洋服商が建てた三階建の土蔵

後藤家住宅三階蔵は、大阪市中央区大手通一丁目にある明治44年(1911年)建設の土蔵造3階建の建物で、令和6年(2024年)12月3日に国の登録有形文化財に登録された。建築面積は33平方メートル。寄棟造桟瓦葺、外壁は白漆喰塗仕上で、装飾らしい装飾を持たない。

建てたのは洋服を商う家である。文化庁のデータベースは後藤家を、谷町筋で洋服の製造販売および卸売を営んだ商家と記す。この蔵の性格を決めているのは、商品蔵と家財蔵を兼ねるという一点だろう。仕入れた反物や仕立て上がった製品を収める場所と、家の財産を守る場所が、同じ壁の内側にある。近代大阪の中小商家では珍しくない形だが、それを裏返せば、商いと家計が分かちがたく結びついていた時代の記録でもある。

もうひとつ、この蔵には移動の履歴がある。文化庁の記載は「明治44年/昭和32年移築」。建設から46年後の昭和32年(1957年)に解体され、現在の大手通の敷地に建て直された。どこから運ばれてきたのかは記載されておらず、確かな二次資料も見当たらない。

登録有形文化財という選択

「登録」と「指定」は別の制度である。国宝や重要文化財を生む指定は、現状変更に許可を要し、所有者の裁量を大きく制限する。一方、平成8年(1996年)に始まった登録の制度は、大幅な改変にあたって届出を求めるにとどまる。私有され、日常の用途を保ったまま使われ続けている建物を、使いながら残すための枠組みとして設計された。後藤家住宅三階蔵は、その典型的な対象といえる。

登録番号は27-0938、第108回の登録である。適用された登録基準は三つあるうちの第一、「国土の歴史的景観に寄与しているもの」だった。

評価の核にあるのは、背後にある産業だろう。大阪の服飾業は近代を通じて成長を続け、なかでも谷町は紳士既製服の問屋と製造業者が密集する街区へと育った。昭和26年(1951年)には谷町の紳士既製服メーカー20社が協同組合を設立している。戦災、戦後の復興、そしてビル化の波を経て、この産業の初期を伝える建物はほとんど残っていない。明治末の商家が自ら建てた蔵が、一度の移築を挟んで現存している事実そのものが、登録の理由を支えている。

外観に刻まれた技術

三階建と聞いて想像する高さは、この蔵には当てはまらない。文化庁の記述は「建ちの低い三階建」と表現する。各階の天井高を抑えているため、三層を積みながら全体の量感は大きな二階建に近い。大阪の蔵大工がこの寸法を選んだ理由ははっきりしている。土壁は高くなるほど自重と施工の難度が増し、荷を担いで上る梯子も長くなる。低い階高は、構造と作業の両面で合理的な解だった。

外壁は上部を白漆喰塗、腰を竪板張とする。板張りは装飾ではない。地面に跳ね返った雨が漆喰の裾を叩き続ければ、数季で下地まで傷む。板は傷んだら張り替えられるが、漆喰の壁体はそうはいかない。消耗を引き受ける部材をあらかじめ外側に回しておく、という判断である。

南面の戸口には両開きの土戸が吊られる。土を塗り込めた扉で、火が街区を走ったときに開口部を塞ぐ役目を負う。窓は三階すべてに設けられ、それぞれに小さな庇が付く。この庇もまた漆喰で塗り込められている。木部を露出させないという原則が、建物の隅々にまで及んでいる。

見学については明確にしておきたい。後藤家住宅三階蔵は株式会社アソシエが所有する私有の建物で、一般公開は行われていない。内部見学の制度はなく、外観の公開見学についても公表された案内はない。登録有形文化財であることは公開義務を伴わず、大阪府内の登録建造物の多くは非公開のままである。敷地内に立ち入ることは避けたい。周辺で拝観可能な文化財を求めるなら、大手通から東へ歩いた先に大阪城公園と大阪歴史博物館がある。最寄り駅は Osaka Metro 谷町線・京阪本線の天満橋駅で徒歩約8分、谷町線・中央線の谷町四丁目駅で徒歩約10分の位置になる。

Q&A

Q後藤家住宅三階蔵は見学できますか。拝観料はかかりますか。
A見学はできません。私有の建物で一般公開は行われておらず、拝観料の制度も内部見学の受付もありません。外観についても公表された見学案内はないため、敷地への立ち入りはご遠慮ください。
Q後藤家住宅三階蔵はいつ建てられ、いつ文化財になりましたか。
A建設は明治44年(1911年)、昭和32年(1957年)に現在地へ移築されました。登録有形文化財としての登録年月日は令和6年(2024年)12月3日、登録番号は27-0938です。
Q後藤家住宅三階蔵の「三階蔵」とはどういう意味ですか。
A三階建の土蔵、という文字どおりの呼び名です。土蔵は高くなるほど壁体の自重と施工の難度が増すため、一階建や二階建に比べて三階建の例は多くありません。
Q後藤家住宅三階蔵は重要文化財ではなく、なぜ登録有形文化財なのですか。
A両者は目的の異なる制度です。指定(重要文化財・国宝)は全国的に突出した価値をもつ建造物を対象とし、現状変更に許可を要します。登録は歴史的景観に寄与する建物を、所有者が使い続けられる形で守る仕組みで、大幅な改変時の届出を求めるにとどまります。
Q後藤家住宅三階蔵と大阪の服飾業には、どのような関係がありますか。
A後藤家は谷町筋で洋服の製造販売と卸売を営み、この蔵に商品と家財を収めていました。谷町はのちに紳士既製服の一大産地へと発展しますが、その初期を伝える建物はほとんど残っておらず、本件はその数少ない現存例にあたります。

基本情報

名称後藤家住宅三階蔵(ごとうけじゅうたくさんがいぐら)
所在地大阪府大阪市中央区大手通一丁目4
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録番号 27-0938
指定年令和6年(2024年)12月3日登録(第108回)
員数1棟
寸法建築面積33平方メートル/土蔵造3階建、瓦葺
所有者株式会社アソシエ
公開状況非公開(私有建物・一般公開および内部見学の受付なし)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)― 後藤家住宅三階蔵
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00015205
文化遺産オンライン ― 後藤家住宅三階蔵
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/620639
文化庁 ― 登録有形文化財(建造物)
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/toroku_yukei.html
大阪府 ― 府内の登録有形文化財(建造物)一覧
https://www.pref.osaka.lg.jp/o180150/bunkazaihogo/bunkazai/futoroku_kenzobutu.html

最終更新日: 2026.08.20