旧上杉伯爵邸の警護棟
大広間へ向かう多くの人は、その脇を素通りしていく。しかし、正門のかたわらに建つ小さな建物こそ、かつて上杉邸を訪れる者が最初に足を止めた場所であった。これが警護棟である。伯爵邸の門を出入りする人を見守り、その通行を扱う番所として設けられた。
この建物は、大正8年(1919年)の大火で邸宅が焼失したのち、上杉家のために再建された一群に属する。ほかの各棟と同じく大正の初めに、米沢出身の建築家・中條精一郎の設計、棟梁・江部栄蔵の施工によって建てられた。主屋と庭園は大正14年(1925年)に完成している。
その役目は実務的なものだった。敷居の位置に据えられた警護棟は、公の通りから私邸の敷地へと移る境をしるし、屋敷を運営する人々が来客を受け、門を見張るための場を与えた。
登録の理由と価値
警護棟は、平成9年(1997年)12月12日に登録有形文化財となった。登録番号は06-0021、子供室・使用人室・北土蔵と同じ一群での登録である。
その価値は、屋敷の全体像を完結させる点にある。大きな邸宅は、公の門から奥深い私室へと連なる空間の連続であり、警護棟はその鎖の最初の環にあたる。かつて奥を隔てた建物が座敷とともに残るため、この邸宅は内部だけでなく、屋敷へ至る道のり全体を保っている。
建物は小さく、飾り気がない。そこに要点がある。敷地のはずれで役目を果たすために建てられ、その役目を邸内のほかの建物と同じ手のかけ方で担った。だからこそ、より大きな建物とともに登録された。
門脇に得た第二の生
警護棟は、もう遊んではいない。令和元年(2019年)、正門の脇で番人が見張っていたその場所に、「和庭(なごみてい)」という小さなカフェと工房へと改修された。かつて客を選り分けた建物が、いまは客を招き入れている。
店内では抹茶やコーヒー、地元の素材を用いたジェラートやスイーツが供され、その多くは持ち帰りもできる。飲み物を手に庭園を歩いたり、上杉神社へ足を延ばしたりできる。ここではまた、名君・上杉鷹山が地場の産業として奨励した絹織物、米沢織を着つけてもらい、その姿で神社の境内を歩くこともできる。
時期には注意したい。カフェは独自の季節営業で、およそ4月から11月まで開き、冬の間は休む。週に一日の定休日もある。浜離宮を範とした記念館の庭園は自由に入れ、大広間は開館時間内に見学できる。警護棟は神社から歩いてくる道すがら、門のかたわらによく見える位置にあり、たどり着くのはたやすい。
Q&A
- 警護棟は何のための建物ですか。
- 正門の脇に建ち、出入りする人を見守り、通行を扱う番所でした。公の通りから私邸の敷地へと移る境をしるす位置にあります。
- いつ建てられたのですか。
- 大正8年の大火からの再建の一環として大正初めに建てられました。設計は中條精一郎、施工は棟梁・江部栄蔵で、主屋と庭園は大正14年(1925年)に完成しています。
- 今はお茶を飲めると聞きましたが。
- はい。令和元年(2019年)に警護棟を改修し、カフェと工房「和庭」となりました。抹茶・コーヒー・ジェラート・スイーツを供し、正門脇で米沢織の着付け体験も行っています。
- カフェは一年中開いていますか。
- いいえ。季節営業で、およそ4月から11月まで開き、冬の間は休みます。週に一日の定休日もあります。記念館の庭園は通年で自由に入れます。
基本情報
| 名称 | 米沢市上杉記念館 警護棟 |
|---|---|
| 所在地 | 山形県米沢市丸の内1-3-60 |
| 区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 登録年月日 | 平成9年(1997年)12月12日(登録番号 06-0021) |
| 建築年 | 大正初期(主屋・庭園は大正14年/1925年完成) |
| 構造 | 正門脇に位置、1棟。詳細寸法は国指定文化財等データベースに拠る。 |
| 現在の用途 | 令和元年(2019年)にカフェ・着付け工房「和庭(なごみてい)」へ改修 |
| 沿革 | 大火後に再建された旧上杉伯爵邸の一群(設計:中條精一郎、施工:棟梁・江部栄蔵) |
| 所有者 | 米沢市 |
| アクセス | 正門脇。庭は自由に開放、カフェは季節営業。 |
参考文献
- 上杉伯爵邸 — 邸宅について
- https://hakusyakutei.jp/about/
- 上杉伯爵邸 — 和庭(カフェ・着付け体験)
- https://hakusyakutei.jp/cafe/
- 米沢観光ナビ — 上杉記念館(旧上杉伯爵邸)
- https://travelyonezawa.com/spot/hakusyakutei/
最終更新日: 2026.07.04