昭和3年から働き続けている庁舎
松山地方気象台(旧愛媛県立松山測候所)庁舎は、愛媛県松山市北持田町にある昭和3年(1928年)竣工の鉄筋コンクリート造の官庁舎で、平成18年(2006年)3月27日に登録有形文化財に登録された。博物館になったわけではない。今も職員が観測を行い、ここから注意報や警報が出される。建築を見に訪れた人は、仕事中の机の脇を通ることになる。
松山の気象観測は1890年(明治23年)、愛媛県が温泉郡持田村に愛媛県立松山一等測候所を設けたところから始まる。手狭になった観測所は1928年に現在地へ移り、松山城の東麓に新しい庁舎を構えた。1938年(昭和13年)には業務ごと国へ移管され、1957年(昭和32年)の組織改正で松山地方気象台となる。名前が変わるたび、この建物はそのまま次の名前で使われ続けた。
正面に立つと、左右のそろわなさに気づく。中央に玄関を抱いた塔屋が立ち、その西側は陸屋根の2階建、東側は切妻屋根の平屋に落ちる。同じ時期の官庁建築の多くが左右対称にこだわったのに対し、松山地方気象台庁舎はそれをしなかった。庁舎というより観測のための装置に近い姿である。
登録有形文化財としての評価
文化庁は松山地方気象台庁舎を「造形の規範となっているもの」という登録基準で登録有形文化財に登録している。登録の制度は指定の制度とは別で、平成8年(1996年)に近代の建造物を使いながら守るために設けられたものだ。現役の官庁舎には、この緩やかな枠組みのほうが合う。
評価の中身は折衷にある。設計は愛媛県の建築技師だった戸村秀雄。1928年という年は、日本の官庁建築が様式主義から機能重視へ舵を切りつつあった時期にあたる。装飾は本物で、塔屋3階のメダイオン、帯状のタイル、リブ模様の上に並ぶ歯飾り、石張りに見せかけて目地を刻んだ外壁と、見どころが続く。その内側の平面は、観測機器と視界の条件で決まっている。
構造は鉄筋コンクリート造の壁式構造で、1920年代の日本ではまだ数の少ない工法だった。建築面積340平方メートルの建物を、およそ1年で建て上げている。東側平屋の小屋組はL型鋼を使ったフィンクトラスで、この点が面白い。同じ形式のトラスが、木子七郎の設計で1922年(大正11年)に建った松山の萬翠荘(旧久松家別邸)に使われている。外装タイルの品質と寸法、玄関ホールのギリシャ風円柱にも共通点があり、戸村秀雄が萬翠荘の工事に関わって木子の技術を学んだのではないかと推測されている。
県立測候所として建てられた同世代の庁舎で、建てられた目的のまま使われ続けているものは多くない。1920年代の設計がほぼそのまま残っていることと、業務が途切れていないこと。この二つが重なる点が、登録制度の守ろうとしたものにあたる。
足を止めたくなる細部
松山地方気象台庁舎の2階踊場には、工事の記録を刻んだ大理石の銘板がある。文字はローマ字と英字で、設計はH.TOMURA(戸村秀雄)、デザインはI.TAKAGI(技手・高木市太郎)、施工はT.TOYAMA、管理者はK.HIROE(測候所長・広江方正)と読める。建築費は49,628円。1928年の地方で、技術者が自分の仕事にローマ字で署名を入れた例はそう多くない。新しい技術を扱っている自負が、この一枚から伝わってくる。
玄関を入ると吹抜けのホールになる。ギリシャ風の円柱は下部が木製、頭部はプラスターの装飾で、白い漆喰壁と木製の階段が続く。階段の踏み板は中央にリノリュームが貼られている。天井の円形の装飾はシャンデリアの跡で、当時の設計図にその記載がある。その設計図は意匠こそ西洋風だが、寸法は日本の尺で記されている。
細かいものほど時間をかけて見る値打ちがある。資料庫の入口には建設当時の緑色の型ガラスが残り、模様を押した金型はもう存在しない。雨樋は丸ではなく四角で、集水器には細工が施されている。2階廊下の床から約2メートルの高さにある蛇口は消防設備と考えられているが、当時どう使われたかは分かっていない。
そして時計がある。竣工当時、塔屋3階には円形の大時計が据えられ、長く周辺に時を告げていた。松山城からもよく見えたという。戦時中に受けた損傷が大きく、維持と修理が難しくなって撤去され、塔屋は半世紀ほど文字盤のないまま立っていた。令和5年(2023年)の庁舎改修で時計が戻り、10月11日の午前10時2分から再び動き始めた。
戦争の痕跡はもう一つある。昭和16年(1941年)12月に気象報道管制が始まると気象情報は戦略情報として扱われ、天気予報は国民に届かなくなった。空襲の目標にならないよう、庁舎は黒く塗られていた。装飾の並ぶ淡い色の正面を前にすると、その姿は想像しにくい。
松山地方気象台庁舎の見学方法
松山地方気象台庁舎は現役の官庁舎なので、内部は事前申込制の見学に限られる。受け入れは平日で、時間は午前10時ごろから正午ごろ、午後1時ごろから午後4時ごろ。所要はおよそ1時間、人数は一度に20名程度までとなっている。内容は気象台の業務、気象測器、そして歴史的建造物としての庁舎の三本立てで、展示室も設けられている。申込は気象台の見学申込書に記入し、希望日の1か月前までに電子メールか郵便で送る形式で、受け入れの可否は気象台から連絡が届く。3月と4月は見学を休止しており、重大な気象災害や大きな地震が起きた場合には当日でも中止になることがある。問い合わせの電話番号は089-933-3610。
