嘉永元年の土蔵が大手通に残る

佃家煎茶室土蔵(つくだけせんちゃしつどぞう)は、大阪市中央区大手通にある土蔵造二階建の建物で、嘉永元年(1848年)の建築、平成27年(2015年)3月26日に国の登録有形文化財(建造物)となった。

建築面積は25平方メートル。国指定文化財等データベースは員数1棟、土蔵造2階建、瓦葺と記し、解説文はこれを本瓦葺と特定する。丸瓦と平瓦を交互に葺く本瓦葺は寺院や格式のある建物に用いられる形式で、町中の蔵としては手が込んでいる。同じ敷地の主屋から見て南西に建つ。

土蔵は木造の軸組を厚い土で塗り込め、外側を漆喰で仕上げた倉庫である。壁を深く取るのには理由があった。商都大坂は繰り返し焼け、帳簿も反物も書画も漆器も、生き延びる見込みの高い蔵へ収められた。開口部は小さく、扉は重く、一階の壁面はほとんど閉じている。この類型はもともと防御のかたちをしている。

本件が倉庫であることをやめたのは昭和16年(1941年)で、佃家がこれを煎茶室「獨樂」(文化庁データベースの表記は「独楽」)へ改修した。土蔵でありながら茶室の名で登録されているのは、この転用があったためである。

登録基準が示すもの ― 歴史的景観への寄与

土蔵の登録番号は27-0612、第80回登録。隣に建つ主屋と同じ日に登録されているが、適用された登録基準は二棟で異なる。ここに読みどころがある。

主屋は「造形の規範となっているもの」、つまり建築としての出来映えを問う基準で登録された。対して土蔵は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。文化庁の解説は最後を「大阪市街地に残る希少な近世の土蔵」と結んでおり、この一文が基準の選択を説明している。

希少という語が要点になる。現在の中央区はオフィスと幹線道路と集合住宅の街で、明治以前の建物はそもそも数が少なく、独立した江戸期の土蔵となるとさらに限られる。この登録は、類型のなかで最も優れた作例だという評価ではなく、古い町の記憶を一点押さえているという評価にあたる。

登録有形文化財の制度そのものも、国宝や重要文化財の指定とは性格が違う。平成8年(1996年)に始まった枠組みで、所有者は建物を使い続け、改造にも一定の自由を保ったまま、大きな変更の前に届け出る。国は記録し、技術的な助言と税制上の支援で応える。すでに一度用途を変えている本件のような建物は、指定制度よりこの制度になじむ。

改修の履歴として記録されているのは昭和16年と昭和20年(1945年)の二度である。昭和20年の工事の内容は、公刊された記録には示されていない。

「獨樂」の内部 ― 磚敷きの土間と中国風の窓

昭和16年の改修が残した特徴を、文化庁の解説は三点に絞って挙げる。いずれも同じ方向を向いている。

一階の床は土間のままとし、磚(せん)を敷いた。磚は中国建築で用いる焼成した方形の敷瓦である。日本の茶室なら畳を入れるところで、あえてそうしていない。客は畳ではなく、硬く冷たい、どこか唐風の床の上に立つことになる。

天井は大引天井。上階の床を支える太い大引をそのまま見せ、その上に板を渡す形式で、構造が隠れない。土蔵であれば当然の作りだが、茶室に転用したうえで残せば、飾られる器物を受け止める素地として働く。

西面の壁には縦長の両開きガラス窓を二箇所設け、桟を中国風の意匠とした。昭和16年当時のガラスは近代の材料であり、その窓の桟を唐様に切ることで、煎茶が参照する中国文人の世界へ引き戻している。西向きということは午後遅くの光が入るということでもあり、開口の乏しいこの建物では意味を持つ。

この室は文房として使われる。煎茶において文房とは、筆・墨・硯・紙のいわゆる文房四宝に加え、奇石や銅器、小幅の絵画などを亭主が並べ、客がそれを見ながら茶を飲む場を指す。「獨樂」で茶を供する際、湯を沸かして淹れるのはこの室ではない。主屋の細い一室「鳥道」で淹れ、運び込む。佃家自身がその手順で説明している。

