1件の集落跡 ― 1997年に国の指定
一ノ坂遺跡は、山形県米沢市矢来にある縄文時代前期の集落遺跡で、1997年(平成9年)7月28日に国の指定を受けた。区分は史跡である。
ふりがなは、いちのさかいせきである。管理団体名の欄は空である。
文化庁は、米沢盆地の西南部、西から東に傾斜する丘陵裾の河岸段丘上に立地する、と記す。遺跡の範囲は東西約90メートル、南北80メートルとされる。
43.5メートルの竪穴住居に、炉が六つ
ひとつの住居が、とても細長い。
文化庁は、全長43.5メートルにも及ぶわが国最長の大型竪穴住居が発見された、と記す。
続けて、大型竪穴住居は東西に長く、平面規模は幅約4メートル、長さ43.5メートル、面積約180平方メートルであり、平面形は著しく細長い、とある。床面の壁際に柱穴をめぐらし、6基の炉を備える、とされる。
竪穴住居は、地面を掘りくぼめて柱を立て、屋根をかけた住まいをいう。幅4メートルに対して長さが43.5メートルで、10倍以上になる。
内側には炉が6基あり、一つの建物のなかに火の場所が六つ並ぶ。
田小屋野貝塚では、竪穴建物や墓、貝塚などが典型的な集落構造を示すとされた。本件は、その住居の形が並外れている。
八棟が30センチの間隔で並び、一棟だった可能性がある
別々に数えられた住居が、実は一つの建物だったかもしれない。
文化庁は、竪穴住居のうち8棟は近接して弧状に並んで一群をなす、と記す。弧状に連続して並ぶ8棟は同時期に存在したもので、30センチメートルから50センチメートルほどの間隔で南北に並ぶ、とされる。
続けて、竪穴住居の幅は約4メートルで一定しており、総長が約50メートルに達する竪穴住居群は大型竪穴住居の平面規模とほぼ同じである、とある。
さらに、配置状況からみて8棟の竪穴住居は相互に密接に関連していたことは明らかであり、屋根や壁を共有する建築構造で、1棟の建物であった可能性も考えられる、と記される。
可能性も考えられる、という言い方で、断定は避けられる。8棟と数えるか1棟と見るかが、記録のなかで開かれたままになる。
43.5メートルの大型住居と、総長50メートルの住居群とが、ほぼ同じ規模で向かい合うことになる。
出るのは、未成品と剥片ばかりである
完成した品ではなく、作りかけと削りかすが大量に出ている。
文化庁は、土器は破片点数にして全体の1パーセント未満で、石器の完成品も少なく、圧倒的に石器の未成品や剥片が多い、と記す。
製作された石器は頁岩製の石鏃、石匙などで、原石の産地は大半が盆地内の3か所であるが、遺跡からは原石と石核がほとんど出土していないことから、原石産地で1次加工した素材を持ち込んだものと考えられる、とされる。
ここで製作された石器は、石材と製作技法の特徴から東北地方南部、関東、中部地方まで流通していたことが確認されている、とある。
田小屋野貝塚では、貝輪の未製品が多数出土したことから、集落内で貝輪を作っていたことが明らかになった。
本件も、作りかけと削りかすが工房であったことを示す。素材は外から運び込まれ、できた石器は遠くへ運ばれていったことになる。炭化したクルミも大量に出土し、石器の製作とともにその加工も行われていたと考えられる、と記される。
見学
所在は山形県米沢市矢来である。
文化庁は、1989年に米沢市教育委員会が宅地造成にともなう発掘調査を実施したところ大型竪穴住居が発見された、と記す。1990年から1994年の間に実態解明を目的とした調査が行われ、ほぼ全容が把握された、とされる。
検出された遺構は、大型竪穴住居1棟のほか、竪穴住居24棟、土坑墓6基などで、全体は馬蹄形状の集落を構成する、とある。都合5時期の変遷が確認されている、とされる。
出土土器は関東地方の関山式土器に並行するもので、縄文時代前期初頭に位置づけられる、と記される。
屋外の遺跡であり、見学の可否や経路は自治体の定めによる。訪問前に確認したい。
Q&A
- 一ノ坂遺跡はいつ指定されましたか。
- 1997年(平成9年)7月28日に国の指定を受けました。区分は史跡です。
- 大型竪穴住居はどのくらいの大きさですか。
- 幅約4メートル、長さ43.5メートル、面積約180平方メートルで、文化庁はわが国最長と記します。炉を6基備えます。
- 8棟が並ぶとはどういうことですか。
- 30センチメートルから50センチメートルほどの間隔で弧状に並び、総長は約50メートルです。1棟の建物であった可能性も考えられるとされます。
- 何が出土していますか。
- 石器の未成品や剥片が圧倒的に多く、頁岩製の石鏃や石匙などが作られました。炭化したクルミも大量に出土しています。
- どのように見つかったのですか。
- 1989年に宅地造成にともなう発掘調査で大型竪穴住居が見つかり、保存されることとなりました。
基本情報
| 名称 | 一ノ坂遺跡(いちのさかいせき) |
|---|---|
| 所在地 | 山形県米沢市矢来 |
| 指定区分 | 史跡/建造物や美術品ではなく遺跡としての指定 |
| 指定年 | 1997年(平成9年)7月28日 指定 |
| 員数 | 1件の集落遺跡 |
| 寸法 | 遺跡の範囲は東西約90メートル、南北80メートル。大型竪穴住居は幅約4メートル、長さ43.5メートル、面積約180平方メートルで炉6基。竪穴住居24棟、土坑墓6基などがあり、8棟が弧状に並ぶ |
| 所有者 | 管理団体名の欄は空で、記録に記載なし |
| 公開状況 | 屋外の遺跡で、見学の可否や経路は自治体の定めによる |
参考文献
- 文化遺産オンライン 一ノ坂遺跡
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/215879
- 米沢市 一ノ坂遺跡
- https://www.city.yonezawa.yamagata.jp/soshiki/10/1034/5/5/278.html
- 山形県 山形の宝 検索navi 一ノ坂遺跡
- https://www.pref.yamagata.jp/cgi-bin/yamagata-takara/?m=detail&id=1139
- 文化庁 国指定文化財等データベース
- https://kunishitei.bunka.go.jp/
最終更新日: 2026.09.24