はじめに:近代土木技術の遺産と古代温泉文化が交わる場所

兵庫県豊岡市、城崎温泉の奥に位置する大師山の麓に、日本の昭和モダニズム建築の優れた例として知られる建造物があります。1962年に竣工し、2017年に登録有形文化財に指定された「城崎温泉ロープウェイ山麓駅」です。この駅舎は単なる交通施設にとどまらず、戦後日本の土木技術の粋、国家的大事業の遺産、そして1300年の精神文化が織りなす、類まれな文化遺産となっています。

このロープウェイを発案したのは、関西電力初代社長であり「20世紀のピラミッド」とも称された黒部ダム建設の総指揮者・太田垣士郎氏です。城崎町出身の太田垣氏は、黒部ダム建設で培った最先端の土木技術を故郷の観光振興に活かすことを決意。その情熱が結実したのがこのロープウェイでした。現在、来訪者はこの文化財建築の美しさを堪能しながら、ミシュラン・グリーンガイドで一つ星を獲得した絶景を望むことができます。

建築的価値:なぜ文化財に指定されたのか

城崎温泉ロープウェイ山麓駅は、2017年10月27日に文化庁より登録有形文化財(建造物)に指定されました。登録有形文化財制度は、建築後50年以上を経過した歴史的建造物のうち、一定の評価を得たものを文化財として登録し、保存と活用を促進する制度です。

この駅舎の建築的価値は、二つの異なる構造を巧みに融合させた革新的な設計にあります。駅舎本体は鉄骨造2階建て、乗降場は鉄筋コンクリート造平屋一部地下1階建てで構成されています。特筆すべきは乗降場を覆う「ヴォールト状の屋根」です。緩やかな曲線を描くこのアーチ形の屋根は、両側に梁を延ばして庇を支える意匠となっており、機能性と美しさを両立させた、1960年代初頭としては非常に先進的なデザインを実現しています。

建築面積は309㎡で、駅としての機能とロープウェイ運転に必要な機械設備を一体化させています。黒部ダムを完成させたばかりの技術者集団の高度な設計能力が反映され、大規模土木工事の技術を建築に応用した、貴重な近代産業遺産として評価されています。

歴史的背景:黒部ダムから故郷復興へ

城崎温泉ロープウェイの物語は、太田垣士郎氏の幼少期の思い出から始まります。城崎町で生まれた太田垣氏は、子供時代に友達と大師山を駆け巡って遊んだといいます。その後、関西電力初代社長となり、日本最大級の土木事業である黒部ダム建設(1963年完成)を陣頭指揮しました。

この大事業が完成に近づいた1962年、太田垣氏は故郷城崎の観光振興のため、温泉街と大師山山頂を結ぶロープウェイ建設を発案しました。関西電力、阪急電鉄、関電不動産、城崎町、地元有志の賛同を得て、同年8月に城崎観光株式会社が設立。翌1963年5月26日、ついに城崎温泉ロープウェイが開業しました。

このロープウェイの大きな特徴は、全国でも珍しい中間駅を持つことです。温泉寺駅を設けることで、従来500段の石段を登らなければ参拝できなかった1300年の古刹・温泉寺に、誰もが容易にアクセスできるようになりました。この設計には、地域の精神的遺産をすべての人に開放したいという太田垣氏の願いが込められています。

三つの駅舎:すべてが文化財の複合遺産

城崎温泉ロープウェイの三つの駅舎は、2017年にすべて同時に登録有形文化財に指定されました。温泉街から山頂まで、一貫した建築遺産として保護されている希少な例です。

山麓駅は標高31mに位置し、特徴的なヴォールト屋根と前庭の太田垣士郎資料館を擁します。中間駅(温泉寺駅)は温泉寺本堂と城崎美術館への入口となり、山腹の地形に適応した同様のヴォールト屋根を持ちます。山頂駅は標高231mに位置し、ミシュラン・グリーンガイドで一つ星(「興味深い」)を獲得した展望台を備えています。

