丸太の柱で組まれた、邸宅の入口
名古屋市千種区、池下の閑静な住宅街の一角に、爲三郎記念館の正門は街路からやや奥まって開いている。間口は約1.6メートルと小ぶりで、門柱には節をそのまま残した丸太が使われている。寺院の山門のような威容はない。けれども近づいて見ると、入母屋造の屋根に桟瓦を葺き、縁辺部には檜皮を重ね、板の扉には花の形に透かした繊細な細工が施されていることに気づく。簡素な構えのなかに、手の込んだ意匠が控えめに置かれている。
この門の奥にあるのは、実業家・古川爲三郎(1890〜1993)の旧邸である。古川は名古屋を拠点に映画・興行の事業を営み、のちにヘラルドグループと呼ばれる企業を興した人物として知られる。急な傾斜地に造られたこの住まいは昭和の初めに建てられ、数寄屋造りの母屋「爲春亭(いしゅんてい)」は昭和9年(1934年)に棟上げされた。爲三郎が103歳で没した後、「自分が愛したこの住まいを人々の憩いの場にしてほしい」という遺志により、平成7年(1995年)から古川美術館の分館として一般に公開されている。
正門もまた戦前の同じ時期に建てられたもので、国の文化財記録は建築年代を昭和前期(西暦では1926〜1945年)としている。平成7年に公開の準備が整えられた際に改修を受けた。敷地内の6棟とともに、平成30年に国の登録を受けた建造物の一つである。
小さな門が国の登録を受けた理由
この門は登録有形文化財である。訪れる前に、この区分の意味を押さえておきたい。日本では建造物の文化財保護に大きく二つの段階がある。国宝や重要文化財は「指定」され、歴史的・芸術的に最も高い価値をもつものに限られる、厳格な区分である。これに対し「登録」は、平成8年(1996年)に設けられた、より緩やかな枠組みである。おおむね築50年以上の建物を対象とし、保護のために凍結するのではなく、使い続けながら守ることを主眼とする。正門が登録されたのは平成30年(2018年)11月2日、登録番号は23-0521である。
登録の基準として挙げられているのは「国土の歴史的景観に寄与しているもの」という一項である。この門には、その表現がよく合う。記念碑的な建築ではなく、二十世紀前半の日常の職人仕事であり、かつて日本の都市の塀の内側に数多く存在しながら、今ではほとんど失われてしまった種類の上質な私邸建築だからである。母屋や茶室とあわせて登録することは、大都市の中心に残る近代数寄屋の一群として、この邸宅全体を評価する意味をもつ。
邸内は国の登録に先立って、平成25年(2013年)に名古屋市の景観重要文化財に認定されていた。建物を囲む庭園は、造園家・井上卓之の監修により、家屋と庭が一体となる「庭屋一如」の考えに沿って整えられている。
門をくぐる前に見ておきたいもの
この門の見どころは、構えのなかに仕組まれた対比にある。本柱と控柱には節付丸太、すなわち節を残した自然のままの丸太が用いられ、柱と柱のあいだは飾り気のない土壁で埋められている。これは意図された素朴さで、堂々たる門ではなく、山の庵や茶庭に通じる語法である。
その素朴さに対して、作り手は小さな趣向を添えた。板扉には花狭間、すなわち花の文様に透かし彫りした板がはめ込まれ、平らな面に軽やかさを与えている。屋根の下に入って見上げると、天井は継ぎ目のない平らな鏡天井になっており、軒の垂木には細い磨き丸太が、整然と平行に並ぶのではなく、広く不揃いな間隔で扇状に配されている。屋根の葺き材も一様ではなく、主要な勾配面は桟瓦、縁辺は柔らかな檜皮で仕上げられている。
一見くだけて見えるものが、実は周到に按配されている。これは数寄屋の思想の小さな実例である。母屋や庭へ進む前に、門のところで少し足を止めたい。この門は、ゆっくり読み解かれることを前提に造られている。
門の周辺──美術館、庭園、そして街
正門は爲三郎記念館の入口にあたり、記念館は古川美術館の本館から南へ徒歩1分ほどの位置にある。両館はあわせて訪れるのが通例である。本館には、古川がその長い生涯をかけて集めた約2,800点の作品が収められ、近代日本画を中心に、陶磁器や工芸品、さらには15世紀の手描き彩飾写本にまで及ぶ。
