旧大和屋旅館 — 城崎温泉「湯の里通り」に佇む昭和2年築の木造三階建登録有形文化財

日本でもっとも愛されてきた温泉街のひとつ、城崎温泉。その湯の里通りに北面して静かに佇む木造三階建の旅館建築が、旧大和屋旅館(きゅうやまとやりょかん)です。昭和2年(1927年)に建てられ、平成29年(2017年)に国の登録有形文化財に登録されました。瓦葺の切妻屋根、正面に立ち並ぶガラス戸、そして内側に設えられた高欄の連なり。通りに面した姿は、ひとつの建物でありながら温泉街そのものの風景を形づくる、かけがえのない一棟と言えます。

海外からお越しいただく方にとっても、この建物は特別な価値を持ちます。近代化のなかで失われがちな木造の温泉街の情景を、今なお町ぐるみで守り続けるという城崎の姿勢は、まさに生きた文化財の姿そのもの。旧大和屋旅館は、その景観を支える象徴的な一棟です。

歴史的背景

旧大和屋旅館の価値を理解するには、まず城崎温泉そのものの歴史を知る必要があります。開湯1300年を誇る城崎温泉は、奈良時代、傷ついたコウノトリが湯で傷を癒していたことから発見されたと伝えられ、平安時代にはすでに和歌に詠まれる名湯として知られていました。江戸時代には「海内第一泉(かいだいだいいちせん)」と称され、日本随一の温泉として文人墨客にも愛されてきました。

しかし大正14年(1925年)5月23日、北但馬地震が城崎を襲い、町はほぼ全焼するほどの甚大な被害を受けます。それでも城崎の人々は速やかに復興に取り組みました。重要なのは、ここで鉄筋コンクリートへの転換を選ばず、木造三階建の伝統的な温泉街の姿を積極的に再建する道を選んだことです。現在に伝わる城崎温泉の木造旅館街の多くは、この震災復興期に建てられた建物か、そこに由来しています。旧大和屋旅館も、まさにこの時代の空気のなかで生まれました。

震災復興期の旅館建築

建物の竣工は昭和2年(1927年)、震災からわずか2年後のことです。瓦葺の木造三階建という、復興期の城崎を象徴する形式で建てられ、湯の里通りの北側に沿って、切妻造の屋根がとなりの旅館建築と連なる景観を形成しています。間口三間(約5.4メートル)という細長い敷地を垂直に活かし、三層分の高さに優美な立面を見せる姿は、近代和風旅館建築の完成期を物語ります。

なぜ文化財に指定されたのか

旧大和屋旅館は、平成29年(2017年)10月27日に国の登録有形文化財(建造物)として登録されました。登録の根拠は、建築そのものの美しさと完成度に加えて、城崎温泉という歴史的町並みへの貢献の両面にあります。

建築としての価値

構造は木造三階建、瓦葺、建築面積59平方メートル。屋根形式は切妻造で、昭和前期の温泉旅館建築を代表する姿のひとつです。二階と三階の正面側には、床の間、床脇、付書院を備えた客室が設けられ、日本の正統的な座敷構成を守っています。建具や欄間には繊細な意匠が施され、熟練の大工による丁寧な仕事が随所に息づいています。

温泉街の景観への貢献

建物の登録にあたってとりわけ重視されたのが、湯の里通りの景観形成への貢献です。正面には各階に縁を廻らし、そこにガラス戸を建てて、内側には装飾的な高欄(こうらん)が設けられています。この重層的で透明感のある立面が、街路に柔らかな灯りと陰影を投げかけ、通りを歩く人々と建物のあいだに独特の親密さを生み出します。豊岡市は城崎温泉の町並み全体を景観条例で保護しており、旧大和屋旅館はその景観を構成する重要な一翼を担っています。

魅力と見どころ

徒歩で湯の里通りを訪れる旅人にとって、旧大和屋旅館は立ち止まってじっくり眺めるに値する建物です。

湯の里通りから眺める正面

湯の里通りは、城崎温泉の中心部から西へ伸びる通りで、主要な外湯街区の少し先に位置する、どこか静謐な雰囲気を湛えたエリアです。三層分のガラス戸と高欄が生む垂直の律動は、夕暮れ時、温泉街の灯籠が柔らかく点り始めると、ひときわ美しい情景を見せてくれます。

上層階に宿る重層的な職人技

上階には建築の真骨頂が集約されています。通常は奥に配されることの多い床の間を、あえて通りに面した側に据えたこの構成は、光を座敷に導くと同時に、街路との関係性を意識した大胆な設計です。欄間の彫刻は一つひとつに表情があり、旅館建築ならではの繊細な大工仕事の水準を今に伝えます。

城崎の町並みとの調和

そして最大の魅力は、建物を単体ではなく城崎の町並みの一部として眺めることで得られる感動です。周辺には、同じく国の登録有形文化財に登録された旅館建築が数多く立ち並び、全体として日本有数の歴史的温泉町の姿を形づくっています。旧大和屋旅館は、その景観を支える欠かせない一棟として、静かに、しかし確かな存在感をもって佇んでいます。

訪問情報

旧大和屋旅館は民間所有の登録有形文化財であり、通常は内部の一般公開はおこなわれておりません。湯の里通りから外観を眺めることで、その魅力を十分に味わっていただけます。

