桃島橋|城崎温泉・大谿川に架かる弓形の登録有形文化財
城崎温泉の中心、柳並木が美しい大谿川(おおたにがわ)に架かる小さな鉄筋コンクリートの人道橋——それが桃島橋(ももしまばし)です。橋長わずか11メートルの控えめな橋ですが、立面を弓形にした特徴的な姿と、灯籠を載せた親柱、欄干に並ぶ擬宝珠(ぎぼし)が、城崎温泉ならではの情緒ある景観の一翼を担っています。浴衣に下駄姿の旅人が「カランコロン」と橋を渡っていく光景は、外湯めぐりを楽しむこの温泉街の象徴的な風景のひとつです。
北但大震災からの復興が生んだ橋
桃島橋を語る上で欠かせないのが、1925年(大正14年)5月23日に発生した北但大震災(北但馬地震)です。この大地震は但馬地方を激しく揺らし、続いて発生した火災により、城崎温泉街はほぼ全焼するという壊滅的な被害を受けました。
当時の城崎町長・西村佐兵衛は、町をばらばらに復旧するのではなく、温泉街全体をひとつの景観としてとらえる総合的な復興計画を立ち上げました。豪雨のたびに氾濫してきた大谿川の治水も大きな課題となり、震災後には岸に玄武岩を積み上げ、高さ70〜80センチメートルの側壁が新たに張り巡らされました。当然、橋も側壁の分だけ高く架けなくてはなりません。両岸の道路と高くなった川岸を無理なくつなぐために考案されたのが、桃島橋をはじめとする弓形の橋なのです。実用的な制約から生まれた美しい曲線は、いまや城崎を象徴する造形となっています。
登録有形文化財に指定された理由
桃島橋は2015年(平成27年)11月17日、文化庁により国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。これは城崎温泉街全体の歴史的景観を支える建造物群を評価する一連の登録の一部であり、桃島橋もそのひとつとして認められたものです。
評価のポイントは大きく三つあります。第一に、北但大震災からの復興を物語る貴重な近代化遺産であること。第二に、当時としては先進的な鉄筋コンクリート構造でありながら、親柱に灯籠と擬宝珠を配し、社寺建築の意匠を引用した和風のデザインがまとめられている点。第三に、大谿川の屈曲部に架かるという立地から、橋そのものが温泉街の象徴的な景観を作り出している点です。「実用」「歴史」「景観」の三つを兼ね備えた、城崎の温泉街に欠かせない建造物として高く評価されています。
見どころ — 細部に宿る城崎らしさ
橋長11メートル、幅員4.8メートル(有効幅員2.5メートル)の控えめな橋ですが、ゆっくり渡ると見どころが次々と目に入ります。
まず注目したいのが四隅の親柱です。それぞれ小ぶりな灯籠を載せ、欄干にあたる位置には小さな擬宝珠が4基並びます。擬宝珠は本来、神社や寺院の橋で見られる伝統的な装飾で、近代の鉄筋コンクリート橋にこの和風の意匠を取り入れている点に、当時の設計者のセンスが感じられます。親柱の側面には「昭和元年十二月架之」と記された銅板がはめ込まれており、竣工の年月をいまに伝えています。
橋から上流側を見れば、約50メートル先に同じ弓形の柳湯橋が架かっているのが見えます。さらに上流に向かって愛宕橋、そして主要な道路橋である王橋が続きます。下流側には弁天橋。これら一連の橋は「弓形橋群」と呼ばれ、いずれも昭和元年(1926年)から昭和2年(1927年)にかけて架けられたものです。柳並木の遊歩道を歩きながら、ひとつずつ橋を渡って違いを見比べていくのは、城崎ならではの散策の楽しみです。
桃島橋の周辺 — 城崎温泉の楽しみ方
桃島橋は、城崎温泉街のほぼ中心に位置しています。1300年以上の歴史を誇る城崎温泉は、7つの外湯を町ぐるみで巡る独特の温泉文化で知られ、「駅は玄関、道は廊下、宿は客室、外湯は大浴場」という言葉で表現される、温泉街全体がひとつの大きな旅館のような町です。多くの旅人は宿で浴衣に着替え、下駄を鳴らしながら、橋を渡って湯から湯へとそぞろ歩きを楽しみます。
桃島橋から徒歩数分の範囲には、子授安産のご利益で知られる柳湯、江戸時代の医師・香川修徳が「天下一の湯」と称した一の湯などがあります。志賀直哉の名作『城の崎にて』ゆかりの地としても知られ、温泉街には城崎文芸館も建ち、文豪たちが愛した町の一面に触れることができます。少し足を延ばせば、国の天然記念物である玄武洞、ロープウェイで登れる大師山の山頂、そして冬には松葉ガニ漁で賑わう日本海の港町・津居山も近く、観光の拠点としても申し分ありません。
冬は松葉ガニや但馬牛などのご当地グルメが旬を迎え、春は桜と新緑、秋は紅葉、夏は浴衣と花火と、四季を通じて訪れる楽しみがあります。日が暮れて灯籠に明かりが灯る頃、桃島橋を浴衣姿で渡る——そんな何でもないひとときが、城崎温泉の旅の一番の思い出になるかもしれません。
Q&A
- 桃島橋は誰でも渡れますか?
