鳳来寺田楽 ― 三匹の鬼を鎮める正月三日の舞

正月三日、世間がまだ年始の静けさにある頃、愛知県東部の山の中腹にある小さな堂で芸能が始まる。鳳来寺の本堂前に建つ田楽堂である。午後一時頃から三時頃まで、演者たちは長い演目の連なりを順に舞っていく。寺に残る記録によれば、その本堂の床下に埋められた三匹の鬼の霊を鎮めるための舞だという。

これが鳳来寺田楽である。奥三河の山間に伝わる三つの田楽をまとめて国が指定した「三河の田楽」の一つで、ほかに田峯田楽と黒沢田楽が、新城市や隣の設楽町の同じ山深い一帯に残っている。

田楽は、年の初めに豊作を祈った古い儀礼にさかのぼる芸能である。鳳来寺に残るのは単独の踊りではなく、神楽風の舞、田の所作をかたどる田遊び、面をつけた役、そして中世の芸能にまで起源をたどれる要素を含んだひと続きの演目群だった。地域の人々はこれをおよそ五百年にわたって絶やさず続けてきた。

仙人と鳳凰、そして三鬼

なぜこの舞があるのかは、鳳来寺そのものの開創の由来に結びついている。寺を開いたのは利修仙人と呼ばれる山の行者で、大宝三年(七〇三年)のことと伝わる。文武天皇が病に倒れた際、利修は鳳凰に乗って都にのぼり、七日間の加持祈祷で天皇の病を治したという。その礼として伽藍が建てられ、鳳凰に乗って来たことにちなんで「鳳来寺」の名が与えられた。

鬼が登場するのは、仙人が世を去る場面である。鳳来寺山には青・赤・黒の三匹の鬼が住み、利修を守っていたとされる。仙人は入定にあたり、この三鬼を後の世の山の守護神とするため首を切り、その亡骸を本堂の下に埋めた。鎮まらぬ霊を慰めるため、毎年正月の三日と十四日の二日にわたって田楽を奉仕したと寺の記録は記している。

この成り立ちが、同じ名を持つ村の祭礼と鳳来寺田楽とを分けている。ここでは、里人が寺のために田楽を奉仕したのではない。鳳来寺が扶持を与えて田楽衆に奉仕させた。そのため、村の共同の行事ではなく「寺田楽」と呼ばれる。

指定の理由と価値

三河の田楽が国の重要無形民俗文化財に指定されたのは昭和五十三年(一九七八年)五月二十二日のことで、その四年前の昭和四十九年には、記録を作成すべき無形の民俗文化財として選択されていた。この評価は、舞のなかにどれだけ古い時代の姿が残されているかを反映している。

鳳来寺は、研究者が三信遠と呼ぶ文化の回廊に位置する。三河・信濃・遠江の旧国境が山々を越えて接する一帯である。この地域には、国家鎮護を祈る正月の仏教儀礼である修正会と結びついた冬の芸能が、それぞれの土地の形をとって広がっていた。鳳来寺田楽もその一つで、中世の日本芸能を語るうえで見過ごせないものと位置づけられている。

一日の演目のなかには、複数の系譜の痕跡が重なって残る。修正会の名残、かつて大寺院で行われた延年の遊宴、国家の平安を祈る祈願、そして国内でも古い形を保った舞などである。早い時代の儀礼芸能をこれほど一度に見られる行事は、そう多くない。

見どころ

演目はおよそ二十七番にのぼり、能の影響を受けた曲も含みながら、ばらばらの踊りの寄せ集めではなく、定まった順序で進んでいく。

始まりは儀礼である。御神酒をいただき、唱え詞を繰り返し、「九度」「国づくし」といった名を持つ所作を、一同が座して唱えながら進める。続いて烏帽子をつけた五人の役が立ち、「五番の舞」や鶯の舞を含む一連を舞う。そこからは一人の役が祭りの進行を握る。天狗の面をかけた「さいとう役」で、祭り全体の指揮者として、鼓・ささら・撥をとっての田楽躍から、太鼓を田に見立てて行う田遊びまで、後半の次第を導いていく。

