある。料金や時間は変わることがあるため、訪問前に最新の情報を確かめておくとよい。
周辺の見どころ
基坂沿いに建つ旧イギリス領事館(大正2年・1913年)は、現在は開港記念館として喫茶室と庭を備える。かつて役所が置かれた跡地の元町公園は、港を見下ろす休憩地点にちょうどよい。港のきわの金森赤レンガ倉庫は店舗や飲食店として活用され、日本国外にまで知られる夜景で名高い函館山へのロープウェイも、地区のすぐ際から発着している。
Q&A
- どのくらい時間を見ておけばよいですか。
- 主な坂と公会堂、倉庫群をゆっくり巡るなら半日ほどです。複数の建物の内部を見学したり、函館山ロープウェイまで足を延ばす場合はもう少し余裕をみてください。
- 「和洋折衷」とはどんな建物ですか。
- 一階が和風、二階が洋風という具合に、一棟のなかで和と洋を組み合わせた函館独特の住宅様式です。開港後に地元の商人のあいだで広まり、この地区を特徴づける要素のひとつになっています。
- 港の眺めが良い坂はどれですか。
- 遮るものなく湾へ視線が抜ける八幡坂が人気です。基坂はより幅が広く緩やかで、歴史的建造物を眺めながら歩けます。
- 建物の中に入れますか。
- 旧函館区公会堂と旧イギリス領事館は有料の見学施設として公開されています。教会は現役の礼拝の場で、内部の拝観は時間が定められていることがあるため、事前に確認してください。
- 冬に訪れる価値はありますか。
- あります。夜には坂や主要な建物がライトアップされ、冬の点灯行事は雪の町並みに独特の風情を添えます。ただし坂は滑りやすくなるので足元に注意してください。
基本データ
| 名称 | 函館市元町末広町(重要伝統的建造物群保存地区) |
|---|---|
| 所在地 | 北海道函館市(弥生町・大町・末広町・元町・豊川町の各一部) |
| 種別 | 港町 |
| 選定年月日 | 平成元年(1989年)4月21日 全国29番目/市指定は昭和63年(1988年) |
| 選定基準 | (三)伝統的建造物群及びその周囲の環境が地域的特色を顕著に示しているもの |
| 面積 | 約14.5ヘクタール |
| 伝統的建造物 | 約75〜77件(改正により変動。当初指定時は89件) |
| 主な文化財建造物 | 旧函館区公会堂(明治43年)、函館ハリストス正教会復活聖堂(大正5年) いずれも国指定重要文化財 |
| アクセス | 函館市電・末広町/十字街/大町の各電停下車、徒歩数分 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/103/1
- 函館市元町末広町伝統的建造物群保存地区の概要(函館市)
- https://www.city.hakodate.hokkaido.jp/docs/2014022000335/
- 全国伝統的建造物群保存地区協議会(伝建協)函館市元町
- https://www.denken.gr.jp/archive/hakodate-motomachi/index.html
- 重要文化財 旧函館区公会堂(公式サイト)
- https://hakodate-kokaido.jp/
最終更新日: 2026.05.29