ゆとうや旅館表門及び塀:城崎温泉の老舗旅館を彩る大正期の独創的な門構え

1300年を超える歴史を持つ兵庫県豊岡市の城崎温泉。その温泉街の中心に、元禄元年(1688年)創業の老舗旅館「ゆとうや」が佇みます。道路に面して堂々と構えるその表門と塀は、大正15年(1926年)の建造で、平成27年(2015年)に国の登録有形文化財に登録されました。伝統的な薬医門の形式をとりながら、当時最先端の建築材料であった鉄筋コンクリートを大胆に取り入れ、さらに赤錆色の砂利洗出しという独創的な意匠を施した、きわめて個性的な一棟です。

浴衣に下駄で温泉街を散策する「外湯めぐり」の道すがら、この門の前で足を止めるのは、城崎の旅を深く味わうささやかな愉しみのひとつ。門の向こうに広がる三百余年の歴史と、和洋の素材が溶け合う大正期ならではの建築感覚を、ぜひ間近でご覧ください。

三百年を超える「ゆとうや」の歩み

ゆとうやの創業は元禄元年(1688年)。初代・西村六左衛門が「油筒屋(ゆとうや)」の屋号で営んだのが始まりと伝わります。当初は油を扱う商家でしたが、六代目の時代に温泉浴客のための宿屋を兼ねるようになり、やがて城崎を代表する老舗旅館へと発展していきました。三百余年の歴史のなかで、数多くの文人墨客や皇族方が逗留されたことで広く知られています。

北但大震災と復興の物語

大正14年(1925年)5月23日、北但大震災が但馬地方を襲い、城崎温泉街はほぼ全域が焼失しました。ゆとうやもまた、江戸時代以来の由緒ある建物群を一夜にして失うこととなりました。この壊滅的な被災からの再建に心血を注いだのが、第12代・西村六左衛門です。およそ10年の歳月をかけて建物・庭園・書画骨董を整備し直し、今日に伝わる旅館の骨格を作り上げました。

表門及び塀は、この復興事業のなかで大正15年(1926年)に完成した建造物です。古き良き門の伝統を継承しつつ、耐震・耐久性に優れる鉄筋コンクリートという新技術を取り入れた点に、震災を経験した街ならではの時代精神が色濃く表れています。

なぜ登録有形文化財に指定されたのか

この表門及び塀は、平成27年(2015年)8月4日、登録番号28-0613として国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。文化庁の解説文では「独創的な意匠を見せる、老舗旅館の表門」と評されています。

評価のポイントは大きく三つあります。第一に、敷地北側の道路に面して建つ位置関係から、関西屈指の温泉街である城崎の景観に重要な役割を果たしていること。第二に、伝統的な薬医門の形式に大正期の新素材である鉄筋コンクリートを用いた点が、近代日本建築史における興味深い折衷の一例を示していること。第三に、門と塀が一体として残ることで、旅館を訪ねる人々が体験してきた「街路から門をくぐる」という空間のシークエンスが、おおよそ百年にわたってほぼそのまま保たれていることです。

見どころ — 細部に宿る職人の工夫

薬医門という格式

表門は、武家屋敷や医家、格式ある商家などに用いられてきた伝統的な門形式「薬医門」を採っています。前方に太い本柱二本、後方に控柱(脇柱)二本を立て、その上に大ぶりな屋根を架ける構造です。屋根は入母屋造、屋根材には桟瓦を用い、軒先は銅板葺きとする丁寧な造作で、銅板は歳月を経て柔らかな緑青色に落ち着いています。

鉄筋コンクリート柱と赤錆砂利の洗出し

この門の最大の見どころは、なんといってもその柱です。太い本柱と脇柱はいずれも鉄筋コンクリート造で、これは大正期の民間建築としてはきわめて先進的な選択でした。しかし、表面はそのままではなく、赤錆色の砂利を用いた「洗出し仕上げ」が施され、さらに丸みを帯びた玉石が随所に埋め込まれています。半ば露出し、半ば埋もれた石たちが陰影を生み、コンクリートとは思えない手仕事の温もりを湛えています。そして、その重厚なコンクリート柱の上には、ぐっと細身の柱が立ち上がり、軒を支えます。重さと軽さ、近代と伝統の対比が一棟のなかに凝縮された、まことに独創的な造形です。

門と一体の塀

表門から延びる塀は、木造で総延長8.5メートル。門と揃えた桟瓦葺と銅板葺きの軒が街路に沿ってリズムを刻み、公共の道路と、その奥に広がる約6,500平方メートルの日本庭園との境界をやわらかに区切っています。

見学と楽しみ方

表門と塀は道路に面して建っているため、外観は時間を問わずどなたでも自由にご覧いただけます(料金不要)。とりわけ夕刻、城崎温泉街の行灯に灯がともるころ、赤錆色の砂利や玉石、瓦屋根の陰影が一段と美しく浮かび上がります。宿泊のお客様や近隣の方々へのご配慮として、敷地内への無断立入りや、敷地内の様子を撮影する行為はお控えください。

