いまも働いている建物

浅舞酒造吟醸蔵及び酛場は、秋田県横手市平鹿町浅舞にある昭和前期建築の酒造施設で、平成23年(2011年)7月25日に国の登録有形文化財となった。

登録文化財の多くはすでに現役を退いている。この建物は退いていない。浅舞酒造は大正6年(1917年)からこの地で酒を醸しており、登録名称に挙がった二つの室は、解説板を立てた保存建築ではなく稼働中の製造設備の一部である。米が入り、酒が出ていく。

銘柄は「天の戸」。創業者の柿崎宗光が「天の戸は静かに明けて神路山 杉の青葉に日影さすみゆ」という古歌から採ったもので、天照大神の岩戸隠れに由来する。ラベルに勾玉があしらわれるのも同じ出所である。平成23年(2011年)からは全量純米酒に切り替えた。原料米は蔵のまわりに広がる横手盆地産で、令和6年(2024年)からは自社田での酒米生産も始まっている。

水も土地のものである。奥羽山脈に発する皆瀬川・成瀬川の伏流水は「琵琶沼寒泉」と呼ばれる軟水で、江戸期の紀行家菅江真澄が『雪の出羽路』で名水として書き留めている。

二つの室、二種類の壁、ひとつの屋根

登録建物は敷地の東南隅にある。外からは一棟に見えるが、実際には材料の異なる二つの室が一続きの屋根の下に納まっている。

吟醸蔵は東西を棟とし、切妻造の鉄板葺である。壁は土蔵造。木の軸組に厚く土を塗り込める工法で、重い土の外皮が日中の温度変化をならす。内部に間仕切りはなく、床から小屋組まで一室である。

北面で屋根が興味深い動きをする。壁で止まらず、そのまま下へ葺き降ろされている。そして葺き降ろした下に収まっているのが酛場である。つまり第二の室は、第一の室の裾に入り込んでいる。

酛場は石造で、東西二室に分かれる。歩いて回り、腰を据えて見るべきは北面である。石材は院内石。現在の湯沢市院内で採られた凝灰岩で、江戸期から戦後まで、タガネとゲンノウによる手掘りで切り出されてきた。ここでは層をなして積み上げ、江戸切で仕上げてある。江戸切とは石の小口の縁に沿って細い平坦な帯を削り出す手法で、目地が壁面を横切る鋭い線として読める。面には窓が三か所穿たれている。

結果として生まれた外観は重い。農家の付属屋というより、金庫室に近い印象を受ける。建築面積は165平方メートル、全体が平屋である。

酛場で行われること

酒造りの説明は、精米から仕込みへ話が飛びがちで、その間の工程が抜け落ちやすい。しかし難所はそこにある。

発酵には、健全な酵母が大量に必要であり、同時に雑菌が入り込めない酸性の環境が要る。酛(もと)、別名を酒母は、その両方をまとめて用意する種である。蒸米・麹・水を小さな仕込み容器で合わせ、まず乳酸を増やしてpHを下げ、場を掃除してから酵母を本格的に増殖させる。この種を段階的に量を増やして本仕込みへ送る。酛を外せば、その先で取り返しはきかない。

工程は温度に敏感で、日数も数日から数週間を要する。厚い石壁と三つの小窓、隣の蔵の屋根の下に潜り込んだ配置、そして冬のあいだ雪に埋もれる横手の気候。これらは設計上の偶然ではない。石でできた温度調整装置である。

隣り合う吟醸蔵は、この技術のもう一方の難所を受け持つ。吟醸造りは高精白の米を低温で長く発酵させるもので、午後に室温が上がらない部屋を必要とする。天の戸の大吟醸は平成2年(1990年)から5年連続で全国新酒鑑評会金賞を受け、秋田県で最初の記録となった。平成17年(2005年)からも3年連続で金賞を得ている。

登録の理由と、見学について

適用された登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。登録番号は05-0187、第70回登録で、登録年月日と告示年月日はともに平成23年7月25日である。同じ日に敷地内の他の建物も登録されており、通りに面した西端の店舗や、その背後の大規模な仕込み蔵・貯蔵蔵及び作業場が含まれる。単体の記念物ではなく、酒造施設群としての登録である。

