祖父江の虫送り:松明の行列が田園を照らす豊作祈願の伝統行事

愛知県稲沢市祖父江町では、毎年7月上旬の夕暮れ時、田んぼの間を松明の行列が練り歩く幻想的な光景が繰り広げられます。「祖父江の虫送り」は、稲に害をもたらす虫を追い払い、五穀豊穣を祈願する伝統行事です。高張り提灯を先頭に、麦わらで作られたほぼ等身大の「実盛人形」を掲げ、その後に松明の列が続きます。鐘や太鼓を打ち鳴らしながら水田脇を練り歩き、最後に実盛人形を炎の中に投じて昇天させるこの行事は、800年以上の歴史を持つ農耕儀礼であり、日本の武将の悲劇的な伝説と、稲作文化に根ざした民俗信仰が見事に融合した貴重な文化遺産です。

歴史的背景:斎藤実盛の伝説

虫送りの起源は、平安時代末期の武将・斎藤別当実盛(さいとうべっとうさねもり)の悲劇的な最期にまつわる伝説と深く結びついています。実盛は源平合戦の時代に活躍した歴戦の武将で、かつて源義賢の遺児である駒王丸(後の木曾義仲)の命を救ったことで知られています。

寿永2年(1183年)、平氏方として北陸に出陣した実盛は、加賀国篠原(現在の石川県加賀市)の戦いで、かつて命を救った義仲の軍と対峙しました。最期の地と覚悟した実盛は、老武者と侮られぬよう白髪を墨で黒く染め、大将格の赤地錦の直垂を身にまとって戦場に立ちました。しかし、奮戦の最中に乗馬が稲の切り株につまずいて転倒し、その隙を突かれて義仲軍の手塚光盛に討ち取られてしまいます。首実検の際、義仲が首を洗わせると黒髪はみるみる白髪に変わり、かつての恩人の姿が明らかになりました。義仲は人目もはばからず涙にむせんだと『平家物語』は伝えています。

この不遇の死を遂げた実盛は、稲に恨みをかけ、稲を食い荒らす虫(特にウンカ)になったと言い伝えられています。西日本ではウンカを「実盛虫」と呼ぶ地域もあり、実盛の怨霊を鎮めて稲虫を退散させるために「虫送り」の行事が各地で行われるようになりました。祖父江の虫送りは、この実盛送りの伝統が分布する東端に位置する重要な事例です。

文化財指定とその価値

祖父江の虫送りは、その文化的重要性から二重の指定を受けています。1984年(昭和59年)に、常滑市矢田の虫送りとともに「尾張の虫送り行事」として愛知県指定無形民俗文化財に指定されました。さらに1991年(平成3年)には、国の「記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財」(国選択無形民俗文化財)に選択されています。

この指定の背景には、いくつかの重要な評価ポイントがあります。第一に、日本の稲作文化に根ざした農耕儀礼を今に伝える生きた伝統であること。第二に、西日本一帯に広く分布する実盛人形を作って送り出す行事の分布の東端に位置し、民俗学的に重要な地理的意義を持つこと。そして第三に、麦わらで作られるほぼ等身大の騎馬武者姿の実盛人形という独自の造形文化が、世代を超えて継承されていることが高く評価されています。

見どころ・魅力

実盛人形の制作

行事最大の特徴は、麦わらで作成される大きな「実盛人形」です。行事当日の日中、牧川小学校体育館で地域の住民が協力して制作します。笠と刀をつけ、馬上で手綱を取るほぼ等身大の勇ましい姿は、800年前の武将の雄姿を今に蘇らせます。同時に、行列で使用する松明も手作りされ、制作過程そのものが地域のつながりを深める大切な場となっています。

松明の行列

日暮れの頃、高張り提灯を先頭に、実盛人形、松明と続く虫送りの行列が出発します。鐘・太鼓の響きに導かれ、参加者たちは松明を田んぼに向けて虫を追い払うしぐさをしながら、水田脇の農道を練り歩きます。夕闇に揺れる松明の炎が水田の水面に映り込む幻想的な光景は、まさに日本の原風景と呼ぶにふさわしいものです。

昇天の儀式

行列が昇天場所に到着すると、いよいよクライマックスを迎えます。燃え残った松明とともに実盛人形を燃え盛る炎の中に投げ込み、「昇天」させます。実盛の魂が天に昇り、害虫も一緒に追い払われるという信仰のもと、炎が夜空に立ち昇る壮大な光景は、参加者の心に深い感動を残します。

来訪者情報

祖父江の虫送りは毎年7月上旬の土曜日に開催されます。かつては毎年7月10日に行われていましたが、現在は参加しやすい日程に調整されています。実盛人形と松明の制作は日中に牧川小学校体育館で行われ、夕方から虫送りの行列が小学校周辺の田園地帯を練り歩きます。小雨決行ですが、荒天時は翌日に延期となります。

