銹絵松鶴図六角皿 尾形乾山作 尾形光琳画 ― 琳派の兄弟が生み出した唯一無二の合作陶器

江戸時代の京都に生まれ、日本美術史に鮮やかな足跡を残した二人の兄弟、尾形光琳(一六五八~一七一六)と尾形乾山(一六六三~一七四三)。絵師として琳派を大成した兄と、陶工として独自の作風を築いた弟は、いくつもの合作陶器を世に送り出しました。その中でも「銹絵松鶴図六角皿 尾形乾山作 尾形光琳画」は、極めて珍しい六角形の器に制作年が明確に記されたただ一つの合作作品として、平成十九年(二〇〇七)六月八日に重要文化財に指定されています。現在は愛知県の個人に所蔵されており、琳派陶器の中でも特別な位置を占める逸品です。

尾形兄弟と琳派の世界

尾形家は、京都で高級呉服商「雁金屋」を営む裕福な町衆の家でした。皇族や徳川家にも顧客を持つ一流の商家に生まれた光琳と乾山の兄弟は、幼少期から第一級の古美術や工芸品に囲まれて育ちました。この恵まれた美的環境が、のちの二人の芸術を育む土壌となります。

兄・光琳は、本阿弥光悦や俵屋宗達の流れを汲む装飾的な画風を発展させ、日本美術史に「琳派」と呼ばれる一大潮流を築きました。「燕子花図屏風」(根津美術館蔵・国宝)や「紅白梅図屏風」(MOA美術館蔵・国宝)に代表されるように、明快な構図と大胆な意匠で知られ、その感覚は「光琳模様」と呼ばれて後世に大きな影響を与えました。

弟・乾山は陶芸の道を選びます。野々村仁清に作陶を学び、元禄十二年(一六九九)に京都御室の鳴滝に窯を開きました。のちには京都二条の丁子屋町にも工房を構え、自由で文人趣味の濃い作風を確立します。兄弟はやがて、乾山が器を作り光琳が絵付けを施すという形で合作を重ねるようになりました。この六角皿は、その合作の中でも飛び抜けた存在感を放つ一品です。

なぜ重要文化財に指定されたのか

光琳と乾山の合作陶器は東京国立博物館、京都国立博物館、藤田美術館、根津美術館、大倉集古館など各地の名品に現存しますが、この銹絵松鶴図六角皿だけが持つ際立った特徴があります。それは、外面底部に「宝永庚寅歳 乾山製」と乾山自身が明確に制作年を記していることです。宝永庚寅、すなわち宝永七年(一七一〇)という具体的な年が判明している合作陶器は、現時点でこの一点のみ。他の合作作品は、この皿との比較によって制作年代が推定されることも多く、琳派陶器研究における基準作として不可欠の存在です。

さらに、「六角皿」という器形そのものが極めて珍しいものです。光琳・乾山の合作で知られる器の多くは、色紙をかたどった正方形の角皿(いわゆる色紙皿)であり、六角形の作例は他に知られていません。唯一無二の器形、制作年を示す紀年銘、光琳による絵と乾山による画賛・銘が一枚の皿に凝縮されている——これらすべてが、本作を重要文化財の地位へと導きました。

器を読み解く ― 形・技法・意匠

この皿は高さ二・九センチ、口径二三・八×二七・五センチ。淡い黄白色の軟質陶胎を、粘土板を接合する「板造り」で六角形に成形しています。各角の内側にはわずかに接合の痕跡が残り、作り手の手仕事の跡を静かに伝えています。縁は切立縁で、上端を平らに仕上げる端正なつくりです。

素焼きの後、総体に白泥(しろどろ)を刷毛塗りして白化粧の下地をつくります。この白い肌は、まるで和紙のように絵具を受け止める理想的な画面となりました。そこにマンガン質の鉄絵具(マンガン呉須)で図様・賛・銘文を描き、全面を低火度の透明な鉛釉で覆って焼き上げます。乾山が採った全面白化粧掛けは、焼き物特有の筆の引っかかりや釉の吸い込みの難しさを和らげ、紙や絹に絵を描くような滑らかな筆致を可能にする工夫でした。

見込みの中央には、振り返る姿の鶴が大きく描かれ、左端には側面下端から松が伸び上がります。内側面上部と外側面上下端にはそれぞれ界線が引かれ、簡略な雲文が巡らされています。鶴の下には「光琳書」の落款と印が配され、上部右端の余白には画賛と朱印が添えられています。

画賛には四句の詩が墨書され、「四時清気浩仙国/一片白雲生羽衣」と読めます。意訳すれば、「四季を通じて清らかな気が広がる仙人の国、ひとひらの白雲から羽衣が生じる」といった内容で、末尾には「乾山深省書」と署名され、「尚古」「陶陰」の朱文方印が捺されます。深省は乾山の別号です。雲から生じる羽衣、そして仙人を運ぶ鳥とされる鶴——詩と絵がひとつの世界を描き出す構成が見事に実現しています。

筆と土の対話

この皿を眺めるとき、二人の兄弟が器を介して交わす「対話」が浮かび上がってきます。乾山が白化粧によって紙のように滑らかな画面を整え、光琳が一羽の鶴を大胆かつ簡潔に描く。そこに乾山自身が仙境を詠む詩を添え、裏面には制作年と名を自ら記す。装飾品であると同時に、日付の刻まれた歴史資料でもあるというこの重層性こそが、本作の魅力の核にあります。