用語について一点。これは登録有形文化財であって、重要文化財の指定ではない。平成8年(1996年)に始まった登録制度は、日本の二つの建造物保護制度のうち緩やかな方にあたる。所有者は大きな改変の前に届け出を行えばよく、修理のたびに許可を求める必要はない。制度がこう設計されているのは、こうした建物が働き続けられるようにするためである。酒を造るのをやめなければ守れない仕組みでは、蔵は残らない。

そこから実務的な条件が導かれる。浅舞酒造は私企業であり、稼働中の食品製造施設であって、博物館ではない。建物は道路から外観を眺めることができ、敷地内の店舗では酒を購入できる。蔵見学が行われた例はあるが、随時受け入れの見学サービスではなく事前予約制であり、造りの時期には製造区域への立ち入りに現実的な制約がかかる。当日いきなり訪ねて内部を見られる前提では動かず、事前に連絡してほしい。外観以外の撮影も、断りを入れてからにしたい。

浅舞へはJR横手駅から車で20分ほど。羽後交通のバス路線も通っている。営業時間は8時から17時ごろとする案内があるが、稼働中の酒蔵であるから直接確認するのが確実である。

Q&A

Q浅舞酒造吟醸蔵及び酛場は見学できますか。蔵見学はありますか。
A外観は道路から見ることができ、敷地内の店舗で天の戸を購入できます。蔵見学が行われた例はありますが事前予約制で、造りの時期は製造区域への立ち入りに制約があります。訪問前に浅舞酒造へ直接お問い合わせください。
Q浅舞酒造の酛場とは何をする場所ですか。
A酛(酒母)を仕込む室です。蒸米・麹・水を合わせ、乳酸で環境を酸性にしてから酵母を増殖させ、本仕込みへ送る種をつくります。温度管理が結果を左右する工程で、厚い石壁で囲われているのはそのためです。
Q浅舞酒造吟醸蔵及び酛場の石材は何ですか。
A現在の湯沢市院内で採石された院内石という凝灰岩です。酛場の北面では層をなして積み、江戸切で仕上げています。江戸切は石の縁に細い平坦な帯を削り出す仕上げで、面には窓が三か所開けられています。
Q浅舞酒造吟醸蔵及び酛場は重要文化財ですか。
Aいいえ。登録有形文化財(建造物)で、平成23年(2011年)7月25日登録、登録番号05-0187です。登録は重要文化財の指定より規制の緩やかな制度で、所有者が建物を使い続けられるように設計されています。
Q浅舞酒造へは横手駅からどう行きますか。
AJR横手駅から車またはタクシーで20分ほどです。羽後交通のバス路線も通っています。所在地は秋田県横手市平鹿町浅舞字浅舞388です。

基本情報

名称浅舞酒造吟醸蔵及び酛場
所在地秋田県横手市平鹿町浅舞字浅舞388
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録番号 05-0187/登録基準「国土の歴史的景観に寄与しているもの」
指定年平成23年(2011年)7月25日登録・同日告示(第70回登録)
員数1棟
寸法土蔵造及び石造平屋建、鉄板葺、建築面積165平方メートル
所有者浅舞酒造株式会社
公開状況稼働中の民間酒造施設。外観は道路から見学可、敷地内に店舗あり。蔵見学は事前予約制

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)/浅舞酒造吟醸蔵及び酛場
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00008614
文化遺産オンライン/浅舞酒造店舗
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/228253
文化遺産オンライン/浅舞酒造仕込み蔵・貯蔵蔵及び作業場
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/161224
秋田県酒造協同組合 秋田蔵元ガイド/浅舞酒造株式会社[天の戸]
https://www.osake.or.jp/kuramoto/31asamai.html
美酒王国秋田(秋田県酒造協同組合)/浅舞酒造株式会社[天の戸]
https://osake.or.jp/brewers27/
天の戸 浅舞酒造株式会社 公式サイト
https://amanoto.co.jp/

最終更新日: 2026.08.13