建築のように装ったポンプ室

小鷹野浄水場の正門に立ち、敷地の南端へ目をやると、東を向いて建つ低くて端正な建物が見えてくる。外壁はまるで石を積んだかのような仕上げである。これが旧ポンプ室で、完成は昭和4年(1929年)。豊橋市最初の市営上水道を構成する施設の一つだ。役目は単純で、水を圧送するためのポンプを収めていた。だが、その外観は単純とは言いがたい。

鉄筋コンクリート造平屋建で、建築面積はおよそ174平方メートル。間口は約10.8メートル、奥行は約15.6メートルである。屋根は陸屋根で、正面中央の玄関部をわずかに前へ出し、両端にはバルコニー付きの窓を配する。中身はコンクリートでありながら、組積造のような重量感をたたえている。

昭和初期の意匠

この建物を引き立てているのは装飾である。窓の上部や軒廻りには幾何学模様が走り、昭和初期の日本の公共建築が好んだ、角ばった明快な意匠が見て取れる。水を送るだけならこうした装飾は要らない。それでも技術者たちは、実用の建物に設計された顔を与え、街の景観の一部として扱った。

市営上水道は、東京の水道で経験を積んだ西大條覚を顧問として整備が進められ、昭和5年(1930年)3月の通水式を経て本格的な給水を始めた。ポンプ室の建築的な質の高さは、その意気込みの表れである。太平洋戦争中には、空からの目をくらますため外壁が迷彩に塗られていたとされ、この浄水場が重要な施設とみなされていたことをうかがわせる。

ポンプから薬品へ

この建物が主ポンプ室としての役目を終えたのは昭和56年(1981年)。近くに新しいポンプ室が建てられたためである。取り壊されることなく残され、薬品注入機室へと転用されて、当初の機械が移った後も現役の施設として使われ続けた。

登録有形文化財となったのは平成30年(2018年)11月2日で、国土の歴史的景観への寄与が評価された。稼働中の浄水場の内部にあるため気軽に立ち入れる場所ではないが、石造風の正面と幾何学模様の縁取りは、豊橋の上水道施設のなかでもとりわけ意匠に力を入れた建物であることを示している。

Q&A

Qこの建物は何に使われていたのですか。
A小鷹野浄水場で水を圧送するポンプを収めていました。昭和56年(1981年)以降は薬品注入機室に転用されています。
Qいつ造られ、いつ文化財になったのですか。
A昭和4年(1929年)に完成し、昭和56年に改修を経て、平成30年(2018年)11月2日に登録有形文化財となりました。
Qなぜポンプ室がこれほど格式ある外観なのですか。
A昭和初期の日本の公共事業では、実用の建物にもしっかりと建築的な意匠を施すことがありました。ここでは石造風のコンクリート壁や、窓・軒廻りの幾何学装飾にそれが表れています。
Q戦時中の迷彩塗装の話は本当ですか。
A太平洋戦争中に空からの偵察を避けるため外壁を迷彩色に塗ったとされます。塗装そのものが残るわけではなく地域の記録に基づく話のため、建物にまつわる言い伝えとして受け止めるのがよいでしょう。
Q見学はできますか。
A小鷹野浄水場は稼働中の施設で、一般には公開されていません。見学やイベントについては、豊橋市上下水道局にお問い合わせください。

基本情報

名称豊橋市上水道施設小鷹野浄水場旧ポンプ室(とよはししじょうすいどうしせつおだかのじょうすいじょうきゅうぽんぷしつ)
所在地愛知県豊橋市東小鷹野二丁目9-3
指定区分登録有形文化財(建造物)
登録年月日平成30年(2018年)11月2日(登録番号 23-0528)
年代昭和4年(1929年)/昭和56年(1981年)改修
員数・構造1棟/鉄筋コンクリート造平屋建、建築面積174㎡
所有者豊橋市上下水道局
公開状況稼働中の浄水場内。一般非公開

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「豊橋市上水道施設小鷹野浄水場旧ポンプ室」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00012557
文化遺産オンライン「豊橋市上水道施設小鷹野浄水場旧ポンプ室」
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/432172
豊橋市上下水道局「水道施設紹介」
https://www.city.toyohashi.lg.jp/3925.htm

最終更新日: 2026.06.25