門の奥では、邸宅と庭園がゆっくりとした滞在に応えてくれる。数寄屋造りの母屋・爲春亭と小さな茶室・知足庵(ちそくあん)は、樹齢を重ねた木々の茂る斜面の庭を見渡す位置にある。庭には、古川が伐らずに残した常緑のシイの大木が含まれている。大木には神が宿るという信念を貫いた結果である。記念館内の「数寄屋de Café」と呼ばれる茶席では、爲三郎の長寿の秘訣であったと言われる抹茶のほか、季節の和菓子や珈琲を、庭を眺めながら味わうことができる(呈茶は別途有料)。
周囲の池下・覚王山一帯は、名古屋では食事や小さな商店の集まる気の置けない街として親しまれている。美術と邸宅を見たあと、午後の残りを過ごすのにちょうどよい場所である。
Q&A
- この門は実際に見られますか。私有地で立ち入れないのでは。
- 来館者として見ることができます。正門は爲三郎記念館の公開された入口で、入館者は実際にこの門をくぐって邸内へ入ります。塀の外から垣間見るのではなく、観覧体験の一部になっています。
- 「登録」文化財は国宝とどう違うのですか。
- 登録は指定より緩やかな保護です。国宝や重要文化財は歴史的・芸術的価値の高さによって「指定」されますが、この門のような登録有形文化財は、主に歴史的景観への寄与と、使い続けながら残す価値によって登録されます。どちらも国の枠組みですが、同じ格付けではありません。
- 開館時間と料金を教えてください。
- 記念館と美術館は同じ開館日・時間で、おおむね10時から17時(最終入館16時30分)、月曜は休館です。両館共通の入館券があります。料金は時期や企画展により変わるため、訪問前に公式サイトで確認するのが確実です。
- 名古屋市内からの行き方は。
- 地下鉄東山線の池下駅で降り、1番出口から東へ徒歩約3分です。覚王山駅からは西へ徒歩約5分。記念館は本館から南へ徒歩1分ほどの場所にあります。
- 正門のほかに、敷地内で登録された建物はありますか。
- 平成30年に6棟が一括で国の登録を受けました。中心となるのは数寄屋造りの母屋・爲春亭と庭の茶室・知足庵で、正門もその一群の一つとして、近代の和風住宅建築が一体で残る貴重な例と評価されています。
基本情報
| 名称 | 爲三郎記念館正門(ためさぶろうきねんかんせいもん) |
|---|---|
| 所在地 | 愛知県名古屋市千種区掘割町一丁目9 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 登録年月日 | 平成30年(2018年)11月2日/登録番号 23-0521 |
| 登録基準 | 国土の歴史的景観に寄与しているもの |
| 時代 | 昭和前期(西暦1926〜1945年)/平成7年改修 |
| 員数 | 1棟 |
| 構造及び形式 | 木造、瓦葺及び檜皮葺、間口約1.6m、左右袖塀付 |
| 所有者 | 公益財団法人古川知足会 |
| アクセス | 地下鉄東山線・池下駅から徒歩約3分/爲三郎記念館の一部として公開 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00012550
- 古川美術館 — 爲三郎記念館(旧古川爲三郎邸)について
- https://www.furukawa-museum.or.jp/memorial
- 古川美術館 — 所在地・アクセス
- https://www.furukawa-museum.or.jp/info/location
- 名古屋コンシェルジュ — 古川美術館・分館 爲三郎記念館
- https://www.nagoya-info.jp/spot/detail/51/
- Aichi Now — 古川美術館(分館 爲三郎記念館)
- https://www.aichi-now.jp/spots/detail/2224/
最終更新日: 2026.06.17