月瀬の大スギ
長野県が愛知県と接する最西端、国道153号沿いの根羽村に、矢作川の流れを見下ろすように一本のスギがそびえている。地元では「大杉様」と呼ばれ、古くから敬われてきた巨樹である。地上1.5メートルの位置で幹周りは約13.8メートル、樹高は40メートル近くに達し、長野県内では最大、スギの巨木としても全国有数の規模をもつ。
生育するのは根羽村の月瀬地区、旧月瀬神社の境内地にあたる場所だ。根羽村は人口およそ950人、面積の九割ほどを森林が占める山あいの小さな村で、このスギは村の歴史よりはるかに長い時間をこの地で過ごしてきた。
一株か、二株か
近づくと、まず幹の形に気づかされる。遠目には一本の巨大な幹に見えるが、実際には南北に並ぶ大小二株からなり、その基部が癒着して、あたかも単株のような姿を見せている。国の指定記録も、大小二株が根元で接して一本のように見えると記している。
樹齢は確定しにくい。旧文部省の調査が採用した数値はおよそ1800年、別の伝承では1500年ほどともいわれる。いずれにせよ、このスギは二度の伐採の危機を迎えるよりずっと前から、すでに老木であった。
国の天然記念物として
長野県が最初に保護したのは昭和3年(1928年)のことである。国による指定はその後の昭和19年(1944年)11月13日、名木・巨樹・老樹などを対象とする基準に基づいて天然記念物に指定された。翌年には根羽村が管理団体に定められている。平成元年(1989年)の巨樹調査では、県内最大の巨木であることがあらためて確認された。
ただし、寸法の記録には注意が要る。指定当時の文言を残す国指定文化財等データベースは、地上1.5メートルで周囲13.04メートル、樹高約48.48メートルと記す。一方、近年の計測では幹周約13.8メートル、樹高約40メートルとされ、現在はこちらの数値が引かれることが多い。この差はスギが縮んだのではなく、計測の方法が時代とともに変わってきたことによる。
二度守られた巨樹
この大杉が今日まで残っているのは、小さな地区の人々が二度にわたって手放すことを拒んだからにほかならない。
最初の危機は弘化元年(1844年)、江戸城本丸が焼失したときに訪れた。再建の用材を探すなかで、このスギに白羽の矢が立てられた。月瀬の住民は結束してこれを守り抜いた。
二度目の危機は静かに、しかし深刻なかたちでやってきた。明治41年(1908年)、政府の神社統合政策によって月瀬神社は他社と合祀され、境内地も立木も村の所有に移り、当時およそ1000円とされた大杉を売却する決議がなされる。月瀬区のおよそ60戸はこれを許さなかった。無尽講を結び、十数年をかけて当時の大金800円を積み立て、自分たちのスギを買い戻したのである。大杉のかたわらには、地区がこの木をどう守ったかを記した記念碑が立っている。
村の御神木
大杉は長く地元の神社の御神木であり続け、その結びつきは単なる崇敬にとどまらない。古老は、大きな枝が折れるときには変事や悪疫流行の前兆だと語り継いできた。同じ木はまた、もっと身近な悩みの拠りどころでもあった。虫歯に苦しむ者がその下で祈れば霊験があらたかだとされてきたのである。
このスギがなお健在なのは、そうした信仰の厚さゆえだろう。守ろうとする営みが世代を越えて繰り返されるなかで、小さな共同体の結びつきは強まり、大杉もまた村の暮らしの中心に据えられていった。
大杉を訪ねる
大杉へのアクセスはわかりやすい。国道153号のすぐ脇にあり、大きな案内看板が曲がり角の目印になる。平成27年(2015年)には周辺が大杉公園として整備され、駐車場と清潔なトイレ、そして矢作川に架かる吊り橋「根羽峡大橋」が設けられた。駐車場から橋を渡り、遊歩道を少し歩くと、五分ほどで大杉が視界いっぱいに現れる。見学は無料である。
駐車場は普通車14台のほか、観光バス6台分と障害者用1台分の区画があり、団体でも立ち寄りやすい。ただし、木があまりに大きいため、全体を一枚の写真に収めようとすれば、かなり離れて構える必要がある。
根羽村は名古屋方面と伊那谷を結ぶ道筋の格好の休憩地でもある。豊田方面へ車で30分ほど走れば道の駅どんぐりの里いなぶがあり、地元の食事や温泉が楽しめる。逆方向へは昼神温泉まで車でおよそ40分。春には大杉の周りの川辺に桜が咲き、秋には根羽峡が色づく。
Q&A
- 月瀬の大スギの樹齢はどのくらいですか。
- 旧文部省の調査が採用した約1800年とされることが多く、資料によっては1500年ほどともいわれます。いずれにしても、日本でも有数の古いスギです。
- どのくらいの大きさで、全国ではどの位置づけですか。
- 幹周は約13.8メートル、樹高は40メートル近くあります。長野県内では最大の巨木で、スギとしても全国有数の規模です。
- 資料によって寸法が違うのはなぜですか。
- 昭和19年の指定では周囲13.04メートル・樹高約48.48メートルと記録され、近年の計測では約13.8メートル・約40メートルとされています。この差は計測方法の違いによるもので、木が小さくなったわけではありません。
- 見学はできますか。駐車場はありますか。
- 見学できます。国道153号沿いの大杉公園内にあり、見学は無料です。トイレが整い、普通車14台・観光バス6台・障害者用1台分の駐車場があります。吊り橋を渡って少し歩くと大杉に着きます。
- 本当に二本の木が合わさっているのですか。
- 実質的にはそうです。大小二株が並んで生え、基部で癒着しているため、一本の巨大な幹のように見えます。
基本データ
| 名称 | 月瀬の大スギ(つきぜのおおすぎ) |
|---|---|
| 所在地 | 長野県下伊那郡根羽村 月瀬 |
| 指定区分 | 国指定天然記念物(昭和19年〔1944年〕11月13日指定/長野県指定は昭和3年〔1928年〕) |
| 管理団体 | 根羽村 |
| 樹種 | スギ(杉、Cryptomeria japonica) |
| 規模 | 幹周約13.8メートル、樹高約40メートル(指定当時の記録は周囲13.04メートル、樹高約48.48メートル) |
| 推定樹齢 | 約1800年(1500年とする説もあり) |
| アクセス | 国道153号沿い、大杉公園内。見学無料。普通車・観光バス用の駐車場あり |
| 問い合わせ | 根羽村役場 電話 0265-49-2111 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)— 月瀬の大スギ
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/1180
- 文化遺産オンライン(文化庁)— 月瀬の大スギ
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/138334
- 根羽村観光協会 — 月瀬の大杉
- https://nebakanko.com/view/月瀬の大杉/
- 根羽村商工会 — 月瀬の大杉
- https://nebamura.com/2016/10/14/oosugi/
最終更新日: 2026.05.28