慈愛園モード・パウラス記念資料館(旧宣教師館):洋風建築と日本福祉の歴史が交差する場所

熊本市中央区の慈愛園敷地内に佇むモード・パウラス記念資料館は、一人のアメリカ人女性宣教師が日本の社会福祉に捧げた情熱を今に伝える貴重な建造物です。昭和2年(1927年)に建てられたこの瀟洒な洋館は、登録有形文化財として保存され、大正から昭和初期の宣教師建築の特徴と、日本における社会福祉事業の黎明期を物語っています。

モード・パウラスの生涯:日本福祉の母

この建物の価値を深く理解するためには、その名を冠する女性の生涯を知る必要があります。モード・パウラス(1889-1980)は、アメリカ・ノースカロライナ州の農村で、9人姉妹の5番目として生まれました。幼くして父を疫病で亡くし、貧困の中で母と兄弟姉妹が助け合って暮らした経験が、彼女の人生を方向づけることになります。

1918年(大正7年)、ルーテル派の宣教師として来日したパウラスは、熊本の惨状に心を痛めました。貧困、病気、人身売買が横行し、白川の橋の下には浮浪者の筵小屋が並び、多くの子どもたちが路上で暮らしていたのです。彼女は伝道活動にとどまらず、自ら橋の下を訪ね歩いて衣類や食料を配り、病人には薬を与え、子どもたちを宣教師館に連れ帰って育てました。

1923年(大正12年)、アメリカのルーテル教会婦人会からの多額の寄付金を基に、水前寺公園近くの健軍村(現在の熊本市神水町)に約2万平方メートルの土地を購入。子供ホーム、婦人ホーム、老人ホームを備えた総合福祉施設「慈愛園」を開設しました。

登録有形文化財としての価値

旧宣教師館は、慈愛園の運営にあたる宣教師たちの住居兼事務所として、昭和2年(1927年)に建設されました。平成19年(2007年)5月15日、国の登録有形文化財(建造物)に登録され、その建築的・歴史的価値が公に認められています。

建物の特徴として、まず挙げられるのはスレート葺きの切妻造りの屋根です。木造2階建て、建築面積は約87平方メートルとコンパクトながら、機能的な設計がなされています。最も目を引くのは西面に見せる二重の駒形の妻で、当時の日本の洋風建築としては珍しい意匠です。

2階南面には大きな屋根窓が突き出しており、寝室に豊かな自然光を取り入れる工夫が見られます。1階は南側にリビングを配し、西に玄関、東にダイニングという合理的な間取り。2階には4つの寝室が設けられ、宣教師たちの共同生活を支えました。

見どころと魅力

記念資料館は、昭和初期の宣教師の暮らしの雰囲気を今に伝えながら、パウラスの功績を顕彰しています。1920年代の熊本としては最先端だった洋風建築の細部には、特徴的な二重妻の意匠、当時の木造建築技法、スレート屋根材、そして時代を反映した内装が見られます。

建物は現在も社会福祉法人慈愛園の敷地内にあり、パウラスの志を継いで様々な福祉サービスが提供されています。敷地を歩くことで、この一棟の宣教師館がいかにして100年以上にわたり熊本の人々を支え続ける総合福祉施設へと発展したかを実感できるでしょう。

この建物が特別な存在である理由の一つは、その真正性にあります。多くの復元建築とは異なり、建設当初から同じ組織によって継続的に使用・維持されてきたため、建築的な細部だけでなく、本来の目的に宿る精神までもが生き続けているのです。

周辺の見どころ

慈愛園は熊本市中央区神水地区に位置し、歴史的・文化的な見どころに恵まれたエリアにあります。近くには水前寺成趣園があり、日本を代表する回遊式庭園として知られています。江戸時代初期に肥後細川家の藩主によって造られ、東海道五十三次を模した風景や富士山を象徴する築山など、優美な庭園美を楽しめます。

熊本城へは市電で容易にアクセスできます。2016年の熊本地震で被害を受けましたが、現在も復旧工事が進められており、日本の文化的なレジリエンスを目の当たりにできる貴重な機会となっています。江津湖エリアでは豊かな自然と湧水に親しむことができ、近くにあるジェーンズ邸も登録有形文化財として明治期の洋風建築を伝えています。

