数寄屋の名工が手がけた客室棟

西村屋本館の平田館は、その名に設計者の名を負っている。平田雅哉(一九〇〇〜一九八〇)は堺の生まれ。生涯を数寄屋の仕事に費やし、茶の湯から育った洗練された住宅・茶室建築を追い求めた工匠である。手がけた作は四百を超えるといわれ、朝香宮の茶席、大徳寺如意庵、料亭吉兆、各地の旅館などがその名に連なる。昭和三十六年(一九六一)に刊行された聞き書きの一冊は評判を呼び、のちに映画にもなった。昭和三十五年(一九六〇)に竣工したこの十室の客室棟は、彼が旅館に残した仕事の一つである。

建つのは城崎の西村屋の敷地内。西村屋は江戸末期の安政年間に創業し、大正十四年(一九二五)の北但大震災ののちに本館を再建した宿である。平田が招かれた頃、宿は復興ではなく増築の段階に入っており、古い棟の傍らでも見劣りしない客室を、という求めに応じてこの棟は生まれた。

登録の理由

平成二十七年(二〇一五)十一月十七日、平田館は登録有形文化財に登録された。登録番号は28‐0622。適用された基準は、同じ敷地の隣り合う二件とは異なる。大広間棟と門及び塀が歴史的景観への寄与で評価されたのに対し、平田館は「造形の規範となっているもの」、すなわち後進の手本となる意匠として登録された。

この違いは、細部への注視に報いる。平田は各室を数寄屋の原則に据えながら、当時としては新しい材料と工法を用いた。いわゆるモダン数寄屋の手法である。一見すると伝統的でありながら、より古い時代の大工には下せなかった判断が、随所に姿を見せる。ここで問われるのは木材の古さではなく、造形そのものの質である。

訪ねる人の目に留まるもの

まず配置に目を向けたい。平田は、ある客室から庭に注がれる視線が、別の客室からの視線と交差しないよう部屋を配した。目隠しの建具に頼らずとも、幾何そのものに私性が組み込まれている。棟の中心には小さな庭が一つあり、廊下がそれを取り囲む。各室は同じ庭を異なる角度と高さから切り取るため、ある客が手前の石と見るものを、別の客は遠い縁として眺めることになる。

ロビーは吹抜けとなり、そこに橋が架かる。木造の宿にあって意表を突く仕掛けである。見上げれば、天井には四季の花が描かれている。廊下はガラスブロックの壁を透して光を採り、近代の素材でありながら、ここでは障子紙のように静かな役目を担う。欄間、袋戸棚、明かり取りの小窓にも目を留めたい。こうした細部に、平田の手の跡が刻まれている。

棟の各室は今も客室として使われており、仕事を見る最良の方法は泊まることに尽きる。調度の展示は季節ごとに替わるため、再訪が初訪と同じ姿を見せることはまれである。予約の際には、平田館の客室の空きを宿に尋ねるとよい。

Q&A

Q平田雅哉とはどのような人物ですか。
A堺出身の工匠(一九〇〇〜一九八〇)で、数寄屋建築の名工とされます。茶室・料亭・旅館など約四百の作を手がけ、自ら図面を引きました。
Qモダン数寄屋とは何ですか。
A数寄屋の抑制を保ちつつ、新しい材料や工法を取り入れた造りを指します。平田館では、ガラスブロックなど当時新しい選択が、古典的な数寄屋の枠の中に収められています。
Qなぜ各室は静かで私的に感じられるのですか。
A庭へ向かう各室の視線が交差しないよう配置されているためです。私性は付け足しの目隠しではなく、間取りそのものから生まれています。
Q他の建物と文化財としての性格はどう違いますか。
A平田館は造形の規範(28‐0622)として登録されました。大広間棟と門及び塀は、歴史的景観への寄与によって評価されています。
Q平田館に宿泊できますか。
A各室は現役の客室で、宿泊に供されています。空室状況は時季により変わるため、この棟への宿泊を望む場合は予約時に西村屋本館へお尋ねください。

基本情報

名称西村屋本館平田館
所在地兵庫県豊岡市城崎町湯島字御所469
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号28‐0622
登録年月日平成二十七年(二〇一五)十一月十七日
員数1棟
構造木造2階建、瓦葺、建築面積約591㎡
年代昭和35年(1960)/昭和後期改修
設計平田雅哉(1900〜1980)
所有者株式会社ライフ西村屋
登録基準造形の規範となっているもの

参考文献

国指定文化財等データベース 西村屋本館平田館
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00010852
平田館について 西村屋本館 公式サイト
https://www.nishimuraya.ne.jp/honkan/hiratakan/
西村屋(城崎温泉) ウィキペディア
https://ja.wikipedia.org/wiki/西村屋_(城崎温泉)

最終更新日: 2026.07.11