名古屋・覚王山の数寄屋建築 爲三郎記念館「爲春亭」

名古屋市千種区の覚王山、ゆるやかに下る斜面の上に一棟の木造平屋が建つ。南西側は地面が落ち込む方向へ柱を立てて床を持ち出す懸造りとなり、建物の一部が庭の上にせり出している。これが爲春亭(いしゅんてい)、昭和9年(1934年)に実業家・古川爲三郎が自邸の母屋として建てた建物である。爲三郎は映画館の経営や映画配給で財を成した名古屋の実業家で、103歳まで生きた。晩年をこの家で過ごし、平成5年(1993年)に没した後、その遺志を受けた財団が平成7年(1995年)に古川美術館の分館「爲三郎記念館」として一般公開を始めた。

古川爲三郎(1890~1993)は、映画館や映画配給を軸とする約30社からなるヘラルドグループを一代で築いた。同時に美術品の収集家でもあり、その名を冠した古川美術館には、近代日本画を中心に陶磁器や15世紀の彩飾写本まで、およそ2800点が収蔵されている。一方でこの住まいは、より私的な場所だった。「大好きなこの住まいを、みなさんの憩いの場として使ってほしい」という爲三郎の言葉が、今日の使われ方を方向づけている。

斜面に建つ数寄屋の母屋

建物は木造の平屋を基本とし、斜面側に一部地下1階を設け、屋根は瓦で葺く。建築面積はおよそ325平方メートル。敷地が南西へ下がるため、その方向には懸造りの構法で床を持ち出している。京都の清水寺の舞台で知られる手法だが、ここでは個人の住まいという静かな尺度で用いられている。

内部は南側に座敷2室と茶室を雁行(がんこう、雁の列のように少しずつずらした配置)に並べ、北側には中庭を挟んで居室を構える。全体の意匠は数寄屋を基調とする。茶室建築から育った様式で、細い柱、素材の質感を生かした木地、落ち着いた色合いの塗り壁を用い、過度な装飾を避ける。近代和風建築と呼ばれる種類の建物であり、昭和初期の材料と職人の技でまとめられている。

登録有形文化財としての位置づけ

平成30年(2018年)11月、爲春亭は敷地内の他の5棟とともに国の登録有形文化財(建造物)に登録された。ここで押さえておきたいのは、登録有形文化財が国宝や重要文化財とは異なる枠組みだという点である。国宝・重要文化財は国が「指定」して手厚く保護する制度であるのに対し、登録制度は平成8年(1996年)に設けられた比較的新しい仕組みで、おおむね築50年を超える近代の建造物を対象とし、活用しながら姿を守ることを促す。指定ほど強い規制を伴わずに一定の評価を与える制度といえる。

登録されたのは、正門・東門・爲春亭・庭園の茶室「知足庵」・待合・雪隠の6棟である。爲春亭は「造形の規範となっているもの」という基準で登録され、数寄屋の構成が破綻なくまとめられている点が評価された。なお平成25年(2013年)には、名古屋市の景観上重要な建造物としても認められている。

庭と建物、見どころ

庭園は造園家・井上卓之の監修により、庭屋一如(ていおくいちにょ)、すなわち建物と庭を別々のものとせず一体としてとらえる考えのもとに造られた。植栽の中心になっているのは5本の大きな椎(しい)の木である。爲三郎は大木に神が宿ると考え、これらを切らずに残し、家はその木々を生かして配されたという。茶室やせり出した縁先からは、四季それぞれの庭が視界いっぱいに広がる。

今では、邸内に設けられた「数寄屋 de Café」も訪問の楽しみのひとつになっている。爲三郎が長寿の秘訣としていた抹茶のほか、季節の和菓子や珈琲を、庭を眺めながら味わえる(呈茶は別料金)。用いられる茶碗は、地元の瀬戸焼や美濃焼の作家による作品である。