城崎温泉街は「駅は玄関、通りは廊下、宿は客室、外湯は大浴場」という発想で街全体が設計された、ひとつの大きな旅館のような町です。浴衣と下駄で散策する夕暮れ時、この門は格好の景観スポットとなります。

アクセス

所在地は兵庫県豊岡市城崎町湯島字愛宕373。JR山陰本線・城崎温泉駅から徒歩およそ5〜8分です。京都駅からは特急で約2時間30分、大阪方面からも同じ山陰本線の特急を利用して約3時間で到着します。

周辺の見どころ

ゆとうや旅館のまわりには、城崎温泉ならではの魅力が徒歩圏内に集まっています。

  • 七つの外湯(さとの湯、地蔵湯、柳湯、一の湯、御所の湯、まんだら湯、鴻の湯)。それぞれ建築意匠・湯の性格・雰囲気が異なり、外湯めぐりは城崎の醍醐味です。
  • 城崎温泉ロープウェイ。大師山山頂から温泉街と円山川を一望する絶景を楽しめます。
  • 温泉寺。8世紀に開かれたと伝わる温泉の守護寺で、城崎の歴史を語るうえで欠かせない存在です。
  • 柳並木が揺れる大谿川(おおたにがわ)沿いの町並み。石造りの橋と情緒ある景観は、但馬を代表する絶好の撮影スポットです。
  • 城崎麦わら細工伝承館。江戸時代から続く城崎独自の民芸「麦わら細工」の美しい工芸品を展示しています。
  • 季節の食の楽しみ。冬の松葉ガニ、通年の但馬牛、日本海の鮮魚など、豊かな食材が揃います。

Q&A

Q宿泊しなくても門と塀を見学できますか?
Aはい。表門と塀はいずれも公共の道路に面しており、外観は自由にご覧いただけます。料金もかかりません。敷地内へのお立入りはご遠慮いただき、宿泊のお客様への配慮をお願いします。
Q「薬医門」とはどのような門で、ゆとうやの門にはどんな特徴がありますか?
A薬医門とは、前方に太い本柱二本、後方に細い控柱二本を立て、その上に屋根を架ける日本の伝統的な門の形式です。ゆとうやの表門では、柱を鉄筋コンクリート造とし、表面に赤錆色の砂利の洗出し仕上げを施し、玉石を埋め込むという独創的な意匠を見せており、類例の少ない個性的な一棟となっています。
Q門と塀はいつ頃建てられたものですか?
A大正15年(1926年)の建造です。大正14年(1925年)の北但大震災で江戸時代以来の建物群が焼失した後の復興事業のなかで完成しました。およそ百年の歳月を経ている建造物です。
Q城崎温泉を訪れるおすすめの季節はいつですか?
A季節ごとに魅力が異なります。冬(11月〜3月)は名物の松葉ガニのシーズン。春は大谿川沿いの桜、夏は青葉、秋は周辺の山々の紅葉が楽しめます。門そのものを撮影される場合は、夕方の柔らかな光や夕刻の灯りがともる時間帯がおすすめです。
Q城崎温泉で文化財に登録されている旅館はゆとうやだけですか?
Aいいえ。城崎温泉街には登録有形文化財が点在しており、ゆとうや旅館と三木屋はとくに歴史的景観への寄与で知られています。そのほかにも、大正から昭和初期の建築を今に伝える旅館や外湯があり、街全体として戦前からの街並みを大切に守り継いでいます。

基本情報

名称 ゆとうや旅館表門及び塀(ゆとうやりょかんおもてもんおよびへい)
種別 登録有形文化財(建造物)
登録番号 28-0613(第81回登録)
登録年月日 2015年(平成27年)8月4日
登録基準 国土の歴史的景観に寄与しているもの
年代 大正15年(1926年)
構造及び形式等(表門) 鉄筋コンクリート造、瓦葺一部銅板葺、間口3.8メートル。薬医門形式、入母屋造桟瓦葺
構造及び形式等(塀) 木造、瓦葺一部銅板葺、総延長8.5メートル
員数 1棟
所在地 兵庫県豊岡市城崎町湯島字愛宕373
所有者 株式会社油筒屋
最寄り駅 JR山陰本線 城崎温泉駅から徒歩約5〜8分

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)— ゆとうや旅館表門及び塀
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00010687
文化遺産オンライン — ゆとうや旅館表門及び塀
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/237541
ゆとうや旅館 公式サイト — 有形文化財登録記念ページ
https://www.yutouya.com/cultural/
LIVE JAPAN — ゆとうや旅館
https://livejapan.com/ja/in-kansai/in-pref-hyogo/in-kinosaki-onsen/spot-lj0009752/
城崎温泉観光案内 — 外湯めぐりと街並み(GOOD LUCK TRIP)
https://www.gltjp.com/ja/article/item/20291/

最終更新日: 2026.04.23