宇野薬局:昭和初期の商店建築が今に伝える大阪の記憶

大阪市中央区、松屋町筋の角地に静かに佇む宇野薬局は、1933年(昭和8年)に建てられた木造3階建ての建物です。2000年4月28日に国の登録有形文化財に登録され、およそ90年にわたって大阪の街並みの変遷を見守り続けてきました。

周辺地域は戦災を免れたものの、その後の都市開発によって多くの建物が姿を消す中、宇野薬局は当時の姿をとどめる唯一の建物として残されています。タイル張りの外観、緑色のスパニッシュ瓦、特徴的な丸窓など、昭和初期の「看板建築」の意匠を今に伝える貴重な近代建築遺産として、建築史的にも高い価値を持っています。

看板建築とは

宇野薬局の価値を理解するためには、「看板建築」という建築様式について知ることが重要です。看板建築は、1923年(大正12年)の関東大震災後の復興期に東京で数多く建設された、洋風の外観を持つ店舗併用の都市型住居を指します。

この建築様式の最大の特徴は、木造建築でありながら、正面に看板のような平らな壁面を設け、銅板やモルタル、タイルなどの不燃材料で覆っている点です。軒を大きく突き出す日本の伝統建築とは異なり、西洋建築の影響を受けた垂直な壁面が、まるで一枚の看板のように見えることから「看板建築」と呼ばれるようになりました。

鉄筋コンクリート造の建物を建てる資力がない中小規模の商店が、近代的で洋風な外観を実現するための工夫として生まれたこの様式は、当時の商店主たちの夢と希望を象徴するものでした。震災復興後の東京で職人たちによって建てられた看板建築は、やがて地方にも広まり、大阪をはじめとする各地の商店街の風景を彩りました。

建築的特徴と文化財としての価値

宇野薬局は、看板建築の代表的な特徴を備えながら、いくつかの独自の意匠要素を持っています。これらの特徴が評価され、2000年に国の登録有形文化財に登録されました。

外壁はタイル張りで仕上げられており、木造でありながらモダンな印象を与えます。各階の軒部分には水平のコーニスライン(蛇腹)が設けられ、建物全体にリズミカルな横線を生み出しています。この水平線の強調は、昭和初期のモダニズム建築に見られる意匠傾向の一つです。

特に目を引くのは、3階側面に設けられた丸窓(円窓)です。この船の舷窓を思わせるデザインは、1930年代に流行したアール・デコやストリームライン・モダンの影響を受けたもので、当時の先進的なデザイン感覚を示しています。

また、パラペット(立ち上がり壁)に載せられた緑色のスパニッシュ瓦も、この建物の大きな特徴です。日本の伝統的な平瓦や丸瓦とは異なる、地中海風の湾曲した形状を持つこの瓦は、1920〜30年代に世界的に流行したスパニッシュ・コロニアル・リバイバル様式の影響を受けています。

松屋町筋の歴史と宇野薬局

宇野薬局が建つ松屋町筋は、大阪の歴史とともに歩んできた由緒ある通りです。大坂夏の陣(1615年)で壊滅的な被害を受けた大坂城と城下町の復興のため、この地には瓦職人が集まりました。彼らが瓦製造の傍らで作り始めた素焼きの人形が評判を呼び、やがてこの界隈は人形問屋街として発展していきました。

「松屋町」は大阪弁で「まっちゃまち」と発音され、地元の人々に親しまれています。現在でも松屋町筋商店街には、ひな人形や五月人形、おもちゃ、駄菓子、和紙などを扱う問屋や専門店が100軒以上軒を連ね、季節ごとに表情を変える独特の街並みを形成しています。

宇野薬局が建設された1933年は、松屋町筋が人形・玩具問屋街として最盛期を迎えていた時期にあたります。戦時中、この地域は空襲を免れましたが、戦後の都市開発によって当時の建物の多くは姿を消しました。現在、この周辺で戦前の建物として残っているのは宇野薬局のみと言われており、その歴史的価値は計り知れません。

設計と施工

宇野薬局の設計は坂本建築事務所が手がけ、施工は西成の長岡栄吉によって行われたと伝えられています。当時の中小規模の商店建築においても、設計事務所による本格的な設計が行われていたことを示す貴重な事例です。

建物は木造3階建て、瓦葺で、建築面積は約58平方メートルです。松屋町筋の角地に西面して建っており、この配置は通りからの視認性を高めるとともに、西日による店舗内の採光を確保する実用的な効果も持っていたと考えられます。

看板建築の多くがそうであるように、宇野薬局も1階を店舗、上階を住居として使用する店舗併用住宅として建てられたと推測されます。西洋風の外観を持ちながら、内部は日本の伝統的な生活様式に適した間取りになっていたものと思われます。