爲春亭は木造建築で、近代的な展示室のような厳密な温湿度管理が難しい。そのため記念館では繊細な絵画よりも陶磁器や工芸の展示が多く、学芸員は部屋ごとの趣に合わせて作品を選ぶ。年に数回は企画展や茶会も催され、訪れる時期によって見られるものは変わる。

覚王山をめぐる

記念館は地下鉄東山線・池下駅から徒歩数分、古川美術館の本館からも1~2分の距離にあり、二館をあわせて見て回りやすい。周囲の覚王山界隈は、ゆっくり歩いて過ごすのに向いた一帯である。明治37年(1904年)創建の日泰寺は、特定の宗派に属さず、タイ(旧シャム)から贈られた釈迦の遺骨を奉安する寺で、その参道には約90店が並ぶ商店街が続く。古くからの団子屋と新しい菓子店、茶葉の専門店や小さなギャラリーが入りまじり、毎月21日の縁日や年数回の覚王山祭でにぎわう。南へ向かえば、旧水道路をたどるすいどうみち緑道がおよそ2キロメートル続き、春には桜並木となる。

Q&A

Q爲春亭の中に入ることはできますか。
A入れます。爲春亭は古川美術館の分館「爲三郎記念館」として一般に公開されています。開館時間内に各室を見て回ることができ、多くの季節には邸内のカフェでお茶もいただけます。
Q爲春亭は国宝ですか。
Aいいえ。爲春亭は登録有形文化財で、平成30年(2018年)に敷地内の他の5棟とともに登録されました。これは国宝や重要文化財の「指定」とは別の、より規制のゆるやかな区分で、主に近代の建造物を対象としています。
Qどうやって行けばよいですか。
A地下鉄東山線の池下駅から東へ徒歩数分、または覚王山駅から西へ歩いて向かいます。記念館は古川美術館本館のすぐ南にあります。無料の小さな駐車場がありますが、大型バスを停める場所はありません。
Q料金と開館時間を教えてください。
A開館はおおむね10時から17時(最終入館16時30分)で、月曜は休館です(月曜が祝日の場合は翌平日が休み)。入館料は開催中の展示によって変わり、通常は美術館と記念館の共通券のほか、記念館だけの料金も用意されています。カフェの呈茶は別料金です。料金は展示ごとに変わるため、訪問前に公式サイトでご確認ください。
Q訪れるのに良い季節はいつですか。
A庭は四季を通じて見られるように造られており、初夏の新緑や秋の彩りが楽しめます。春には近くのすいどうみち緑道の桜が加わります。展示や茶会は年間で入れ替わるので、計画の際に開催内容を確認すると良いでしょう。

基本情報

名称爲三郎記念館爲春亭(ためさぶろうきねんかんいしゅんてい)
所在地愛知県名古屋市千種区掘割町一丁目9(登録上の所在地)。アクセスは池下駅から
指定区分登録有形文化財(建造物)。平成30年(2018年)11月2日登録(登録番号 23-0517)
その他の認定名古屋市の景観上重要な建造物(平成25年/2013年)
建築年昭和9年(1934年)。平成7年(1995年)に一般公開
員数1棟
構造木造平屋一部地下1階建、瓦葺、建築面積約325平方メートル、数寄屋造り
所有者公益財団法人古川知足会
公開状況古川美術館の分館として一般公開
開館時間10時~17時(最終入館16時30分)、月曜休館

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「爲三郎記念館爲春亭」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00012546
古川美術館 公式サイト「爲三郎記念館(旧古川爲三郎邸)について」
https://www.furukawa-museum.or.jp/memorial
古川美術館 公式サイト「所在地・交通アクセス」
https://www.furukawa-museum.or.jp/info/location
名古屋コンシェルジュ(名古屋市観光情報)「古川美術館・分館 爲三郎記念館」
https://www.nagoya-info.jp/spot/detail/51/
Aichi Now(愛知県観光サイト)「古川美術館(分館 爲三郎記念館)」
https://www.aichi-now.jp/spots/detail/2224/

最終更新日: 2026.06.17