江戸時代の学問所 ― 1933年に史跡および名勝

旧有備館および庭園は、宮城県大崎市岩出山にある学問所と庭園で、1933年(昭和8年)2月28日に国の史跡および名勝に指定された。

文化庁の評価は次の一文である。江戸時代の学問所として遺存する最古の建物である。

「江戸時代の学問所として」という限定が付いている。学問所一般ではなく、江戸時代の学問所という範囲の中で最古とされる。旧来の記述に「日本最古の学問所建築」とするものが見られるが、文化庁の限定はこれより狭い。

開設の経緯が資料により大きく異なる

この建物がどう始まったかについて、二つの記述が大きく食い違う。

文化庁はこう記す。伊達一門の岩出山城主第3代宗親の隠居所を第4代村泰が春学館とよぶ学問所としたのが始まりで、のち城の北麓の現在地に移して有備館と命名した。

一方、大崎市はこう記す。御改所(主屋)は2代宗敏の隠居所として延宝5年(1677年)ころに建てられたとする説が有力である。有備館は10代邦直が当主であった嘉永3年(1850年)ころに開設されたと考えられる。

隠居所の主が第3代宗親か2代宗敏かで代も名も異なり、学問所としての始まりが第4代村泰か10代邦直かで6代の開きがある。年でいえば正徳5年(1715年)と嘉永3年(1850年)で130年以上の差になる。

本稿はいずれか一つを採らず、二つの記述があることを記すにとどめる。

建物は移されている

文化庁は「のち城の北麓の現在地に移して有備館と命名した」と記す。現在地は当初の建設地ではない。

大崎市は移管の経緯も記す。昭和45年(1970年)に岩出山伊達家から旧岩出山町へ移管された。所有が個人の家から自治体へ移っている。

庭園については、大崎市が次のように記す。正徳5年(1715年)ころ、4代村泰の時代に整備されたと伝えられ、仙台藩茶道頭である石州流三代清水道竿の作庭である。

岩出山城本丸の断崖を借景として池中に島を配した廻遊式池泉庭園で、中には300年以上の樹木がある。借景は庭の外の景色を庭の一部として取り込む手法をいう。

主屋は震災で倒壊し、復旧した

大崎市は被害と復旧を具体的に記す。

2011年(平成23年)3月11日に起きた東日本大震災により、御改所(主屋)が倒壊し、附属屋は壁や屋根に被害が及び、庭園の各所に地割れや陥没の被害があった。

指定を受けた建物そのものが倒壊している。被害は建物にとどまらず、庭園の地面にも及んだ。

復旧の経過も記される。2013年(平成25年)11月から2015年(平成27年)3月まで御改所(主屋)・附属屋等の災害復旧工事を実施し、2016年(平成28年)3月には正門復旧工事が完了して公開を再開している。

倒壊から公開再開まで5年を要したことになる。現在見られる主屋は、この復旧工事を経たものである。

見学

旧有備館および庭園は公開されている。復旧工事を経て2016年に公開を再開した。

開館時間と入館料は変更されることがあるため、訪問前に施設の案内で確認したい。

見どころは主屋と庭園である。庭園は岩出山城本丸の断崖を借景とするので、庭の内側だけでなく背後の地形もあわせて見たい。池中に島を配した廻遊式で、300年以上の樹木がある。

所在は宮城県大崎市岩出山である。JR陸羽東線の有備館駅が最寄りである。

Q&A

Q旧有備館および庭園はいつ指定されましたか。
A1933年(昭和8年)2月28日に国の史跡および名勝に指定されました。所在は宮城県大崎市岩出山です。大崎市は、昭和45年(1970年)に岩出山伊達家から旧岩出山町へ移管されたと記します。
Q日本最古の学問所ですか。
A文化庁は「江戸時代の学問所として遺存する最古の建物である」と記します。「江戸時代の学問所として」という限定が付いており、学問所一般ではなくその範囲の中で最古とされています。
Q開設の経緯について異なる記述があるのはなぜですか。
A文化庁は第3代宗親の隠居所を第4代村泰が学問所としたのが始まりとしますが、大崎市は2代宗敏の隠居所として延宝5年ころに建てられ、有備館は10代邦直の嘉永3年ころに開設されたとします。代も名も年も異なり、本稿はいずれか一つを採らず両論を記すにとどめています。
Q庭園はどのようなものですか。
A大崎市によれば、正徳5年(1715年)ころ4代村泰の時代に整備されたと伝えられ、仙台藩茶道頭である石州流三代清水道竿の作庭です。岩出山城本丸の断崖を借景として池中に島を配した廻遊式池泉庭園で、300年以上の樹木があります。
Q東日本大震災の被害はどうでしたか。
A大崎市は、2011年3月11日の東日本大震災により御改所(主屋)が倒壊し、附属屋は壁や屋根に被害が及び、庭園の各所に地割れや陥没の被害があったと記します。2013年11月から2015年3月まで災害復旧工事を実施し、2016年3月に正門復旧工事が完了して公開を再開しています。

基本情報

名称旧有備館および庭園(きゅうゆうびかんおよびていえん)
所在地宮城県大崎市岩出山
指定区分史跡および名勝(記念物)
指定年1933年(昭和8年)2月28日 史跡および名勝
員数文化庁データベースの員数欄は空欄
寸法岩出山城本丸の断崖を借景として池中に島を配した廻遊式池泉庭園に、御改所(主屋)と附属屋が建つ。庭園内には300年以上の樹木がある。江戸時代
所有者文化庁データベースの管理団体名の欄は空欄。大崎市は昭和45年(1970年)に岩出山伊達家から旧岩出山町へ移管されたと記す
公開状況公開されている。東日本大震災の被害からの復旧工事を経て2016年に公開を再開した

参考文献

文化遺産オンライン 旧有備館および庭園
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/160538
大崎市 旧有備館および庭園
https://www.city.osaki.miyagi.jp/shisei/soshikikarasagasu/kyoikuiinkaijimukyoku/bunkazaika/oosakinotakara/1973.html
旧有備館および庭園 公式サイト
https://yubikan.jp/top.html
文化庁 国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp/

最終更新日: 2026.09.04