見どころ

宇野薬局を訪れる際には、いくつかの注目ポイントがあります。まず、建物正面のタイル張りの壁面と、各階に設けられた水平の装飾線をご覧ください。これらは昭和初期のモダニズム建築の特徴を示しています。

建物の側面に目を向けると、3階部分に設けられた丸窓が見えます。この円形の窓は、当時のデザイントレンドを反映した意匠であり、宇野薬局の最も印象的な特徴の一つです。

屋上のパラペット部分には、緑色のスパニッシュ瓦が配されています。この異国情緒あふれる瓦は、日本の伝統的な瓦とは異なる独特の雰囲気を建物に与えています。

写真撮影に適した時間帯は、建物が西面していることから、午後の時間帯がおすすめです。夕方近くになると、西日がタイルの質感を美しく浮かび上がらせます。側面の丸窓を撮影する場合は、朝の柔らかい光の時間帯も良いでしょう。

周辺情報

宇野薬局周辺には、見どころが数多くあります。まず、松屋町筋商店街では、人形や玩具、季節の飾り物を扱う伝統的な問屋街の雰囲気を楽しむことができます。特に、ひな祭りや端午の節句の前には、店頭に並ぶ華やかな人形を見るだけでも楽しめます。

徒歩圏内には、大阪城(約1.3km東)があり、天守閣からは大阪の街を一望できます。また、空堀商店街(からほりしょうてんがい)も近く、古い長屋をリノベーションしたカフェや雑貨店が点在する、レトロモダンな雰囲気を楽しめます。

建築に興味がある方には、船場や中之島エリアもおすすめです。中之島には、1918年竣工の大阪市中央公会堂(重要文化財)をはじめ、近代建築の名作が集中しています。

Q&A

Q宇野薬局の内部を見学することはできますか?
A宇野薬局は個人所有の建物で、現在も事業として使用されています。外観は公道から自由に見学・撮影できますが、内部見学は通常公開されていません。訪問の際は、所有者や近隣の方への配慮をお願いいたします。
Q最寄り駅はどこですか?
A最寄り駅はOsaka Metro谷町線・中央線「谷町四丁目駅」で、徒歩約5分です。また、Osaka Metro長堀鶴見緑地線「松屋町駅」からは徒歩約10分です。松屋町駅からは、松屋町筋商店街を散策しながらアクセスできます。
Q看板建築は他にどこで見られますか?
A看板建築は関東大震災後の東京で生まれた様式で、現在も東京の神田・神保町・秋葉原周辺や、江戸東京たてもの園(小金井市)で見ることができます。宇野薬局は関西における貴重な事例であり、東京の看板建築とは異なる意匠的特徴を持っています。
Qこの建物はなぜ戦災を免れたのですか?
A宇野薬局が建つ松屋町周辺は、第二次世界大戦中の大阪大空襲において、幸運にも焼失を免れた地域でした。しかし、戦後の高度経済成長期以降の都市開発により、多くの戦前建築が取り壊され、現在この周辺で戦前の建物として残っているのは宇野薬局のみとされています。
Q松屋町筋商店街と合わせて訪れるのに適した時期はいつですか?
A松屋町筋商店街は季節ごとに表情を変えます。2〜3月はひな人形、4〜5月は五月人形や鯉のぼり、夏は花火やヨーヨーなど、季節の商品が店頭を彩ります。宇野薬局の見学と合わせて、これらの季節の風物詩を楽しむことをおすすめします。なお、問屋街のため週末は休業している店舗もありますのでご注意ください。

基本情報

名称 宇野薬局(うのやっきょく)
所在地 大阪府大阪市中央区徳井町2-3-3
竣工 1933年(昭和8年)
構造 木造3階建、瓦葺、建築面積58㎡
文化財指定 国登録有形文化財(2000年4月28日登録)
設計 坂本建築事務所
施工 長岡栄吉(大阪・西成)
建物種別 商業・業務(店舗併用住宅)
アクセス Osaka Metro谷町線・中央線「谷町四丁目駅」から徒歩約5分/Osaka Metro長堀鶴見緑地線「松屋町駅」から徒歩約10分
見学 外観のみ(個人所有のため内部非公開)

参考文献

文化遺産オンライン - 宇野薬局(文化庁)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/186360
大阪文化財ナビ - 宇野薬局
https://osaka-bunkazainavi.org/bunkazai/宇野薬局
松屋町筋商店街 - OSAKA-INFO
https://osaka-info.jp/spot/matsuyamachisuji-shopping-street/
看板建築 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/看板建築
松屋町筋 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/松屋町筋
徳井町 (大阪市) - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/徳井町_(大阪市)

最終更新日: 2026.01.02

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