城山南麓に建つフランス・ルネサンス様式の洋館
萬翠荘(旧久松家別邸)は、愛媛県松山市一番町にある大正11年(1922年)11月竣工の鉄筋コンクリート造の洋館で、本館と管理人舎の2棟が平成23年(2011年)11月29日に国の重要文化財に指定された。読みは「ばんすいそう」。重文指定基準は第一の「意匠的に優秀なもの」が適用されている。
建つ土地は、江戸時代の終わりまで松山藩家老の屋敷地だった。明治初頭に民間の宅地へ転用され、明治30年(1897年)頃に旧松山藩主の久松家が別邸の用地として取得している。工事は大正10年(1921年)に着工し、翌年11月に竣工した。建設時の当主は久松定謨。萬翠荘という名は後年のもので、昭和18年(1943年)に家督を相続した久松定武が命名した。
萬翠荘は一枚の敷地に建つ一棟の家ではない。正門は平地に面した敷地南辺の東寄りに開く。その内側にすぐ接して門番所にあたる管理人舎が建ち、本館は斜面の中腹を造成した平地に南面して建つ。両者は大きくS字に蛇行する導入路で結ばれている。この曲がりを歩くこと自体が、この建物との出会い方として設計されている。
設計者と、呼び集められた作り手たち
萬翠荘を設計したのは木子七郎(1884年から1954年)である。東京の生まれで、宮内省内匠寮技師・木子清敬の四男にあたる。東京帝国大学建築学科を出たのち、明治44年(1911年)から大林組に設計部技師として勤め、大正2年(1913年)に大阪で木子七郎建築事務所を開いて民間の建築家として仕事をした。独立後の作品には、大正4年(1915年)の琴ノ浦温山荘(重要文化財)、大正15年(1926年)の内藤多仲博士記念館、昭和4年(1929年)の愛媛県庁舎などがある。
施主の久松定謨は陸軍の駐在武官として長くフランスに暮らした人物である。内装には名指しで職人が入った。木彫家の相原雲楽が彫刻を、洋画家の八木彩霞が装飾画を、装飾硝子作家の木内真太郎がステインドグラスを担当している。公式の記録に協力者の名が並ぶこと自体が珍しく、この建物が当初からどう扱われていたかを示している。
文化庁が指定の理由として挙げるのは一貫性である。西洋の様式が日本的な平面の上にかぶせられているのではない。部屋の使い方も動線も設備の配置も西洋式で計画されており、外観の量塊から扉の欄間に至るまで意匠が破綻していない。
見どころ
外まわり
本館の屋根はマンサード屋根で、二階のバルコニーには三連のアーチが並ぶ。この2点がフランス・ルネサンス様式の基調を決めている。正面中央では玄関が突き出して独自の寄棟造の屋根を立ち上げ、正面東端には尖塔が立つため、立面は完全な左右対称にはならない。背面は西端を張り出して階段室にあてている。
近づくと外壁が3つの仕上げに分かれているのが分かる。上部はタイル張、基礎部分は花崗岩の張石、その間の腰壁は切石積のように目地を切ったモルタル洗出しである。一階と二階の境には蛇腹が回る。軒まわりはコンソールとデンティルで飾られる。各面にはドーマー窓が開き、その裏の小屋組は鉄骨造のトラスで、大正11年(1922年)の地方都市の個人住宅としては当たり前の選択ではなかった。
内部
見せ場は表階段の踊り場である。アーチ形の大窓に、帆船をモチーフとしたステインドグラスが嵌まる。各部屋の出入口の欄間には、アールヌーボー風の意匠による小ぶりのステインドグラスが入る。窓はすべて縦長の上下窓で統一されている。
一階東側の2室はとくに時間をかけて見たい。サロンは北面中央に大理石製のマントルピースを備え、腰壁と柱形を木製として白ペンキ塗の上から金の彩色を施す。壁は木製の額縁を付けたクロス張で、食堂との間の出入口の欄間には壁画が描かれる。食堂は反対の方向へ振れている。南面中央に大理石のマントルピースを置き、内法高までの壁と柱形、天井を木製として濃い色付けのニス塗で仕上げ、小壁を漆喰塗、床を寄木張とする。
平面の使い分けを頭に入れて歩くとよい。一階は東側がサロンと食堂からなる居室空間、西側が執事室・料理場・配膳室からなる家政空間で、西北隅に内玄関が西を向いて開く。地階は調理室で、一階の配膳室と広間につながる。二階は玄関の上に居間を置き、その周囲に夫人室・書斎・寝室を配し、西北部分を侍女居室と物置などの小部屋にあてる。
管理人舎
通り過ぎてはいけない。小さいほうの建物は木造平屋建で寄棟造のスレート葺、東面南端を張り出した部分に半円アーチ形の出入口が開く。外部は本館と同じ語彙で、花崗岩の基礎の上に大壁のモルタル洗出しとタイル張。小屋組は木造のキングポストトラスである。ところが内部は徹底して日本間で、三畳と六畳の座敷を設け、壁は真壁の漆喰塗、床は畳敷、天井は竿縁天井とする。2棟の対比、すなわち隅々まで西洋式の建物と、外皮だけが西洋である建物とが並ぶことが、この敷地でいちばん教えられるところである。
指定に至るまで
萬翠荘は戦災を免れている。土地と建物は昭和29年(1954年)3月に愛媛県が取得し(土地の一部は未取得のまま残った)、昭和60年(1985年)2月15日付で本館が愛媛県指定文化財となった。国の重要文化財としての指定はその後、平成23年(2011年)11月29日に2棟を対象として行われている。
松山市の解説は、陸軍大演習の後に来松した皇太子(のちの昭和天皇)の宿泊所に充てられたため竣工を繰り上げた、と記す。萬翠荘の公式サイトはこれをもう少し慎重に、完成を急がせたとも伝えられている、という言い方にとどめている。どちらの言い方で語られているかは、この話を人に伝える前に知っておいてよい違いである。
