本海獅子舞番楽:鳥海山麓に生きる獅子舞
舞手が獅子頭を高くかかげ、前へ傾け、木彫りの顎を勢いよく打ち合わせる。鋭い音が座敷に響き、間をおいてまた鳴る。秋田県由利本荘市鳥海町の十三の集落では、この歯打ちの音が四百年近くにわたって一年の始まりと終わりを区切ってきた。本海獅子舞番楽と呼ばれるこの芸能は、舞台のための見せ物ではなく、神社の祭礼や豊作の祈り、家ごとの祓いといった暮らしの暦のなかにある。
十三の集落は、それぞれ自分たちの獅子舞番楽を受け継いでいる。統一された一座があるわけでも、共通の台本があるわけでもない。十三の地区を結ぶのは、共通の由来と、神楽の演目、そして他に類を見ないほど激しい歯打ちの獅子である。
鳥海山の信仰と一人の修験者
鳥海町は、日本海の海岸線から東へ約30キロメートル、鳥海山の北東山麓に位置する。秋田と山形の県境にそびえるこの活火山は、出羽富士あるいは秋田富士とも呼ばれた。日本海を行く船にとっては格好の目印となり、たびたびの噴火の記録とともに、古くから人々の信仰を集めてきた。
地元では、この獅子舞番楽を本海行人、あるいは本海坊と呼ばれた宗教者にちなむものとしている。京都・醍醐寺三宝院に属した修験者で、芸能にも長けていたと伝わる。寛永年間(1624〜1644年)に鳥海山麓へ移り、村々に直接舞を授けたという。「本海」の名はこの人物に由来する。本海坊が授けたのは、山伏神楽と呼ばれる修験の舞であった。
現在の舞が本海坊の教えそのままかどうかは確かめようがない。ただし、明暦4年(1658年)と元禄15年(1702年)の銘を持つ獅子頭が残り、延享4年(1747年)の記銘がある幕や面、言立本も残されている。これらの品は、この地で古くから獅子舞が行われていたことを裏づけている。
指定の理由
本海獅子舞番楽は、2011年(平成23年)3月9日に国の重要無形民俗文化財に指定された。指定の根拠は二つある。芸能の変遷の過程を示すこと、そして地域的な特色を備えていることである。
「番楽」は、秋田県と山形県の北部で、山伏神楽系の舞を指して用いられる呼び名である。かつて番楽は、表十二番・裏十二番、その陰陽あわせて四十八番という決まった演目の順序をもっていた。「番楽」という語は、この番(順序)に由来すると考えられている。
本海の番楽が他と異なるのは、獅子に置く比重の大きさである。獅子舞は必ず諸演目に先立って舞われ、全体の中心に据えられる。他の山岳信仰にかかわる獅子舞と比べて動作は激しく、歯打ちの繰り返しもはるかに多い。基本となる所作は三つ。上下の顎を打ち合わせる歯打ち、獅子頭を左右に鋭く振る動き、そして獅子頭を高くかかげてやや下へ傾ける動きである。
獅子には実際の力があると信じられてきた。火難除けや疫病鎮撫に効くとされ、そのために獅子だけが門付けに出て、ほかの演目を伴わずに舞われることもあった。獅子頭そのものに神の名がつけられ、特別な扱いで受け継がれてきた例もある。
獅子舞の一年
各集落の講中は、1月に「幕開き」と呼ばれる儀礼で一年の活動を始め、9月から12月のあいだに「幕納め」で締めくくる。幕開きも幕納めも、講中の人々が地区内の家に集まり、獅子を拝してから舞う。この日に舞う演目は定められており、儀式的な性格が強い。
その間、獅子は各集落の神社祭礼に登場する。祭礼の日は集落ごとに異なり、興屋では4月20日の白山神社、提鍋では4月28日の大日宮、上百宅では5月18日の御嶽神社、中直根では旧暦6月16日の神明社といった具合である。7月には、獅子を持って集落から集落へと進み、途中の神社で舞いながら最後に川端まで向かう「虫追い」を行う地区もある。
8月の盆には、御祓い獅子あるいは盆獅子と呼ばれる獅子が家々を回る。座敷で舞ったあと、舞手は胴幕を肩にかけ、獅子頭を構えて、すわっている家の人々の頭や肩を噛んでいく。健康と家内安全を願う祓いである。新築の家では、主要な柱に薦を巻きつけ、その周囲を獅子が回りながら噛む火伏せの次第がある。8月下旬から9月中旬にかけては、集落をあげての豊作祭り「作祭り」が開かれる。
獅子のほかの演目
獅子は中心ではあるが、すべてではない。獅子以外の演目は、いくつかの種類に分かれる。能の冒頭に近い「翁」「三番叟」などの儀式的な式舞、「山の神」「剣之舞」などの神舞、中世の軍記に取材した「曾我」「熊谷」「八島」などの武士舞、「鐘巻」「橋引」などの女舞、そして「番楽太郎」のような狂言風の道化舞である。各講中に残る詞章の記録からは、かつてそれぞれが二十番を超える演目を受け継いでいたことがうかがえる。
