炎が生んだ古伊賀の花生「芙蓉」

口は朝顔のように大きく開き、胴はわずかに傾いで、轆轤の動きが止まった瞬間をそのまま留めたかのようである。胴には縦方向の箆目(へらめ)が走り、裾に近づくにつれて素地は黒く焦げる。その一方で、肩から胴にかけては薄い緑の自然釉がガラス状の雫となって流れ落ちている。これが、桃山時代の伊賀国で焼かれた花生「芙蓉(ふよう)」である。釉薬を掛けずに焼き締めた古伊賀のなかでも、特に評価の高い一口(ひとくち)として知られる。

高さは28.3センチ、口径12.4センチ、底径13.0センチ。厚く張った底が、上半の傾きをしっかりと受け止めている。芙蓉とは、一日で咲いてしぼむ花の名である。昭和49年(1974年)6月8日に重要文化財に指定され、現在は愛知県内で個人が所蔵している。

土と灰と焔から

伊賀焼の産地は、現在の三重県伊賀市にあたる丘陵地である。古琵琶湖の地層から掘り出される土は、灰白色で目が荒く、長石の粒を多く含む。これを1200度を超える高温で焼くと、長石の粒が素地の表面を突き破り、白い斑となって現れる。これを石はぜと呼ぶ。古伊賀は人為的な釉薬を施さない。窯の中で松の灰が素地に降りかかって溶け、青緑色のガラス質となって流れ落ちる。これがビードロ釉である。

「芙蓉」の見どころの多くは、本来であれば疵(きず)とされたであろう特徴に由来する。裾の黒い焦げは、匣鉢(さや)に入れずに焼いたために炎と灰が直接触れて生じたものだ。歪んだ姿は作為によるもので、陶工はこの種の器を幾度も窯に入れ、割れや歪み、焦げをあえて受け入れた。茶の湯の世界では、こうした偶然は欠点ではなく、一つの器面に読み取る移ろいの「景色」として尊ばれた。

指定の理由と価値

1600年前後の桃山時代は、日本人の美意識が大きく転換した時期にあたる。茶人たちは、整った中国渡来の器から離れ、より荒々しく自在な日本の焼き物へと関心を移していった。伊賀は、領主であった筒井定次、続く藤堂高虎らの奨励のもとで、この新しい美意識を体現する産地の一つとなった。文化庁の解説は、古伊賀の茶陶を、茶人・千利休、そして武将茶人・古田織部(重然)の指導と結びつけている。織部の好みは、大胆な歪みと劇的な非対称にあった。

「芙蓉」が織部好みの茶陶とみなされるのは、ほかならぬその歪みを強調した作風による。これほどの水準の古伊賀花生は数えるほどしか現存せず、それぞれが詩的な銘と長い伝来を持って茶家のあいだに受け継がれてきた。「芙蓉」もその小さな一群に属する。重要文化財としての指定は、荒い土と制御しがたい炎とが、職人が事前に図り得なかった造形を生み出した、その代表的な一例としての価値を認めるものである。

注目したい見どころ

器を回してみると、二つとして同じ表情の面はない。一方の面は炎を受けて暖かな褐色や黄褐色に発色し、反対の面はより暗く沈む。緑のビードロ釉は箆目の窪みに溜まり、裾の手前で途切れて、焦げた台座を露わにしている。開いた口と、地に根を下ろしたような厚い底とが、上半の傾きにもかかわらず、器全体に重みと安定をもたらしている。

三重県立美術館の図録によれば、この花生には「花不用(はないらず)」という愛称があるという。かつての所蔵者が、箱の裏に一首の狂歌を書き付けたと伝わる。器そのものが美しいのだから、花を入れればかえって邪魔になる、という趣向である。記述の真偽はともかく、この戯れは古伊賀の本質を言い当てている。器そのものが、すでに一輪の花なのである。

古伊賀に出会うために

「芙蓉」は個人の所蔵であり、常時公開されているわけではない。そのため旅行者にとって現実的なのは、比較的訪ねやすい近縁の名品を見ることである。東京では、世田谷の五島美術館が、古伊賀を代表する水指「破袋(やぶれぶくろ)」と耳付の伊賀花生を所蔵している。同じく東京の荏原 畠山美術館には、姉妹のような名品である花入「からたち」がある。焼成中に欠けた口縁の破片が胴に突き刺さり、枳殻(からたち)の棘を思わせることから命銘されたものだ。東京国立博物館をはじめ、主要な美術館にも古伊賀の作品が収められているが、展示替えがあるため、訪問前に開催中の展覧会を確認するとよい。

焼き物を産地で味わいたいなら、伊賀そのものを訪ねたい。名古屋から鉄道でおよそ一時間、大阪や京都からも足を運べる。町には今も窯が息づいており、伊賀焼伝統産業館では、桃山の古作から、地元の土を焼き続ける現役の陶工たちの仕事までを知ることができる。伊賀上野城や忍者ゆかりの施設とあわせて巡れば、変化に富んだ一日になるだろう。

Q&A

Q「芙蓉」は美術館で見られますか。
A常時の公開はありません。愛知県内で個人が所蔵しており、常設展示の対象ではありません。特別展などに貸し出される機会はあり得ますので、陶磁を扱う主要美術館の予定を確認することをおすすめします。
Q「芙蓉」という銘の意味は。
A芙蓉は、一日で咲いてしぼむ花の名です。茶道具には所蔵者が詩的な銘を付ける習わしがあり、この器には「花不用(はないらず)」という愛称も伝わります。
Qなぜ表面が焦げて不揃いなのですか。
A意図されたものです。古伊賀は釉薬を掛けず、炎と灰に直接触れる状態で高温で焼かれました。黒く焦げた裾、流れ落ちる緑の自然釉、歪んだ姿は、欠点ではなく自然の美として茶人に好まれました。
Q似た古伊賀の作品はどこで見られますか。
A東京の五島美術館と荏原 畠山美術館が、それぞれ名高い古伊賀の器を所蔵しています。東京国立博物館にも作例があります。産地では、伊賀市の伊賀焼伝統産業館が背景を知るのに適しています。
Qこうした器は誰が作ったのですか。
A個々の陶工は分かっていません。古伊賀の茶陶は千利休や古田織部らの指導と関連づけられ、1600年前後に伊賀の領主の庇護のもとで焼かれたと考えられています。

基本情報

名称古伊賀花生(芙蓉)こいがはないけ(ふよう)
種別工芸品(陶磁)
時代桃山時代(16世紀後半〜17世紀初頭)
指定区分重要文化財(昭和49年〔1974年〕6月8日指定)
員数1口
寸法高28.3cm/口径12.4cm/底径13.0cm
所有者個人
所在地愛知県
公開状況常時公開なし(個人蔵)

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「古伊賀花生(芙蓉)」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/7120
三重県立美術館 展覧会図録「伊賀 森本孝 古伊賀と桃山の陶芸展」
https://www.bunka.pref.mie.lg.jp/art-museum/55574038647.htm
五島美術館「古伊賀耳付花生」
https://www.gotoh-museum.or.jp/2020/10/06/02-068/
荏原 畠山美術館「伊賀花入 銘 からたち」
https://www.hatakeyama-museum.org/collection/teaset/000040.html
伊賀市観光「伊賀焼」
https://www.iga-travel.jp/ja/?page_id=130

最終更新日: 2026.06.13