旧上杉伯爵邸のなかで唯一の二階建、客間棟
米沢市上杉記念館の建物群は、その多くが地に低く、庭園に沿って平屋の部屋を連ねている。客間棟は、その調子をひとつ破る。二階までを備えた棟で、大広間・玄関棟に接続して建ち、庭の小径からまず目に留まるのは、この一段高い姿である。
竣工は大正14年(1925年)。大正8年(1919年)の米沢大火で先代の邸宅が焼失したのち、上杉家のために再建された家並みの一部をなす。建築面積は71平方メートルと小ぶりで、木造、屋根は他の棟と同じく銅板で葺かれる。床面積では小さいぶんを、大工仕事の質で補って余りある建物である。
各階には客間が置かれ、上の間と二の間が上下に配された。公的な部屋の並ぶ階の上に、客を迎える場を重ねた格好である。設計は、再建全体を統べた米沢出身の建築家・中條精一郎。施工は、上杉家が抱えていた棟梁の江部栄蔵が担った。
登録の理由と価値
客間棟は、平成9年(1997年)6月12日に登録有形文化財(建造物)となった。登録番号06-0008。接続する大広間・玄関棟とともに登録され、両者はこの邸宅で最も早く登録された中核をなす。
その価値は、静かな建築上の冒険にある。武家の接客建築である書院造は平屋を旨とし、二階という発想は本来その伝統になじまない。中條はあえて二階を加え、しかも建物群全体の調和を崩さずにやってのけた。全体に立ちが高く、部屋にはゆとりある天井高が生まれている。近代の着想を、伝統の材料と技法だけで組み上げた棟だといえる。
大工仕事は、間近で見るほど応える。当時の評価も、ここでの造作の洗練を取り上げている。最良のものを求めうる施主のために、技の頂で仕事をした棟梁の痕跡である。廊下の板から欄間の枠に至るまで、目に触れる面はいずれも同じ厳しさで仕上げられている。
見どころ
棟の外側の面を歩き、外周をめぐる廊下に目を向けたい。その上には、一階と二階の双方に、廊下と奥の部屋の境へ設けられた欄間が帯状に連なる。この欄間こそが、客間棟の外観を特徴づけるもので、光と影の層をなし、建物を回り込むにつれて表情を変えていく。
内からは、庭で目立つ高さがそのまま利点に転じる。上階の部屋は庭の高さよりずっと上にあり、窓や欄間は日の光を平面の奥深くまで導くように配された。ほとんどの部屋が緑に向くよう整えられたこの邸で、客間棟は同じ眺めを一段高い視点から差し出す。
客間棟は、いまも稼働する記念館の一部である。接続する部屋を通り抜けながら、開館時間内に内部を見ることができる。東京の浜離宮に倣って作られた庭園、そして数分の距離にある上杉神社への散策とあわせて訪ねたい。
Q&A
- 客間棟は、ほかの棟と何が違うのですか。
- 建物群のなかで唯一の二階建です。伝統的な書院造は平屋を旨としたため、ここでの二階は近代的な試みでした。設計者はそれを全体の調和を乱すことなく取り込んでいます。
- よく出てくる「欄間」とは何ですか。
- 欄間は、壁の上部や部屋境に設ける通風・採光のための建具で、彫刻や格子を施すことが多いものです。客間棟では上下階の廊下沿いに連なり、外観を形づくっています。
- 二階に上がれますか。
- 記念館と食事処のその日の利用状況によって異なるため、受付でお尋ねになるのが確実です。外観と、接続する一階の部屋は開館時間に見ることができます。
- 誰が建てたのですか。
- 設計は、東京での洋風建築で知られた米沢出身の中條精一郎、施工は上杉家に出入りしていた棟梁の江部栄蔵です。
基本情報
| 名称 | 米沢市上杉記念館 客間棟 |
|---|---|
| 所在地 | 山形県米沢市丸の内1-3-60 |
| 区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 登録年月日 | 平成9年(1997年)6月12日(登録番号06-0008) |
| 建築年 | 大正14年(1925年) |
| 構造 | 木造二階建、銅板葺/建築面積71平方メートル/1棟 |
| 設計・施工 | 設計:中條精一郎/施工:棟梁 江部栄蔵 |
| 所有者 | 米沢市 |
| 公開 | 大広間・玄関棟に接続。開館時間に見学可/水曜休館 |
参考文献
- 文化遺産オンライン — 米沢市上杉記念館客間棟
- https://bunka.nii.ac.jp/index.php/heritages/detail/113064
- 山形の宝 検索navi — 米沢市上杉記念館客間棟
- https://www.pref.yamagata.jp/cgi-bin/yamagata-takara/?m=detail&id=1700
- 上杉伯爵邸 — 上杉伯爵邸について
- https://hakusyakutei.jp/about/
最終更新日: 2026.07.04