ゆとうや旅館土蔵:城崎温泉に佇む元禄創業の老舗旅館が誇る登録有形文化財

兵庫県豊岡市城崎町、1300年を超える歴史を持つ名湯・城崎温泉の中心に、元禄元年(1688年)創業の老舗旅館「ゆとうや」があります。約二千坪の広大な庭園の中に、客室棟や詠帰亭といった格式高い建築群とともに静かに佇んでいるのが「ゆとうや旅館土蔵」です。派手さこそありませんが、白漆喰の壁に瓦屋根を戴いたこの蔵は、330年を超えるゆとうやの歩みを今に伝える国の登録有形文化財であり、大震災を乗り越えて受け継がれた日本の旅館建築文化を体現する、小さくも貴重な存在です。

歴史的背景:油商から皇族を迎える宿へ

ゆとうやの歴史は、江戸・元禄元年(1688年)に遡ります。初代・六左衛門が「油筒屋(ゆとうや)」の屋号で油商を営んだのが始まりで、城崎温泉を訪れる湯治客へ胡麻油や灯油などを商っていました。六代目の時代になると、浴客のための宿屋も兼ねるようになり、江戸時代を通じて温泉街の中心的な旅館として発展を遂げました。その後も多くの文人墨客や貴人をもてなし、やがて皇族方の宿所としても親しまれるようになりました。

しかし、大正14年(1925年)5月23日、豊岡・城崎一帯を襲った北但大震災により、ゆとうやの建物はすべて焼失する壊滅的な被害を受けました。復興の重責を担ったのが、第12代・西村六左衛門です。婿養子として油筒屋に入った彼は、約10年の歳月をかけて建物・庭園・書画骨董を再整備し、現在へとつながる旅館の姿を築き上げました。『質素倹約・学問に励め・世のため人のために尽くせ・人の道を守れ』を生涯貫いたと伝えられる彼の再建事業によって、土蔵もまた、敷地内の他の建物群とともに蘇りました。

平成27年(2015年)3月13日、文化審議会は、ゆとうや旅館の複数の建物を国の登録有形文化財として登録するよう文部科学大臣に答申し、同年8月4日に正式に登録されました。土蔵も、この登録群の一つです。

なぜ登録有形文化財に指定されたのか

登録有形文化財制度は、平成8年(1996年)の文化財保護法改正により創設されたもので、築50年を超える歴史的建造物のうち、一定の評価を得たものを届出制のゆるやかな規制によって保存・活用する仕組みです。ゆとうや旅館の建物群は、いくつかの理由で登録対象としての価値が認められました。

第一に、敷地内に点在する建築物・建造物が、歴史的な温泉街の景観形成に重要な役割を果たしていると高く評価されたことが挙げられます。第二に、大正14年の北但大震災からの復興期に再建されたこれらの建物群は、震災後の城崎温泉の街並みを象徴する建築文化の貴重な事例です。第三に、ゆとうやが多くの文人や皇族方を迎えてきた由緒ある宿であることから、そこに付随する土蔵もまた、旅館の格式と生活文化を物語る建造物として一体的に評価されました。こうした総合的な価値が認められ、土蔵は旅館の他の建物群とともに、国の登録有形文化財として後世に継承されることとなったのです。

魅力・見どころ:静かに語りかける蔵の美

土蔵とは、木造の軸組の外側を厚い土壁で覆い、白漆喰などで仕上げた日本独特の倉庫建築です。厚い壁と小さな窓、重厚な扉によって高い防火・防湿・防盗性を備え、古くから米、絹、漆器、書画骨董、大切な書類など、家宝や商品を守るために用いられてきました。四季の湿気や火災の脅威から財物を守る知恵の結晶が、この建築形式に凝縮されています。

ゆとうや旅館の土蔵も、白漆喰で仕上げられた重厚な壁と瓦葺きの屋根をもち、古来の蔵建築の姿をとどめています。特筆すべきは、旅館の庭園との一体感です。ゆとうやの作庭は、建物と庭が「主従の関係ではなく、渾然一体となって格調を醸し出す」ことを特徴とし、油筒屋の庭園は、建築の附属でも、隙間を埋めるスペースでもなく、建築と一体となっているものとされています。土蔵もまた、松の木や春日灯籠、石塔が配された庭の中で、控えめながら確かな存在感を放っています。

敷地内の他の登録有形文化財建物にも目を向ければ、その魅力はさらに広がります。皇族方の御宿所として唐破風の玄関を構える「詠帰亭」、格式ある書院造りの「扶老亭」、裏山を借景に取り込む数寄屋調の「雲生亭」、そして近くの天然記念物・玄武洞に因んだ六角形の意匠を取り入れた独創的な「渡り廊下」——土蔵はこれら個性豊かな建物たちと同じ時代に再建され、同じ作庭・建築の思想のもとに配置された、旅館全体の調和を支える存在なのです。

訪問情報:ゆとうや旅館の楽しみ方

ゆとうや旅館土蔵は、営業中の老舗旅館の敷地内にある建物です。独立した観光施設として一般公開されているわけではなく、基本的には宿泊者が庭園を散策する際に、建築群の一部としてその姿を望むことができます。土蔵そのものへの立ち入りは想定されていませんが、白漆喰の壁や瓦屋根、庭園との調和は、敷地内を巡るうちに自然と視界に入ってくる構成となっています。

