震災の焼け跡から再建された八十畳の大広間
城崎温泉の老舗旅館・西村屋本館。その門をくぐった入口の脇に、木造二階建の大きな棟が立つ。これが大広間棟である。二階には八十畳を数える一室があり、宴席や祝いの席、大人数の集いのために設けられた広間となっている。
建築の時期は昭和前期にさかのぼる。大正十四年(一九二五)五月の北但大震災は城崎の町を壊滅させ、続く火災で西村屋本館の主要な建物も焼失した。復興は翌年から始まり、大広間棟もこの再建期に姿を整えていった。のちに昭和中期の手が加わり、平成三年(一九九一)には改修も施されている。所在地は兵庫県豊岡市城崎町湯島字御所、西村屋が代々構えてきた敷地の一角である。
登録有形文化財としての価値
平成二十七年(二〇一五)十一月十七日、大広間棟は国の登録有形文化財となった。登録番号は28‐0621、適用された基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。同じ敷地では、平田館と門及び塀の二件も同日に登録されており、三件が一体の景観をかたちづくっている。
この棟の見どころは、二つの技法の組み合わせにある。屋根を支えるのは、当時としては新しい洋小屋である。柱を立てずに広い空間を架け渡すこの構造が、八十畳という無柱の大広間を可能にした。その下に張られた天井は、逆に純日本の意匠に従う。周囲を一段上げて折り上げ、格天井とする手法は、格式の高い部屋にのみ用いられるものだ。再建期の建物でありながら、昭和初期の職人が新しい構造を取り入れつつ、伝統的な装飾を手放さなかった経緯がここに読み取れる。
訪ねる人の目に留まるもの
南の通り側から見上げると、この棟は入母屋屋根の妻を見せる。往来に向けられたその面は落着きがあり、控えめに整えられている。西面では、並ぶ窓に小さな庇と高欄がめぐらされ、壁面をやわらげて外観に安定した趣を与えている。
本領は二階にある。八十畳の大広間は、人を迎える場として造られた。南面には大振りな座敷飾を構え、北面には舞台を設けて、正式な上座と演目の双方に応えられる。室の中央に立って見上げれば、折上格天井が影と木組みの格子を描き、この一室が眠るためではなく祝うために設けられたことを伝える。
棟は現役の旅館の一部であるため、内部を見る機会は宿泊の流れに沿う。館に泊まる客はこれらの空間を通り抜けながら滞在し、大広間も催しの場として使われる。内部を目にしたい場合は、公開の可否を西村屋本館に直接確かめるのがよい。
Q&A
- 大広間はどのくらいの広さで、何に使われたのですか。
- 二階の一室で八十畳を数えます。宴席や大人数の集いのために造られ、南に座敷飾、北に舞台を備えています。
- なぜ屋根に洋小屋が使われているのですか。
- 洋小屋は柱を立てずに広い空間を架け渡せます。これにより八十畳の無柱の床が実現し、その下に日本の折上格天井が張られました。
- いつ、どの区分で登録されたのですか。
- 平成二十七年(二〇一五)十一月十七日、登録有形文化財(建造物)として登録されました。登録番号は28‐0621、基準は歴史的景観への寄与です。
- 北但大震災はこの建物と関係があるのですか。
- 関係します。大正十四年(一九二五)の震災で先代の建物が失われ、翌年から再建が始まりました。大広間棟はこの再建期の建築です。
- 内部を見学できますか。
- 現役の旅館の一部のため、内部は主に宿泊者や催しの折に見られます。見学を希望する場合は、事前に西村屋本館へ問い合わせてください。
基本情報
| 名称 | 西村屋本館大広間棟 |
|---|---|
| 所在地 | 兵庫県豊岡市城崎町湯島字御所469 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) 登録番号28‐0621 |
| 登録年月日 | 平成二十七年(二〇一五)十一月十七日 |
| 員数 | 1棟 |
| 構造 | 木造2階建、瓦葺、建築面積約322㎡ |
| 年代 | 昭和前期(1926〜1945)/昭和中期・平成3年(1991)改修 |
| 所有者 | 株式会社ライフ西村屋 |
| 登録基準 | 国土の歴史的景観に寄与しているもの |
参考文献
- 国指定文化財等データベース 西村屋本館大広間棟
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00010851
- 西村屋本館 公式サイト
- https://www.nishimuraya.ne.jp/honkan/
- 西村屋(城崎温泉) ウィキペディア
- https://ja.wikipedia.org/wiki/西村屋_(城崎温泉)
最終更新日: 2026.07.11