東京都の国 宝
National Treasures of 東京都東京都に所在する国宝。
東京都青梅市の武蔵御嶽神社が所蔵する平安時代の大鎧で、胴高85.0センチメートル。文化庁は関東随一の名品とし、明治の修理で威糸の色彩感は失われたが部分的には全て完存すると記す。昭和27年に国宝へ指定された。
大阪府柏原市の松岡山から出土した銅板の墓誌で、東京の三井記念美術館が所蔵する。銘に戊辰年十二月の殯葬が刻まれ、戊辰年は668年にあたる。昭和28年に重要文化財、昭和36年に国宝へ指定された。員数は1面。
東京都台東区の東京国立博物館にある鎌倉時代の刀1口で、茎を大摺上げしたために原銘が失われ、鑑定した人が正宗の名を金で象嵌している。昭和32年(1957年)に国宝へと指定された、1口の工芸品にあたる。
東京都千代田区にある藤原定家自筆の写本1帖で、錯簡が写本・版本のすべてに踏襲されていたことから、唯一の祖本であることが判明した。波に月蒔絵冊子箱が附指定である。令和5年(2023年)に国宝へ指定された。
東京都千代田区にある唐代の書1幅で、王羲之の書簡を双鉤塡墨の技法で写した模本である。真筆は現存しておらず、同種の模本は日本・中国・米国に計九点しかない。令和5年(2023年)に国宝へ指定された1幅である。
東京国立博物館にある鎌倉時代の太刀1口で、生ぶ茎に「久国」の二字銘が残っている。寸法は尺貫法で記録されており、中務正宗のメートル法とは単位系が違っている。昭和26年(1951年)に国宝へと指定された。
東京国立博物館にある平安時代の太刀1口で、生ぶ茎に「正恒」の銘が残っている。ただし同名の刀工が備前に複数いたため、姿や銘振りなどから判断されている。昭和27年(1952年)に国宝へと指定された1口である。
東京都千代田区にある平安時代の書跡2巻で、藍色の雲形が入った雲紙に書かれている。作者欄は伝藤原行成とするが、解説のほうは筆者を源兼行と推定している。令和6年(2024年)に国宝へ指定された2巻である。
東京都東村山市野口町にある室町時代中期の仏殿1棟である。墨書ひとつから建立年代・山号・本尊の三つが同時に判明している。昭和3年に重要文化財、昭和27年(1952年)に国宝へと指定された1棟の仏殿である。
愛知県名古屋市の徳川美術館にある鎌倉時代の短刀1口で、身長と茎長の値が、文化庁の記録と所蔵館の記録とで0.1センチメートルずつ違っている。目釘孔は四つある。昭和29年(1954年)に国宝へ指定された。
京都国立博物館にある平安時代の仏画12幅で、所有は独立行政法人国立文化財機構である。奈良国立博物館にも同名・同員数・同所有者の12幅があり、時代と所蔵館で分けるほかない。昭和27年に国宝へ指定された。
東京都港区白金台にある鎌倉時代の手箱1合で、蒔絵の金・螺鈿の白・平文の銀という三つの技法と三つの色とが順に対応している。昭和6年に重要文化財、昭和32年(1957年)に国宝へと指定された1合の箱である。
東京都台東区の東京国立博物館にある平安時代の太刀1口で、刃文の形から三日月の号がある。銘の「三条」は個人名ではなく、古来の伝承がこれを人物と結びつけている。昭和26年(1951年)に国宝へ指定された。
東京都目黒区駒場にある平安時代の太刀1口で、作者は光世・三池典太・大典太と、一つの記録のなかで三通りに呼ばれている。昭和31年に重要文化財、昭和32年(1957年)に国宝へと指定された1口の刀である。
東京都調布市の深大寺が所有する飛鳥時代の金銅仏で、全高83.9センチメートル。椅子に腰かけ両足を前に垂らす倚像で、明治42年に元三大師堂の須弥壇下から発見された。白鳳仏の特色をよく示すとして平成29年に国宝へ指定された。
東京都台東区の東京国立博物館にある平安時代の飾太刀1口である。名称の「餝劔」は異体字であり、飾劔・飾剣を合わせて三通りの書き方がある。昭和37年(1962年)に国宝へと指定された、1口の工芸品である。
東京都台東区の東京国立博物館にある古墳時代の埴輪1躯で、考古資料でありながら一体ずつ数えられている。東日本の武人埴輪のなかで最も優れるとされる。昭和49年(1974年)に国宝へと指定された1躯である。
東京都台東区の東京国立博物館にある奈良時代の考古資料で、員数は一括とされる。金銅の箱と壺、ガラスの壺、火葬された骨の灰と、容れ物が三重に入れ子になっている。昭和27年(1952年)に国宝へ指定された。
東京都の静嘉堂文庫美術館にある南宋時代の茶碗1口で、通称は稲葉天目である。国の欄は中国とする。竜光院にある同名の茶碗と、まったく同じ日に国宝となった。昭和26年(1951年)6月9日の指定にあたる茶碗。
東京都世田谷区の五島美術館にある鎌倉時代の経巻1巻である。未完の絵巻の下絵を写経の紙に転用したもので、人物に目鼻がないことから目無経と呼ばれる。昭和30年(1955年)に国宝へと指定された1巻である。