章光堂:大正時代の息吹を今に伝える松山の学び舎

松山市持田町の愛媛大学キャンパス内に佇む章光堂(しょうこうどう)は、大正11年(1922年)に旧制松山高等学校の講堂として建設された、日本の近代教育遺産を象徴する貴重な建造物です。西洋建築の粋を集めたルネサンス様式の外観と、日本の伝統的な木造技術が見事に融合したこの建物は、100年以上の時を経た今もなお、若者たちの成長を見守り続けています。

歴史的背景:エリート教育の殿堂として

旧制松山高等学校は、大正8年(1919年)に四国初の高等教育機関として設立されました。当時の高等学校は帝国大学への進学を約束されたエリート養成機関であり、松山高校は新潟、松本、山口とともに、番号ではなく地名を冠した「ネームスクール」の先駆けとして誕生しました。創設費約76万円の大部分は地元自治体と民間からの寄付によってまかなわれ、地域の熱い期待を背負って開校したのです。

講堂の建設は学校創設から間もなく始まり、大正11年(1922年)2月14日に竣工しました。設計は当時の文部省営繕課の技師・鳥海他郎によるものとされ、文部省直轄学校の講堂建築として標準的な設備を備えながらも、独自の威厳ある外観を実現しています。

「章光堂」という名称は、中国の古典『淮南子』の一節「三光(日・月・星)を章(あきら)かにする」に由来します。学校の校章は「真・善・美」を象徴する三光をモチーフとしており、寄宿舎も「三光寮」と呼ばれていました。この格調高い名前は太平洋戦争終結後に命名されたもので、それまでは単に「講堂」と呼ばれていました。

文化財指定の理由:なぜ章光堂は登録有形文化財となったのか

平成10年(1998年)9月2日、章光堂は松山市内の建造物として初めて国の登録有形文化財に登録されました。「造形の規範となっている建物」として、その価値が正式に認められたのです。

登録の背景には、複数の重要な要素があります。第一に、この建物が大正期の文部省直轄学校における講堂建築の優れた事例であることです。明治期の「擬洋風建築」から脱皮し、西洋建築の本質を十分に理解した上で、日本独自の解釈を加えて創り上げられた建築として、日本における西洋建築受容の到達点を示しています。

第二に、旧制松山高等学校時代の建物として唯一現存する施設であることです。昭和20年(1945年)7月の松山大空襲では、校舎や寄宿舎のほとんどが焼失しましたが、「講堂へ行け、講堂を守れ」という声のもと、数人の学生・教職員が屋根に登り、バケツリレーで水を運び上げて火を消し止めました。この決死の防火活動により、奇跡的に焼失を免れたのです。

建築的特徴と見どころ

章光堂の外観は、大正期の西洋建築の粋を集めた優美な佇まいを見せています。全体はルネサンス様式を基調とし、屋根には左右対称の塔が配され、日本瓦葺きの屋根との調和が図られています。

最も印象的なのは、正面玄関に設けられたトスカナ様式の大車寄せです。古代ギリシャ・ローマ建築に由来する8本の太い円柱が並び、訪れる者を厳かに迎え入れます。このどっしりとした柱の存在感は、学問の殿堂にふさわしい威厳を建物に与えています。

外壁には「ドイツ下見板張り」と呼ばれる技法が用いられています。板を横向きに重ねて張る手法で、水平の目地が美しい陰影を生み出しています。現在は淡い緑色に塗装され、周囲の木々との調和を見せています。秋には銀杏の黄色や紅葉の赤とのコントラストも見事だといいます。整然と並ぶ縦長の上げ下げ窓も、西洋建築の伝統を感じさせる要素です。

内部空間の魅力

章光堂の内部に足を踏み入れると、天井高8.5メートルの吹き抜け空間が広がります。この堂々たる空間は、約500名を収容でき、入学式や卒業式などの厳粛な式典にふさわしい威厳を備えています。

内部で最も目を引くのは、コの字型に配された2階ギャラリーです。20本の白い柱がギャラリーを支え、手摺りとともに見事な幾何学模様を描き出しています。このギャラリーは元々聴衆席として設計されており、式典や講演会の際に多くの人々を収容できるよう工夫されています。

入口上部には「章光堂」と毛筆で書かれた扁額が掲げられ、天井にはアール・デコ風の幾何学的な装飾が施されています。ギャラリーへ上がる階段の手摺りにも、控えめながら洗練された幾何学模様が彫刻されており、建物全体にわたる職人の技への敬意を感じることができます。

生きた文化財:現役の講堂として、そして映画の舞台として

多くの文化財が博物館的な保存にとどまる中、章光堂は今も現役の教育施設として活用されています。昭和38年(1963年)からは愛媛大学教育学部附属中学校の講堂として使用され、入学式、卒業式、音楽会など、様々な学校行事の舞台となっています。100年前と変わらず、若者たちの人生の節目を見守り続けているのです。

卒業生たちにとって、章光堂は中学時代の思い出の象徴となっています。毎年、成人を迎える卒業生たちがここで成人式を行うことからも、この建物が持つ特別な意味が伝わってきます。