会場へのアクセスは、名鉄尾西線が便利です。名古屋市内からは約40分ほどで到着できます。お車の場合は国道155号線からアクセス可能ですが、農村集落内での開催のため駐車場は限られており、公共交通機関のご利用をおすすめします。

最新の開催日程や詳細については、稲沢市教育委員会事務局 生涯学習課 文化財グループ(電話:0587-32-1443)までお問い合わせください。

周辺情報

祖父江町は虫送りだけでなく、四季を通じて魅力あふれる地域です。特に有名なのが、町内に植えられた1万1,000本以上のイチョウの木です。冬の「伊吹おろし」と呼ばれる季節風から家屋を守るため、江戸時代から神社仏閣や屋敷まわりに防風林として植えられてきたイチョウは、晩秋になると町全体を黄金色に染め上げます。毎年11月下旬に開催される「そぶえイチョウ黄葉まつり」では、祖父江ぎんなんパークや祐専寺を中心に、夜間のライトアップも楽しめます。祖父江町は銀杏の出荷量日本一を誇る産地でもあり、新鮮な銀杏のお土産も人気です。

木曽川沿いには「サリオパーク祖父江」(国営木曽三川公園ワイルドネイチャープラザ)が広がり、砂丘のような景観と雄大な河川敷での散策やアウトドアが楽しめます。木曽川祖父江緑地には大型遊具やプール(夏季)もあり、家族連れにも人気のスポットです。また、織田信長の祖父にゆかりのある勝幡城跡、はだか祭で全国的に有名な尾張大国霊神社(国府宮)、パリで活躍した画家・荻須高徳の作品を展示する荻須記念美術館など、歴史・文化スポットも豊富です。

Q&A

Q祖父江の虫送りはいつ開催されますか?
A毎年7月上旬の土曜日に開催されます。かつては7月10日に行われていましたが、現在は日程が調整されています。正確な日程は稲沢市教育委員会(電話:0587-32-1443)にご確認ください。
Q斎藤実盛とはどのような人物ですか?なぜ害虫と結びついているのですか?
A斎藤別当実盛は平安時代末期の武将で、源平合戦の篠原の戦いで稲の切り株に馬がつまずき落馬して討ち死にしました。その恨みから稲を食い荒らす虫になったと言い伝えられており、虫送りは実盛の怨霊を鎮めて害虫を追い払うために始まったとされています。
Q一般の人も見学できますか?
Aはい、虫送りの行列と実盛人形の昇天(焼却)は一般の方も自由に見学できます。農村集落内での開催ですので、地元の方々への配慮をお願いいたします。
Q会場へのアクセス方法は?
A会場は稲沢市祖父江町の牧川小学校とその周辺です。名鉄尾西線をご利用ください。名古屋市内から約40分です。駐車場は限られていますので、公共交通機関のご利用をおすすめします。
Qこの行事はどのような文化財指定を受けていますか?
A1984年に愛知県指定無形民俗文化財に、1991年には国の「記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財」(国選択無形民俗文化財)に選択されています。

基本情報

名称 祖父江の虫送り(そぶえのむしおくり)
正式指定名称 尾張の虫送り行事(おわりのむしおくりぎょうじ)
種別 無形民俗文化財
指定・選択 愛知県指定無形民俗文化財(1984年)、国選択無形民俗文化財(1991年)
所在地 愛知県稲沢市祖父江町
開催場所 牧川小学校およびその周辺
開催時期 毎年7月上旬(土曜日)
保存団体 祖父江虫送り牧川実行委員会
お問い合わせ 稲沢市教育委員会事務局 生涯学習課 文化財グループ 電話:0587-32-1443
アクセス 名鉄尾西線利用、名古屋市内から約40分

参考文献

祖父江の虫送り - 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/161121
県指定文化財 尾張の虫送り行事|稲沢市公式ウェブサイト
http://www.city.inazawa.aichi.jp/miryoku/bunka/kenshitei/1002915.html
令和7年度 尾張の虫送り行事(祖父江の虫送り) | 稲沢市
https://www.city.inazawa.aichi.jp/0000003390.html
尾張の虫送り(祖父江の虫送り) | JTCO 日本伝統文化振興機構
https://www.jtco.or.jp/japanese-culture/?act=detail&id=114&p=0&c=19
尾張の虫送り行事(祖父江の虫送り) - Aichi Now
https://aichinow.pref.aichi.jp/spots/detail/1337/
虫送り - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%99%AB%E9%80%81%E3%82%8A

最終更新日: 2026.04.04