見学料についての案内は出ていない。館内の撮影は業務中の部屋を含むため申込時に確認しておきたい。外観は道路から自由に撮影でき、日中ほとんどの時間で光の当たる南面が正面にあたる。
年に一度、7月下旬には子ども向けの「夏休みお天気フェア」が開かれ、実験や工作で庁舎がにぎわう。申込なしで中に入りやすいのはこの日である。
行き方は分かりやすい。JR松山駅からは伊予鉄道の市内電車、松山駅前から5番の道後温泉行きに乗り「警察署前」で降りる。松山市駅からは2番の環状線または3番の松山市駅線が同じ停留場を通る。電停からは徒歩5分。バスの場合は伊予鉄バスの「南持田」または「東署前」が最寄りで、こちらも徒歩5分である。周囲は落ち着いた住宅街で、電停からの道のりは短い。
ひとつ、ここでは見られないものがある。観測測器そのものだ。周辺に高い建物が増えて風向・風速や日射、日照の観測に支障が出たため、2006年に近隣の県立松山東高等学校の屋上へ、2015年にはさらに松山市立桑原小学校へ移された。記録を途切れさせないための移設で、松山地方気象台庁舎には人が残り、測器のほうが空の開けた場所を探して出ていった形になる。
Q&A
- 松山地方気象台(旧愛媛県立松山測候所)庁舎の内部は見学できますか。申込方法は?
- 事前申込制で見学できます。気象台の見学申込書に記入し、希望日の1か月前までに電子メールか郵便で送ってください。受け入れは平日の午前10時ごろから正午ごろ、午後1時ごろから午後4時ごろで、所要はおよそ1時間、一度に20名程度までです。3月と4月は休止しています。
- 松山地方気象台庁舎の見学に料金はかかりますか。
- 気象台は見学料についての案内を出していません。博物館ではなく国の官庁施設で、有料の拝観ではなく施設見学として受け付けられています。
- 松山地方気象台庁舎へのアクセスは。最寄りの電停はどこですか。
- 伊予鉄道の市内電車「警察署前」が最寄りで、徒歩5分です。JR松山駅からは松山駅前で5番の道後温泉行きに、松山市駅からは2番の環状線または3番の松山市駅線に乗ります。バスは伊予鉄バス「南持田」「東署前」がいずれも徒歩5分です。
- 松山地方気象台庁舎を設計したのは誰ですか。
- 愛媛県の建築技師だった戸村秀雄が1928年に設計しました。2階踊場の大理石銘板にはH.TOMURAとして名が刻まれ、デザインを担当した技手の高木市太郎(I.TAKAGI)とともに記録されています。建築費は49,628円と記されています。
- 松山地方気象台庁舎の塔屋の時計は今も動いていますか。
- 動いています。竣工時からあった塔屋3階の円形の大時計は、戦時中の損傷で維持が難しくなり撤去されていましたが、令和5年(2023年)の庁舎改修で復活し、10月11日の午前10時2分から再び時を刻んでいます。
基本情報
| 名称 | 松山地方気象台(旧愛媛県立松山測候所)庁舎 |
|---|---|
| 所在地 | 愛媛県松山市北持田町102 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 指定年 | 平成18年(2006年)3月27日登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 鉄筋コンクリート造2階建(一部1階建)、塔屋付、建築面積340平方メートル |
| 所有者 | 国(国土交通省) |
| 公開状況 | 現役の官庁舎。外観は道路から常時見学可。内部は平日の事前申込制見学のみで、3月と4月は休止 |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「松山地方気象台(旧愛媛県立松山測候所)庁舎」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00005507
- 文化庁 文化遺産オンライン「松山地方気象台(旧愛媛県立松山測候所)庁舎」
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/152115
- 気象庁 松山地方気象台「気象台庁舎の紹介」
- https://www.data.jma.go.jp/matsuyama/gyomu/toroku.html
- 気象庁 松山地方気象台「気象台の歴史」
- https://www.data.jma.go.jp/matsuyama/gyomu/history.html
- 気象庁 松山地方気象台「気象台の見学、出前講座」
- https://www.data.jma.go.jp/matsuyama/toiawase/ken_dema.html
- 気象庁 松山地方気象台「松山地方気象台の案内図」
- https://www.data.jma.go.jp/matsuyama/map/annai.html
- 愛媛県教育委員会 えひめの文化財(たから)「松山地方気象台庁舎」
- https://www.pref.ehime.jp/ehimenotakara/652.html
- 松山市「松山地方気象台(旧愛媛県立松山測候所)」
- https://www.city.matsuyama.ehime.jp/kanko/kankoguide/rekishibunka/bunkazai/kunitouroku/matsuya_makishoudai.html
最終更新日: 2026.09.05