- はい。桃島橋は城崎温泉の中心部に架かる現役の人道橋で、24時間いつでも自由に渡ることができます。料金もかかりません。川沿いの旅館と外湯を行き来する自然な経路上にあるため、外湯めぐりの途中でごく自然に通ることになる橋のひとつです。
- 桃島橋はいつ架けられたのですか?
- 桃島橋は昭和元年(1926年)12月に竣工しました。前年の北但大震災で焼け野原となった城崎温泉街を復興するための一連の事業の一環として架けられたものです。現在も親柱の側面には「昭和元年十二月架之」と刻まれた銅板が残されており、当時の歴史を今に伝えています。
- なぜ橋が弓形をしているのですか?
- 大震災後、大谿川の治水のために岸に玄武岩を積み上げて高さ70〜80センチメートルの側壁が築かれました。この側壁の高さに合わせて橋を架ける必要があり、両岸の道路と高くなった川岸を無理なく結ぶために弓形(アーチを思わせる緩やかな反り)とされたのです。実用上の理由から生まれた形が、結果として城崎の象徴的な景観をつくり出しています。
- 他の橋との関係はどうなっていますか?
- 桃島橋は、大谿川に架かる「弓形橋群」と呼ばれる4橋のひとつです。上流側から順に愛宕橋、柳湯橋、桃島橋、弁天橋が並び、いずれも1926年(昭和元年)の架橋。これに翌1927年(昭和2年)に架けられた王橋を加えた5橋が、2015年11月17日に同時に国の登録有形文化財として登録されました。
- 訪れるのにおすすめの時間帯は?
- 特におすすめなのは夕暮れから夜にかけての時間帯です。川沿いの灯籠に明かりが灯り、浴衣姿の旅人が下駄を鳴らして外湯へ向かう姿は、城崎温泉ならではの風情にあふれています。冬はカニ料理、春や秋は穏やかな気候と自然の彩りを楽しむことができ、四季を通じて訪れる魅力があります。
基本情報
| 名称 | 桃島橋(ももしまばし) |
|---|---|
| 所在地 | 兵庫県豊岡市城崎町湯島 |
| 竣工 | 昭和元年(1926年)12月 |
| 構造 | 鉄筋コンクリート造桁橋(人道橋) |
| 規模 | 橋長11メートル/幅員4.8メートル(有効幅員2.5メートル) |
| 所有者 | 豊岡市 |
| 文化財指定 | 国登録有形文化財(建造物)/2015年(平成27年)11月17日登録 |
| アクセス | JR城崎温泉駅から徒歩約10〜15分。城崎温泉街の中心部、大谿川沿いに架かる |
| 料金 | 無料(公共の人道橋として開放) |
参考文献
- 桃島橋|文化遺産オンライン(文化庁)
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/266002
- 国指定文化財等データベース|桃島橋
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00010847
- 大谿川 弓形橋群・王橋|但馬事典「ザ・たじま」(公益財団法人但馬ふるさとづくり協会)
- https://the-tajima.com/spot/125/
- 城崎温泉の太鼓橋|ヒョーゴアーカイブス(兵庫県)
- https://web.pref.hyogo.lg.jp/archives/c360.html
- 城崎温泉について|城崎温泉観光協会
- https://kinosaki-spa.gr.jp/about/kinosaki/
最終更新日: 2026.05.04