また、章光堂は映画の撮影地としても知られています。昭和63年(1988年)公開の映画『ダウンタウン・ヒーローズ』(監督:山田洋次)では、旧制松山高校を舞台にした青春群像が描かれ、寮祭の演劇や学生演説のシーンがこの章光堂で撮影されました。原作は旧制松山高校出身の脚本家・早坂暁の自伝的小説で、学制改革直前の青春時代を生き生きと描いています。

訪問のご案内

章光堂は愛媛大学教育学部附属中学校の敷地内に位置しています。現役の学校施設であるため、内部の見学は学校行事等により制限される場合があります。内部見学をご希望の方は、事前に学校へお問い合わせください。

建物の外観は敷地内から鑑賞することができます。また、講堂の近くには旧制松山高等学校の正門も保存・整備されており、往時の面影を偲ぶことができます。

周辺の観光スポット

章光堂の所在地は、松山観光の拠点として最適な立地にあります。日本最古の温泉の一つとして知られる道後温泉は徒歩圏内にあり、明治27年(1894年)改築の道後温泉本館は国の重要文化財に指定されています。スタジオジブリの『千と千尋の神隠し』のモデルの一つともいわれるこの建物は、章光堂と同時代の雰囲気を味わえます。

現存12天守の一つである松山城は、市街地を一望できる城山の頂上に建ち、江戸時代の建築技術を伝えています。春の桜の季節には、城と桜の美しい競演が見られます。

文学ファンには、俳人・正岡子規の生涯を紹介する子規記念博物館や、夏目漱石の小説『坊っちゃん』ゆかりの坊っちゃん列車がおすすめです。愛媛県美術館や、周辺に点在する歴史的住宅も、松山の豊かな文化遺産を探訪する機会を提供しています。

Q&A

Q「章光堂」という名前の由来は何ですか?
A「章光堂」の名は、中国の古典『淮南子』の「三光(日・月・星)を章(あきら)かにする」という一節に由来しています。旧制松山高等学校の校章が「真・善・美」を象徴する三光をモチーフとしていたことに因んで名付けられました。この名称は太平洋戦争後に付けられたもので、それ以前は単に「講堂」と呼ばれていました。
Q章光堂の内部は見学できますか?
A章光堂は現在も愛媛大学教育学部附属中学校の講堂として使用されている現役の施設です。学校行事等により内部見学が制限される場合があります。内部見学をご希望の方は、事前に学校の事務室へお問い合わせください。外観は敷地内からご覧いただけます。
Q松山大空襲で章光堂はどのようにして焼失を免れたのですか?
A昭和20年(1945年)7月の松山大空襲の際、周囲の建物が次々と火の海と化す中、「講堂へ行け、講堂を守れ」という声のもと、数人の学生・教職員が屋根まで登りました。彼らはバケツリレーで水を運び上げ、必死の消火活動により火を消し止めました。この決死の努力により、章光堂は旧制松山高等学校時代の唯一の現存建物として残りました。
Q章光堂にはどのような建築様式が用いられていますか?
A章光堂は西洋の複数の建築様式を巧みに組み合わせています。全体はルネサンス様式を基調とし、左右対称の塔が特徴的です。正面玄関には古代ギリシャ・ローマ建築に由来するトスカナ様式の8本の円柱による大車寄せが設けられています。外壁にはドイツ下見板張りの技法が用いられ、内部にはアール・デコ風の幾何学的装飾が施されています。
Q章光堂と映画『ダウンタウン・ヒーローズ』の関係は?
A昭和63年(1988年)公開の映画『ダウンタウン・ヒーローズ』(監督:山田洋次)は、旧制松山高等学校を舞台にした青春映画です。原作は同校出身の脚本家・早坂暁の自伝的小説で、学制改革直前の学生生活を描いています。映画では寮祭の演劇や学生演説のシーンが章光堂で撮影され、往時の雰囲気を今に伝えています。

基本情報

正式名称 愛媛大学附属中学校講堂(旧旧制松山高等学校講堂)
通称 章光堂(しょうこうどう)
文化財区分 国登録有形文化財(建造物)
登録年月日 平成10年(1998年)9月2日
竣工 大正11年(1922年)2月14日
設計 鳥海他郎(文部省技師)と推定
構造 木造2階建、日本瓦葺き
建築面積 約501平方メートル
収容人数 約500名
所在地 愛媛県松山市持田町1丁目5-22
所有者 国立大学法人愛媛大学
アクセス JR松山駅から市内電車で約20分、道後温泉駅から徒歩約15分
お問い合わせ 松山市文化財課 TEL: 089-948-6603

参考文献

愛媛大学附属中学校講堂(旧 旧制松山高等学校講堂) - 松山市公式ホームページ
https://www.city.matsuyama.ehime.jp/kanko/kankoguide/rekishibunka/bunkazai/kunitouroku/fuzokuchuu_koudou.html
愛媛大学附属中学校講堂(旧旧制松山高等学校講堂) - 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/176966
章光堂 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/章光堂
松山高等学校 (旧制) - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/松山高等学校_(旧制)
「章光堂」築100周年記念行事を教育学部附属中学校で実施しました - 愛媛大学
https://www.ehime-u.ac.jp/post-187847/
愛媛大学教育学部附属中学校講堂 章光堂 - いよぎん地域経済研究センター
https://www.iyoirc.jp/post_industrial/20101101-2/

最終更新日: 2026.01.27

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