現在まで残る演目の数は、資料によって数え方が異なる。国の文化財データベースは全体で二十五余りと記し、最も多い下直根講中で十六演目とする。一方、古い写本『本海流獅子舞秘傳大事』などに拠る数え方では、かつての総数を四十八番、現在も舞われるものを三十番ほどとする。いずれにせよ、もとの演目のうち一部が現在まで残っているということになる。
演目の全体をつなぐのが幕である。民家で舞うとき、幕は部屋と部屋のあいだに張られ、観客と楽屋を分ける結界の役目を果たす。舞手は必ず幕の中央から出るもので、脇から出ることはない。素材は木綿が多いが、麻や苧(からむし)で織られた古風な幕も残り、藍染めや草木染めに地域の技法が見られる。一年のうち限られた期間だけ舞うこの芸能では、その年初めて舞う日を幕開き、最後の日を幕納めと呼ぶ。
舞を見る
獅子舞番楽は各集落の祭礼の暦に組み込まれているため、本来の場で見るには下調べがいる。最も確実なのは、由利本荘市の民俗芸能伝承館「まいーれ」である。本海獅子舞番楽の面や獅子頭が展示され、毎月第3日曜日には本海の各講中や近隣地域の番楽が上演される。
年に一度、8月上旬には「鳥海獅子まつり」が開かれ、活動中の講中が鳥海健康広場の野外特設ステージに一堂に会する。かがり火に照らされたなかで、各講中が順に舞う。一晩で複数の集落の獅子舞を見たい人にとっては、この日が好機となる。
「まいーれ」は鳥海町伏見にある。秋田県外からは、鉄道でJR羽後本荘駅へ、そこから由利高原鉄道鳥海山ろく線で矢島駅へ、さらにバスかタクシーで向かうのが一般的である。車では、本荘インターチェンジから国道107号・108号を経て約30キロメートル、40分ほどである。祭りの日程や毎月の上演予定は年によって変わるため、出かける前に伝承館や鳥海教育学習課に確認しておくとよい。
Q&A
- 都市の正月に見る獅子舞とは何が違うのですか。
- 都市の獅子舞は街頭や舞台での芸能であることが多いのに対し、本海獅子舞番楽は鳥海山の信仰に根ざした宗教的な芸能です。獅子は二人で舞い、動作が激しく、歯打ちの繰り返しが多いという特徴があります。神社祭礼や家ごとの祓いといった一年の行事のなかで舞われます。
- 獅子はなぜ人の頭を噛むのですか。
- 盆の時期、獅子は家々を回り、家の人の頭や肩を軽く噛みます。これは健康と家内安全を願う祝福の所作です。獅子に噛まれることは縁起のよいこととされ、恐れるものではありません。
- 「番楽」とはどういう意味ですか。
- 番楽は、秋田県と山形県の北部で、修験者による山伏神楽系の舞を指す呼び名です。かつて演目が決まった番(順序)で舞われたことに由来すると考えられています。
- いつ見るのがよいですか。
- 由利本荘市の伝承館「まいーれ」では毎月第3日曜日に上演があります。より大きな集まりとしては、8月上旬の「鳥海獅子まつり」で複数の講中が野外ステージに集います。日程は年によって変わるため、事前の確認をおすすめします。
- 集落そのものでも舞を見られますか。
- 見られます。各集落は自分たちの神社祭礼で舞い、盆や作祭りにも獅子が登場します。これらは地元の暦に沿った行事で、観光向けに設けられたものではないため、現在の日程は鳥海教育学習課に問い合わせるのが確実です。
基本情報
| 名称 | 本海獅子舞番楽(ほんかいししまいばんがく) |
|---|---|
| 指定区分 | 国指定重要無形民俗文化財 |
| 指定年月日 | 2011年(平成23年)3月9日 |
| 種別 | 民俗芸能(神楽) |
| 所在地 | 秋田県由利本荘市鳥海町 |
| 保護団体 | 本海獅子舞番楽伝承者協議会、ならびに上百宅・下百宅・上直根・中直根・前ノ沢・下直根・猿倉・興屋・二階・天池・八木山・平根・提鍋の十三講中 |
| 由来 | 寛永年間(1624〜1644年)に修験者・本海坊が伝授したと伝わる |
| 主な機会 | 神社祭礼、盆、作祭りなど。1月に幕開き、9〜12月に幕納め |
| 鑑賞 | 民俗芸能伝承館「まいーれ」(毎月第3日曜日)、鳥海獅子まつり(8月上旬) |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)「本海獅子舞番楽」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/302/00000899
- 由利本荘市民俗芸能伝承館「まいーれ」本海獅子舞番楽
- https://mai-re.jp/yurihonjo/kuni/honkai/
- 由利本荘市民俗芸能伝承館「まいーれ」アクセス
- https://mai-re.jp/shisetsu-2/access/
最終更新日: 2026.05.27