もう一点、食い違いを挙げておく。文化庁は本館を地上二階建・地下一階と記録している。松山市のページは地上3階・地下1階としており、これはおそらくドーマーのある階を数えたものである。本記事は一次資料である国指定文化財等データベースに従っている。
萬翠荘の見学方法
萬翠荘は一般公開されており、愛媛県の指定管理者が運営している。開館時間は午前9時から午後6時、休館日は月曜日で、祝日にあたる場合は開館する。イベントによって時間が変わることがある。観覧料は大人400円、小人200円、未就学児は無料で、20名以上には団体割引がある。支払いは現金とPayPayが使える。以上は2026年9月4日に確認した情報である。
日程を決める前に一つ注意したい。2026年9月12日から11月1日までは国際交流展の開催に伴い、観覧料が大人700円、小人400円に変わる。また一階の部屋で展覧会やコンサートが開かれるときは、別に入場料がかかったり、その部屋を通常の観覧では見られなかったりする。公式サイトの開館カレンダーを確かめるのが確実である。
行き方は難しくない。伊予鉄道の市内電車で「大街道」電停に降り、徒歩約5分。建物の横に約20台分の駐車スペースがあるが、運営側は公共交通機関の利用を勧めており、駐車場の確保は約束されていない。電話は089-921-3711である。
撮影については一括した規定が公表されていない。運営者自身が館内で夜間の撮影会を催しているので、カメラが歓迎されていないわけではないが、当日の掲示に従い、展覧会が入っている部屋では係員に尋ねたい。三脚を使う撮影や商用の撮影を考えている場合は事前に電話で確認するのが確実である。
滞在は1時間ほど見ておきたい。本館は大きな建物ではないが、ステインドグラスは光の具合で表情が変わる。正門から管理人舎の脇を通って上がる導入路は短く、上の駐車場に着けてしまうと多くの人が見落とす部分である。
Q&A
- 萬翠荘の中に入れますか。開館時間と観覧料は。
- 入れます。開館は午前9時から午後6時で、休館日は月曜日、祝日にあたる場合は開館します。観覧料は大人400円、小人200円、未就学児無料です。特別展の期間は時間も料金も変わるため、公式サイトの開館カレンダーをご確認ください。
- 松山市街から萬翠荘へはどう行きますか。
- 伊予鉄道の市内電車で「大街道」電停まで行き、徒歩約5分です。萬翠荘は一番町、城山の南麓にあります。約20台分の駐車スペースがありますが確保は約束されておらず、運営側は公共交通機関の利用を勧めています。
- 萬翠荘を設計したのは誰で、いつ建てられたのですか。
- 設計は木子七郎です。東京帝国大学建築学科を出て大阪で事務所を構えた建築家で、久松定謨の依頼により大正10年(1921年)着工、大正11年(1922年)11月に竣工しました。木彫の相原雲楽、装飾硝子の木内真太郎らの名も記録に残ります。
- 萬翠荘は何棟が重要文化財に指定されていますか。
- 2棟です。鉄筋コンクリート造で建築面積397.76平方メートルの本館と、正門脇に建つ木造平屋建で建築面積43.91平方メートルの管理人舎が、平成23年(2011年)11月29日に指定されました。
- 萬翠荘のステインドグラスはどんなものですか。
- 最も大きいものは表階段の踊り場のアーチ形の窓に嵌まり、帆船をモチーフとしています。各部屋の出入口の欄間には、アールヌーボー風の意匠による小ぶりの作品が入ります。制作は装飾硝子作家の木内真太郎です。
基本データ
| 名称 | 萬翠荘(旧久松家別邸) |
|---|---|
| 所在地 | 愛媛県松山市一番町3丁目19番地1号 |
| 指定区分 | 重要文化財(建造物) |
| 指定年 | 平成23年(2011年)11月29日 |
| 員数 | 2棟、本館と管理人舎 |
| 寸法 | 本館は建築面積397.76平方メートル、鉄筋コンクリート造で地上二階建・地下一階。管理人舎は建築面積43.91平方メートル、木造平屋建 |
| 所有者 | 愛媛県 |
| 公開状況 | 一般公開。午前9時から午後6時、月曜休館(祝日は開館)。観覧料は大人400円、小人200円 |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「萬翠荘(旧久松家別邸) 本館」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/00004562
- 文化庁 国指定文化財等データベース「萬翠荘(旧久松家別邸) 管理人舎」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/00004563
- 松山市「萬翠荘(旧久松家別邸)」
- https://www.city.matsuyama.ehime.jp/kanko/kankoguide/rekishibunka/bunkazai/kuni/bansuisou.html
- 萬翠荘 公式サイト
- https://www.bansuisou.org/
- 萬翠荘 公式サイト「来館案内・アクセス」
- https://www.bansuisou.org/information/
最終更新日: 2026.09.04
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