訪問について正直に書く。土蔵は公開されていない。一茶庵は宗家稽古場の登録文化財として主屋とこの土蔵を併記しており、月ごとの定例の稽古で現に使われている。内部に入る道筋は稽古への入門か、文化財団体などが不定期に開く見学会で、過去の見学会は主屋と土蔵を合わせて案内している。撮影の可否は公表されていないため、当日の主催者の指示に従うことになる。

所在地は大手通1-1、谷町筋のすぐ西である。大阪メトロ谷町線・中央線の谷町四丁目駅から徒歩約5分、京阪本線と大阪メトロ谷町線の天満橋駅から徒歩約7分。土蔵は主屋の背後に建つため通りからは見えず、前を歩いても確認できるのは主屋の表構えだけになる。

Q&A

Q佃家煎茶室土蔵の内部を見学することはできますか。
A一般公開はされていません。煎茶・一茶庵の宗家稽古場の一部として現役で使われているためです。内部に入る方法は、稽古への入門か、文化財団体などが不定期に開催する見学会への参加に限られます。過去の見学会は主屋と土蔵を合わせて案内する形式でした。
Q佃家煎茶室土蔵はいつ建てられ、いつ茶室になったのですか。
A文化庁の国指定文化財等データベースは建築を嘉永元年(1848年)、すなわち江戸時代後期としています。昭和16年(1941年)に煎茶室「獨樂」へ改修され、昭和20年(1945年)にも改修が記録されています。登録有形文化財としての登録は平成27年(2015年)3月26日です。
Q佃家煎茶室土蔵は何が評価されて登録されたのですか。
A適用された登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」で、解説文は「大阪市街地に残る希少な近世の土蔵」と結んでいます。現在の中央区に江戸期の建物は少なく、独立した土蔵となるとさらに限られることが評価の背景にあります。
Q佃家煎茶室土蔵の内部にはどのような意匠がありますか。
A一階の床は土間のまま磚(せん)という中国風の敷瓦を敷き、天井は大引を見せる大引天井です。西面の壁には縦長の両開きガラス窓が二箇所開けられ、その桟は中国風の意匠に作られています。煎茶会では文房、すなわち文房四宝や奇石などを並べて鑑賞する席として使われます。
Q佃家煎茶室土蔵と佃家煎茶室主屋はどのような関係にありますか。
A土蔵は昭和21年(1946年)建築の主屋から見て南西に建ち、両者は同じ日に登録されています。登録番号は土蔵が27-0612、主屋が27-0611です。適用された登録基準は異なり、主屋は造形の規範、土蔵は歴史的景観への寄与という観点で評価されています。
Q佃家煎茶室土蔵への行き方を教えてください。
A所在地は大阪市中央区大手通1-1で、谷町筋のすぐ西にあたります。大阪メトロ谷町線・中央線の谷町四丁目駅から徒歩約5分、京阪本線と大阪メトロ谷町線の天満橋駅から徒歩約7分です。東へ少し歩けば大阪城公園に至ります。

基本情報

名称佃家煎茶室土蔵(つくだけせんちゃしつどぞう)/茶室名「獨樂」
所在地大阪府大阪市中央区大手通1-1
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号27-0612 登録基準「国土の歴史的景観に寄与しているもの」
指定年平成27年(2015年)3月26日登録(第80回登録)
員数1棟
寸法土蔵造2階建、瓦葺(解説文では本瓦葺)、建築面積25平方メートル
所有者個人(一茶庵宗家・佃家) ※国指定文化財等データベースの所有者欄は空欄
公開状況非公開。主屋とともに一茶庵の宗家稽古場として使用

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース — 佃家煎茶室土蔵
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00010487
文化遺産オンライン — 佃家煎茶室土蔵
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/281443
一茶庵公式サイト — 宗家の直稽古場
https://issa-an.com/school-j/
一茶庵公式サイト — プロフィール(当代・嫡承)
https://issa-an.com/profile-j/
大阪文化財ナビ — 登録有形文化財「佃家煎茶室 主屋・土蔵(一茶庵宗家九如艸堂)」見学会
https://osaka-bunkazainavi.org/event/登録有形文化財「佃家煎茶室-主屋・土蔵(一茶庵

最終更新日: 2026.08.19