総延長676m、約7分間の空中散歩では、伝統的な温泉街の町並み、蛇行する円山川、そして遠く日本海まで、刻々と変化する絶景を楽しむことができます。この建築と景観の連続体験は、日本の交通文化遺産の中でも唯一無二のものです。

温泉寺:城崎温泉1300年の精神的中心

ロープウェイの中間駅からは、738年創建の温泉寺に直接アクセスできます。寺伝によれば、僧・道智上人が717年にこの地を訪れ、難病に苦しむ人々を救いたいと1000日間祈願を続けた結果、720年に霊泉が湧出したとされます。これが城崎温泉の開湯伝説です。

温泉寺のご本尊である十一面観音立像(重要文化財)は、奈良・長谷寺、鎌倉・長谷寺の観音像と同じ霊木から彫られたと伝わります。「城崎」という地名も、この観音像が木の先端部分から彫られたことに由来するという説があります(「木の先」が転じて「城崎」となったとされます)。

かつて城崎温泉を訪れた人々は、入湯前にまず温泉寺に参拝することが習わしでした。温泉寺で道智上人に感謝を捧げ、「古式入湯作法」を教わり、湯杓を授かって初めて外湯に浸かることができたのです。現在この作法は必須ではありませんが、温泉寺では今もこの伝統的な入浴儀式を体験することができます。

世界からの評価:ミシュラン・グリーンガイドと国際的注目

城崎温泉ロープウェイ山頂駅からの眺望は、ミシュラン・グリーンガイド・ジャポンで一つ星を獲得しています。これは「興味深い」眺望として評価されていることを意味します。また、城崎温泉の町並み自体も二つ星(「寄り道する価値がある」)を獲得しており、国際的に高い評価を受けています。

さらに2018年には、ニューヨーク・タイムズ紙の「52 Places to Go(訪れるべき52の場所)」に城崎温泉と温泉寺が選出されました。記事に掲載された写真には、伝統的な温泉街の上を行くロープウェイのゴンドラが写っており、この隠れた日本文化観光の名所が世界の注目を集めることとなりました。

建築遺産、精神的意義、国際的に認められた景観美という三つの要素が融合したこの場所は、一般的な観光ルートを超えた本物の日本文化体験を求める旅行者にとって、極めて価値の高い目的地となっています。

見どころ・魅力

山麓駅周辺には、ロープウェイ以外にも見どころがあります。駅前庭園にある「太田垣士郎資料館」では、黒部ダムとロープウェイを生み出した先見者の遺品や資料を展示。黒部ダム建設のドキュメンタリー映像も視聴でき、太田垣氏の等身大の銅像も建立されています。

山頂では「みはらしテラスカフェ」でスペシャルティコーヒーを味わいながら、日本海まで見渡せる絶景を堪能できます。山頂エリアには、但馬名産の松葉ガニを称える「かに塚」、慈母観音像、温泉寺の奥の院があり、「かわらけ投げ」で厄除け祈願も楽しめます。

四季折々の景色も大きな魅力です。春は桜、夏は緑豊かな山々と時折現れる野生の鹿、秋は紅葉、冬は雪景色と、季節ごとに異なる表情を見せます。この文化財建築を様々な条件で体験できることは、何度も訪れる価値を生み出しています。

周辺情報:七つの外湯と文学の街

城崎温泉は七つの外湯で知られ、それぞれ独特の建築様式と泉質を持っています。温泉旅館に宿泊すると全外湯の入浴パスが提供され、浴衣姿で温泉街を巡り歩く「外湯めぐり」を楽しめます。ロープウェイ最寄りの外湯「鴻の湯」までは徒歩数分です。

城崎温泉は多くの文人墨客を惹きつけてきた文学の街でもあります。最も有名なのは、1917年に療養のため滞在した志賀直哉による短編小説『城の崎にて』です。城崎文芸館ではこの豊かな文学遺産を紹介しており、温泉で読むために作られた特別な耐水性の本も購入できます。万城目学や湊かなえなど現代の人気作家が城崎のために書き下ろした作品は、温泉旅館でのみ入手可能です。