パウラス記念資料館とこれらの周辺観光地を組み合わせれば、日本の伝統と西洋の影響が融合した熊本ならではの魅力を半日で堪能できる理想的な観光コースとなります。

生き続ける遺産

モード・パウラスは、生涯のうち35年間を日本のために捧げ、23の社会福祉施設を設立しました。施設を「ホーム」と名付け、職員に父親・母親の役割を果たすことを求めた彼女の革新的なアプローチは、日本の社会福祉の在り方を根本から変えました。今日、日本で福祉施設を「ホーム」と呼ぶ習慣は、まさにパウラスの慈愛園モデルに由来しています。

第二次世界大戦中、やむなくアメリカに帰国したパウラスでしたが、日本を忘れることはありませんでした。1947年、戦後の熊本の惨状を伝える手紙を受け取ると、57歳にして再来日。焦土と化した街をさまよう戦災孤児たちの姿を目の当たりにし、施設の増設に尽力しました。最後の来日は1979年、慈愛園創立60周年記念式典でした。熊本市長から感謝状を授与された彼女は、「熊本のみなさんにサヨウナラと言ってください」という言葉を残してアメリカに帰りました。

1980年、パウラスは故郷ノースカロライナで91年の生涯を閉じましたが、その精神はこの建物と慈愛園の活動の中に今も息づいています。

Q&A

Qモード・パウラス記念資料館は見学できますか?
A建物は現在も社会福祉施設の敷地内にあるため、見学には事前のご連絡が必要な場合があります。最新の見学可否や開館時間については、慈愛園本部事務所にお問い合わせください。
Qこの建物の建築的な特徴は何ですか?
A西面に見られる二重の駒形妻(こまがたづま)が最大の特徴です。また、2階南面に大きく突き出した屋根窓や、昭和初期の木造建築技法が残る点も、九州における1920年代洋風住宅建築の貴重な事例として評価されています。
Q熊本市中心部からのアクセス方法を教えてください。
A熊本市電の健軍方面行きに乗車し、八丁馬場(はっちょうばば)電停で下車、徒歩約5分です。市営バス・産交バスをご利用の場合は、熊商前または神水町バス停から徒歩約5分です。
Q周辺の観光スポットと組み合わせて訪問できますか?
Aはい。近くには国の名勝・史跡である水前寺成趣園があり、日本を代表する回遊式庭園を楽しめます。熊本城や江津湖も市電やバスで容易にアクセスでき、充実した熊本観光コースを組むことができます。
Qモード・パウラスについてもっと詳しく知るにはどうすればよいですか?
Aパウラス自身が著した回顧録『愛と福祉のはざまに』(原題:Gathering Up the Fragments)の日本語訳が出版されています。また、慈愛園やキリスト教児童福祉会のウェブサイトでも詳しい情報を得ることができます。

基本情報

名称 慈愛園モード・パウラス記念資料館(旧宣教師館)
文化財指定 登録有形文化財(建造物)、平成19年(2007年)5月15日登録
竣工 昭和2年(1927年)
構造 木造2階建、スレート葺、建築面積約87㎡
所有者 社会福祉法人慈愛園
所在地 〒862-0954 熊本県熊本市中央区神水1丁目14番1号
アクセス 熊本市電「八丁馬場」電停より徒歩約5分
市営バス・産交バス「熊商前」または「神水町」バス停より徒歩約5分
お問い合わせ 社会福祉法人慈愛園 本部事務所 TEL:096-383-4515

参考文献

慈愛園モード・パウラス記念資料館(旧宣教師館) - 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/143301
登録有形文化財 慈愛園モード・パウラス記念資料館(旧宣教師館) - 熊本市公式サイト
https://www.city.kumamoto.jp/kiji00363802/index.html
創立者モード・パウラス - キリスト教児童福祉会
https://kjf.jpn.org/mode-paulus/
慈愛園について - 社会福祉法人慈愛園
https://jiaien.or.jp/about/
法人の歴史 - キリスト教児童福祉会
https://kjf.jpn.org/history/
水前寺成趣園(水前寺公園) - 熊本県観光サイト
https://kumamoto.guide/spots/detail/12351

最終更新日: 2026.01.02

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