器形の静かな六角形、白い下地の広がり、黒褐色の銹絵の筆致、そして詩文の墨の色。すべての要素が過不足なく噛み合い、見る者を琳派の美意識の中心へと引き込みます。兄弟それぞれの個性が、ぶつかることなく響き合う ― その稀有な調和こそ、この皿が三百年を超えて愛され続ける理由なのです。

鑑賞のヒントと愛知で楽しむ周辺文化

本作は愛知県内の個人が所蔵する作品のため、常設で公開されているわけではありません。琳派や尾形兄弟をテーマにした特別展などの機会に公開されることがありますので、主要美術館の展覧会情報をこまめに確認すると良いでしょう。

愛知県を訪れる方が日本美術や江戸時代の工芸に触れたいなら、まず名古屋市の徳川美術館がおすすめです。尾張徳川家に伝来した大名道具の数々は、光琳・乾山が生きた京の文化と交差する江戸期の美意識を総覧できる貴重な資料群です。また、瀬戸市にある愛知県陶磁美術館は、日本の六古窯の一つ「瀬戸焼」の地元に建ち、日本はもとより世界の陶磁史を見渡せる専門館として、陶芸愛好家に欠かせない訪問先です。瀬戸の町そのものも、千年の焼き物の歴史を今に伝える散策の楽しい場所です。

光琳・乾山の合作陶を実際に見られる代表的な館としては、東京国立博物館(銹絵観鴎図角皿)、京都国立博物館(銹絵寒山拾得図角皿)、根津美術館、藤田美術館、大倉集古館などがあります。各館で展開される兄弟の作風を比べることで、本作六角皿の個性がいっそう深く理解できます。

Q&A

Qこの六角皿はどこで見ることができますか?
A愛知県内の個人所蔵作品で、常設展示はされていません。琳派や尾形兄弟をテーマにした特別展などの機会に展示されることがあります。根津美術館、東京国立博物館、京都国立博物館などの琳派関連の企画展情報を確認するのが、鑑賞機会を逃さない方法です。
Q尾形光琳と尾形乾山はどのような人物ですか?
A京都の高級呉服商「雁金屋」に生まれた兄弟です。兄・光琳(一六五八~一七一六)は江戸時代中期を代表する画家・工芸意匠家で、琳派の大成者として知られます。弟・乾山(一六六三~一七四三)は野々村仁清に作陶を学んだ陶工で、鳴滝に窯を開き、文人趣味にあふれた独自の作風を築きました。
Qなぜこの皿はそれほど貴重なのですか?
A光琳・乾山の合作陶器の中で、制作年が明確に判明している唯一の作品だからです。外面底部に「宝永庚寅歳 乾山製」と記されており、宝永七年(一七一〇)の作と確定できます。そのため他の合作陶器の年代を推定するうえでの基準作としても大きな価値があります。また、六角皿という器形自体が合作例では他に類を見ないものです。
Q松と鶴の組み合わせには意味がありますか?
A松と鶴はいずれも長寿の象徴として古来大切にされてきた吉祥のモチーフです。松は常緑で時を超えて変わらないこと、鶴は「千年」と称される長命の鳥であることから、両者を組み合わせることで「長寿」「永遠」「瑞祥」といった意味合いを一層強く表現します。祝いの場面などでも好まれる、日本美術に欠かせない主題です。
Q皿に記された画賛の詩文にはどのような意味がありますか?
A「四時清気浩仙国/一片白雲生羽衣」の二句が記されており、四季を通じて清らかな気が広がる仙境に、一片の白雲から羽衣が生じる様を詠んでいます。古来、鶴は仙人を背に乗せて空を飛ぶと伝えられていたため、光琳の描いた鶴と乾山の賛の詩世界がひとつに響き合う構成になっています。署名は「乾山深省書」で、「深省」は乾山の号です。

基本情報

名称 銹絵松鶴図六角皿 尾形乾山作 尾形光琳画(さびえまつつるずろっかくさら おがたけんざんさく おがたこうりんが)
指定区分 重要文化財(工芸品・陶磁)
指定年月日 平成十九年(二〇〇七)六月八日
指定番号 02641
制作年 宝永七年(一七一〇) 江戸時代
作者 尾形乾山作(一六六三~一七四三)/尾形光琳画(一六五八~一七一六)
寸法 高二・九センチ 口径二三・八×二七・五センチ
員数 一枚
技法 板造り成形の六角皿。白化粧地に銹絵(マンガン呉須)で図様と画賛を描き、低火度透明釉(鉛釉)を掛ける
所有者 個人
所在地 愛知県

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)― 銹絵松鶴図六角皿 尾形乾山作 尾形光琳画
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/00011250
文化遺産オンライン ― 銹絵松鶴図六角皿 尾形乾山作 尾形光琳画
https://online.bunka.go.jp/db/heritages/detail/214169
Wikipedia ― 尾形光琳
https://ja.wikipedia.org/wiki/尾形光琳
Wikipedia ― 尾形乾山
https://ja.wikipedia.org/wiki/尾形乾山
藤田美術館 ― 芸術家兄弟の合作
https://fujita-museum.or.jp/topics/2021/01/08/1305/
MIHO MUSEUM ― 乾山銹絵牡丹画角皿 尾形光琳画
https://www.miho.jp/booth/html/artcon/00000886.htm

最終更新日: 2026.04.23