Q&A

Q城崎温泉ロープウェイ山麓駅が登録有形文化財に指定された理由は?
A2017年に1960年代日本モダニズム建築の優れた例として指定されました。特徴的なヴォールト状の屋根のデザイン、鉄骨造と鉄筋コンクリート造を組み合わせた革新的な構造、そして黒部ダム建設技術の遺産としての歴史的重要性が評価されています。
Q500段の石段を登らずに温泉寺を参拝できますか?
Aはい、ロープウェイの中間駅(温泉寺駅)から温泉寺本堂に直接アクセスできます。これは1300年の古刹を誰もが参拝できるようにという意図で設計されました。
Q山頂駅からはどのような景色が見えますか?
A山頂展望台からは城崎温泉の町並み、円山川、周囲の山々、そして日本海までの大パノラマを一望できます。この眺望はミシュラン・グリーンガイド・ジャポンで一つ星(「興味深い」)を獲得しています。
Qタトゥーがあってもロープウェイに乗れますか?
Aはい、ロープウェイにタトゥーに関する制限はありません。また、城崎温泉の外湯はタトゥーのある方も入浴可能で、日本の伝統的な温泉地の中でも海外からの旅行者に開かれた温泉地として知られています。
Qペットは同伴できますか?
A小型のペットはペットキャリーやケージ(体がすっぽり入るもの)に入れた状態であれば同伴可能です。盲導犬・介助犬・聴導犬は制限なくそのまま同伴乗車できます。

基本情報

正式名称 城崎温泉ロープウェイ山麓駅
文化財指定 登録有形文化財(建造物)、2017年10月27日登録
竣工年 1962年(昭和37年)
構造 鉄骨造2階建及び鉄筋コンクリート造平屋一部地下1階建、建築面積309㎡
建築的特徴 乗降場を覆うヴォールト状の屋根、両側に梁を延ばして庇を受ける意匠、地階に機械室
所在地 兵庫県豊岡市城崎町湯島字寺ノ谷806-1
標高 31m(山麓駅)
所有者 城崎観光株式会社
ロープウェイ開業 1963年5月26日
総延長 676m
所要時間 約7分(山麓〜山頂)
営業時間 9:10(始発)〜16:50(上り最終)/ 17:10(山頂終発)
定休日 第2・第4木曜日(祝日の場合は営業)
往復乗車料金 大人910円・小人460円(山頂駅まで)/ 大人570円・小人280円(温泉寺駅まで)
アクセス JR城崎温泉駅より徒歩約15〜20分 / 北近畿豊岡自動車道・日高神鍋高原ICより車で約40分
駐車場 あり(約20台)/ 軽・普通車700円/2時間
問い合わせ 城崎観光株式会社 TEL:0796-32-2530
公式サイト https://www.kinosaki-ropeway.jp/

参考文献

城崎温泉ロープウェイ山麓駅 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/275442
城崎温泉ロープウェイ 公式サイト
https://www.kinosaki-ropeway.jp/
城崎ロープウェイ - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/城崎ロープウェイ
太田垣士郎資料館 - 城崎温泉観光協会
https://kinosaki-spa.gr.jp/facility/ootagaki/
温泉寺 | 豊岡市観光公式サイト
https://toyooka-tourism.com/spot/onsenji/
城崎温泉の歴史とともにある、城崎温泉の守護寺 | 豊岡市観光公式サイト
https://toyooka-tourism.com/recommend/culture/onsenji/
城崎温泉ロープウェイ | じゃらんnet
https://www.jalan.net/kankou/spt_28541ee4570112146/
【兵庫但馬】城崎温泉 - MATCHA
https://matcha-jp.com/jp/17817
城崎ロープウェイ | まるごと北近畿
https://kitakinki.gr.jp/members/372884

最終更新日: 2025.12.04

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