ゆとうや旅館は、外湯「一の湯」の真向かいという城崎温泉の中心部に位置します。JR山陰本線・城崎温泉駅から徒歩約5〜7分と、アクセスも良好です。関西方面からは、新大阪駅から特急「はまかぜ」、京都駅から特急「きのさき」を利用すれば、片道およそ2時間半〜3時間で到着します。

冬場には、但馬の誇る松葉ガニ料理を目当てに訪れる方も多く、雪に覆われた温泉街の情緒は一段と深まります。人気の季節は予約が早く埋まるため、余裕をもった計画をおすすめします。

周辺情報:文学と湯の町・城崎を歩く

城崎温泉は、開湯1300年とも1400年ともいわれる関西屈指の温泉地です。奈良時代の僧・道智上人による開湯伝説や、飛鳥時代に傷ついたコウノトリが湯浴みをして治癒したという伝承など、神話的な物語に彩られています。温泉街のもっとも有名な楽しみ方は、浴衣と下駄で柳並木の道を歩きながら七つの外湯を巡る「外湯めぐり」です。洞窟風呂の趣ある「一の湯」から、モダンな「さとの湯」まで、それぞれ異なる趣向を楽しめます。

文学ファンには、志賀直哉の名作『城の崎にて』の舞台として知られる街としても忘れがたい場所です。志賀は大正2年(1913年)、山手線の事故で負った怪我の療養のために近隣の老舗旅館・三木屋に滞在し、この名作を生み出しました。「城崎文芸館」では、こうした文豪たちと城崎との深いつながりを知ることができます。また、国の天然記念物である柱状節理の奇観「玄武洞」、コウノトリの野生復帰で知られる「コウノトリの郷公園」、城下町の風情を残す「出石」など、足を延ばせるスポットも豊富です。日本海の新鮮な海の幸や、ブランド和牛「但馬牛」の味覚も、旅の大きな楽しみの一つです。

Q&A

Q宿泊せずにゆとうや旅館土蔵を見学することはできますか?
A土蔵は営業中の旅館の敷地内にあり、独立した観光施設としての一般公開は行われていません。基本的には宿泊者が庭園と合わせて外観を楽しむ形となります。じっくりご覧になりたい方は、ゆとうや旅館でのご宿泊をおすすめいたします。
Q土蔵はいつ頃建てられたものですか?
Aゆとうや旅館の建物群は、大正14年(1925年)の北但大震災ですべて焼失しました。土蔵を含む現在の建物は、震災後に第12代・西村六左衛門の主導で再建されたもので、平成27年(2015年)8月4日に敷地内の他の建物とあわせて国の登録有形文化財として登録されました。
Q土蔵とは一般的にどのような建物を指すのでしょうか?
A土蔵とは、木造の軸組の外側を厚い土壁で覆い、白漆喰などで仕上げた日本伝統の倉庫建築です。防火・防湿・防盗に優れ、古来より貴重品や書類、家宝を収めるために用いられてきました。旧家や老舗旅館では、代々の大切な品を守る蔵として今も大切にされています。
Q大阪や京都からのアクセスは?
A新大阪・大阪方面からは特急「はまかぜ」、京都方面からは特急「きのさき」でJR城崎温泉駅までお越しいただけます。駅からゆとうや旅館までは徒歩約5〜7分と、柳並木の温泉街を歩いて散策する楽しみもお味わいいただけます。
Q城崎温泉を訪れるおすすめの季節は?
A四季それぞれに異なる魅力があります。冬は松葉ガニの季節で、雪景色の温泉街は格別の情緒があります。春の新緑や秋の紅葉も美しく、夏は浴衣と下駄の音が似合う花火の夜を楽しめます。お好みに合わせてお出かけください。

基本情報

名称 ゆとうや旅館土蔵(ゆとうやりょかんどぞう)
指定種別 登録有形文化財(建造物) 2015年(平成27年)8月4日登録
所在地 〒669-6101 兵庫県豊岡市城崎町湯島字愛宕373
所有者 株式会社油筒屋
親施設 ゆとうや旅館(元禄元年・1688年創業)
構造形式 土蔵造(漆喰塗仕上げ)、瓦葺
歴史的背景 大正14年(1925年)の北但大震災後、第12代・西村六左衛門による再建事業の一環として復興
アクセス JR山陰本線・城崎温泉駅から徒歩約5〜7分
ご案内 営業中の旅館の敷地内にあり、独立した観光施設としての一般公開は行っておりません

参考文献

文化遺産オンライン(国立情報学研究所)— ゆとうや旅館関連登録物件
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/213347
ゆとうや旅館公式サイト — 有形文化財登録記念ページ
https://www.yutouya.com/cultural/
ゆとうや旅館公式サイト — 庭園と建築
https://www.yutouya.com/garden/
豊岡市公式ウェブサイト — 北但大震災の概要
https://www.city.toyooka.lg.jp/bosai/1019920/kakosaigai/1000670/1000671.html
城崎温泉観光協会 — 城崎の歴史
https://kinosaki-spa.gr.jp/about/history/
文化庁 国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp/

最終更新日: 2026.04.23