体験の一部は、その場そのものにある。田楽堂は小さく、正月初めの山の空気は冷たい。それでも舞は力強く、午後が進むにつれて演者の体は熱を帯びていく。近くで見ると、振りの多くが派手な見せ場ではなく、繰り返しの、地に足のついた所作で組み立てられていることに気づく。これが見世物ではなく、もともと働きかけの儀礼であったことの名残である。

山と、たどり着くまで

この舞は、その土地と切り離せない。鳳来寺山は標高六九五メートル、数百万年前の火山活動が残した流紋岩からなる山である。山全体が国の名勝・天然記念物に指定され、愛知県の県鳥であるコノハズクの生息地としても知られる。

本堂と田楽堂へは、表参道の石段を登るのが古くからの道筋で、その数は千四百二十五段、両脇には老杉が連なる。途中には傘杉が立つ。推定樹齢およそ八百年、樹高は六十メートルを超え、上方の枝が傘を開いたように広がることからその名がある。登り口の近くには、将軍徳川家光のもとで建てられ重要文化財に指定される仁王門があり、本堂の東には同じ時代の東照宮が鎮座する。

石段を避けたい場合は、鳳来寺山パークウェイで山頂近くの駐車場まで車で上がり、十分ほど下って本堂に至ることもできる。公共交通なら、本長篠駅からバスで鳳来寺バス停へ向かう。来場者が集中し駐車場の混雑が見込まれる一月三日は、市が新城市Sバスの利用を勧めている。麓には湯谷温泉があり、一泊の拠点にしやすい。

Q&A

Q鳳来寺田楽はいつ、どこで見られますか。
A毎年一月三日、愛知県新城市の鳳来寺本堂前にある田楽堂で行われます。時間はおおむね午後一時頃から三時頃までです。一九七二年までは旧暦の正月三日に行われていました。
Qほかの三河の田楽とどう違うのですか。
A鳳来寺田楽は、寺が扶持を与えた田楽衆が奉仕した「寺田楽」である点に特色があります。ともに指定された田峯田楽は二月に隣接する設楽町の寺の祭りとして行われ、黒沢田楽は現在休止しています。
Q田楽堂までは石段を登る必要がありますか。
A必ずしも登る必要はありません。表参道の千四百二十五段の石段が古くからの道ですが、鳳来寺山パークウェイで山頂近くの駐車場まで車で上がり、十分ほど下って本堂へ至ることもできます。
Q天狗の面をつけた「さいとう役」とは何ですか。
A祭りの進行を司る役です。天狗の面をかけ、後半の田楽躍から田遊びまでの次第を導く、いわば全体の指揮者にあたります。
Qどのくらい古い芸能ですか。
A地元の資料はおよそ五百年の継承を記しており、演目にはさらに古い、中世の寺院儀礼に結びつく形が残っています。国の指定は一九七八年です。

基本情報

名称鳳来寺田楽(「三河の田楽」の一つ)
指定区分国指定重要無形民俗文化財(昭和五十三年五月二十二日指定/昭和四十九年に記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財として選択)
種別民俗芸能(田楽)
会場愛知県新城市門谷字鳳来寺 鳳来寺本堂前の田楽堂
開催日毎年一月三日 午後一時頃〜午後三時頃
演目約二十七番(儀礼的所作、面の舞、田楽躍、田遊びなど)
保護団体三河三田楽連合保存会(鳳来寺田楽保存会ほか)
アクセス本長篠駅からバスで鳳来寺バス停下車/鳳来寺山パークウェイ利用で山頂駐車場から徒歩約十分

参考文献

文化遺産オンライン 三河の田楽(文化庁)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/208270
文化遺産オンライン 鳳来寺田楽(記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/161111
新城市 三河の田楽(鳳来寺田楽・黒沢田楽)
https://www.city.shinshiro.lg.jp/kanko/minzokugeino/mikawadengaku.html
Aichi Now(愛知県観光協会) 鳳来寺田楽
https://aichinow.pref.aichi.jp/spots/detail/1911/
キラッと奥三河観光ナビ 鳳来寺
https://www.okuminavi.jp/search/detail.php?id=505

最終更新日: 2026.06.01