アクセス

大阪からは、JR特急「きのさき」「こうのとり」で約2時間30分。京都からも同じ特急で約2時間20分の便があります。JR城崎温泉駅で下車した後、町は大谿川沿いに北西へ延びていきます。湯の里通りは駅から徒歩で約15〜20分、一の湯を過ぎ、城崎温泉ロープウェイの方向へと向かう先に位置しています。

おすすめの季節

城崎は季節ごとに異なる表情を見せてくれます。冬は瓦屋根に雪が積もり、名物の松葉がにが食卓を彩ります。春には大谿川沿いの桜が咲き誇り、夏は灯籠のともる夕暮れの街を浴衣姿で歩く旅情が格別です。秋には温泉寺周辺の山々が紅葉に染まります。

周辺の見どころ

城崎温泉は、町そのものが観光の目的地です。旧大和屋旅館から徒歩圏内に、日本を代表する温泉体験が凝縮されています。

七つの外湯

城崎温泉といえば外湯めぐり。一の湯、御所の湯、まんだら湯、地蔵湯、鴻の湯、柳湯、さとの湯の7つの共同浴場がそれぞれ異なる趣を見せ、旅館に宿泊される方は、それぞれの外湯を自由にめぐることができるのが古くからの伝統です。浴衣と下駄で通りを歩き、湯から湯へとめぐる姿こそ、城崎でもっとも愛されてきた光景です。

城崎温泉ロープウェイと温泉寺

湯の里通りの西には城崎温泉ロープウェイの山麓駅があり、大師山の山頂まで一気に運んでくれます。山頂からは温泉街と遠く日本海までの大パノラマが楽しめます。中腹にある温泉寺は、天平10年(738年)に道智上人によって開かれたと伝えられ、城崎温泉の発祥にも深く関わる古刹です。

城崎文芸館

城崎は文学の町としても知られています。志賀直哉が大正2年(1913年)に当地で療養し、その体験から短編「城の崎にて」(1917年)が生まれました。城崎文芸館では、志賀直哉をはじめ、島崎藤村、司馬遼太郎、与謝野寛・晶子夫妻など、この町を愛した多くの文人に関する展示を見ることができます。

四季の味わい

但馬地方は食の宝庫としても名高く、冬は松葉がにが町中の食卓を彩ります。一年を通じて楽しめる但馬牛は、世界に知られる神戸ビーフの源流となった品種としても有名です。

Q&A

Q旧大和屋旅館に宿泊することはできますか?
Aこの建物は民間所有の登録有形文化財であり、宿泊可否については所有者の現況によって異なります。宿泊をお考えの場合は、事前に観光協会などの公式情報でご確認いただくことをおすすめいたします。城崎温泉の街全体には、徒歩圏内に多数の歴史ある旅館がございます。
Q建物内部を見学することは可能ですか?
A旧大和屋旅館は原則として内部の一般公開はおこなわれていません。ただし、湯の里通りから外観を自由に眺めていただくことはできます。通り自体が城崎温泉のなかでも特に情緒あふれる散策路ですので、建物と街並みを合わせてお楽しみください。
Qなぜ城崎温泉にはこれほど多くの木造三階建の建物があるのですか?
A大正14年(1925年)の北但馬地震で町がほぼ全焼した際、城崎の人々は近代的な建材ではなく、あえて伝統的な木造旅館建築による復興を選びました。この選択が温泉街の歴史的景観を守り、豊岡市は現在、景観条例により町並みの保全に努めています。
Q「登録有形文化財」とはどのような制度ですか?
A平成8年(1996年)に創設された、築50年以上の歴史的建造物を対象とする国の文化財保護制度です。より厳格な「重要文化財」よりも柔軟に、建物を活用しながら守ることができる仕組みであり、城崎のような生きた町並みの保全にとって大きな意味を持ちます。
Q城崎温泉を訪れるのにおすすめの季節は?
A城崎はどの季節にも独自の魅力があります。冬は松葉がにと、瓦屋根に降り積もる雪の景色。春は大谿川沿いの桜。夏は浴衣と灯籠が織りなす夕涼みの風情。そして秋は温泉寺周辺の紅葉。いつ訪れても、その季節ならではの表情を迎えてくれます。

基本情報

名称 旧大和屋旅館
ふりがな きゅうやまとやりょかん
指定区分 登録有形文化財(建造物)
登録年月日 平成29年(2017年)10月27日
建築年 昭和2年(1927年)
構造 木造3階建、瓦葺
建築面積 59平方メートル
建築形式 切妻造、間口三間(約5.4m)
員数 1棟
所在地 兵庫県豊岡市城崎町湯島字中409
所有者 有限会社大和屋
最寄駅 JR山陰本線「城崎温泉駅」徒歩約15〜20分

参考文献

旧大和屋旅館|文化遺産オンライン(文化庁)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/430156
国指定文化財等データベース|文化庁
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00011990
城崎温泉|Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/城崎温泉
城崎温泉のキホン|城崎温泉観光協会
https://kinosaki-spa.gr.jp/about/
志賀直哉と文学のまち|城崎温泉観光協会
https://kinosaki-spa.gr.jp/about/history/literarytown/

最終更新日: 2026.04.22