角館祭りのやま行事——城下町を揺らす曳山と「やまぶっつけ」

九月九日の夜、角館の細い通りで二台の曳山が正面から近づき、激しくぶつかり合う。「やまぶっつけ」と呼ばれるこの場面は、互いの曳山が道の優先権をめぐって交渉し、それが決裂したときに起こる。重さ八トンほどの曳山に数百人が取りついて押し合い、一方が引くまで勝負は続く。囃子は鳴りやまず、見物の人垣がすぐ間近に迫るなか、攻防は夜更けまで及ぶこともある。

角館祭りのやま行事は、秋田県仙北市角館で毎年九月七日から九日にかけて行われる、神明社と成就院薬師堂の祭礼である。城下町として発展した角館に根づいた行事で、平成三年(一九九一)に国の重要無形民俗文化財に指定された。さらに平成二十八年(二〇一六)には、全国の三十三の祭礼とともに「山・鉾・屋台行事」としてユネスコ無形文化遺産の代表一覧表に記載されている。

三日間、二つの社の祭り

この祭りは、町が古くから頼みとしてきた二つの信仰の場のうごきに沿って進む。神明社は角館の鎮守であり、薬師如来をまつる成就院薬師堂は人々の産土の神仏にあたる。日程はこの二者で分かれている。七日は神明社の宵祭り、八日は神明社の本祭りと薬師堂の宵祭り、九日は薬師堂の本祭りで、最終日のこの夜にやまぶっつけが最高潮に達する。

行事の根底には薬師信仰がある。季節の折り目に神霊を迎え、生業の発展と地域の繁栄、家族の無事息災を願う。現在の祭りがもつ賑わいと競い合いの下には、こうした古い祈りの意味が今も流れている。

外町が育てた祭り

角館は、秋田藩主佐竹氏の一族である佐竹北家の城下町として発展した。町は二つに分けて整えられており、武士が住む地区を内町、商人や職人が住む地区を外町と呼んだ。この祭りは外町のものであり、商人の町が時代を追って富を蓄えるにつれて規模を広げてきた。

行事の初見は「佐竹北家日記」の元禄十四年(一七〇一)の記事にある。当初は十二月八日の薬師の行事として行われていたことがうかがえるが、その後の紆余曲折を経て、現在の九月初旬へと移っていった。置き山を所定の場所に設けること、各丁内に張り番(祭り宿)を置いて渉外の交渉に当たること、曳き山を丁内の若者が主体となって曳きまわすこと、その上で囃子を演じること。こうした骨格は、日記が示す古い姿からよく受け継がれている。

置き山と曳き山

祭りには二種類の山がある。一つは動かさずに据える飾りの山、置き山である。毎年三基が、神明社の鳥居前、成就院薬師堂前、立町の十字路に設けられる。かつては各丁内の空き地や有力者の庭に組まれたと伝わる。

その造りには古い決まりがある。立木を芯棒として用い、骨組みの頂きには必ず目籠を据える。左右にコブをあしらって岩に見立て、中央の山形との継ぎ目を谷とし、前面の中段をミズヤと称する。これらを黒っぽい木綿布で覆い、谷間には松を、ミズヤにはエングレやネズコを植え、武者人形を配して仕上げる。

もう一つは曳いて動かす山、曳き山である。今日ではおよそ十八台を数え、一台の重さは八トン前後にのぼる。置き山と同じ木綿布で覆った山形に等身大の人形を据え、伝統的には武者人形を、近年は歌舞伎の場面を題材とした人形も飾る。後方には道化の人形が乗ることが多い。丁内の若者たちがこの曳き山を曳き、その上で囃子方と踊り手が演じる。

張り番、優先権、そして衝突

曳き山を出す各丁内には、張り番と呼ばれる祭り宿が置かれる。座敷の中央に天照皇大神と薬師瑠璃光如来の掛軸を掛け、道に面した側には松・ススキ・エングレ・ネズコを添えた表礼を立てる。祭りの間、年番長などの役員がここに詰め、他丁の若者が曳き山を通すために交渉に来ると、その相手となって承認を与えたり、留め置いたりする。

この承認の仕組みこそが、祭りの緊張を生む。神明社や薬師堂へ参詣に向かう曳き山をノボリヤマ(上り山)、奉納を終えて曳きまわされる曳き山をクダリヤマ(下り山)という。祭りの日には両者が反対方向から進んできて交叉する。慣例ではノボリヤマに優先権があり、もう一方が道を譲る。だが双方で交渉が持たれてもまとまらないときには、やまぶっつけとなり、決着がつくまで曳き山どうしをぶつけ合う。

場面で変わる囃子

曳き山の上で奏でられる囃子は「飾山囃子(おやまばやし)」と呼ばれ、祭り全体の国指定よりも早くから民俗芸能として注目されていた。曲は現在およそ十七を数え、それぞれが場面に対応している。社へ上る山には上り山囃子、下る山には道中(下り山囃子)、立ち止まったときには「けん囃子」「二本竹」などが演じられる。

曳き山が止まると、前方の小さな舞台で踊り手が囃子にあわせて手踊りを繰り広げる。楽器には横笛、大太鼓、小太鼓、鼓、スリガネ、三味線が用いられ、「秋田おばこ」などの踊りも加わる。限られた舞台の上で美しく見せるための工夫が重ねられた結果、この手踊りは地域色のある芸能として育ち、それ自体が祭りの大きな見どころとなっている。

祭りの先にある城下町

角館は祭りの時期だけの町ではない。旧武家町はよく残っており、内町の表通り約七二〇メートル一帯が国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。黒板塀と薬医門が連なる通り沿いには、内部を公開する屋敷もある。青柳家や石黒家では座敷に上がって中級武士の暮らしぶりを見ることができ、石黒家はこの地に現存する武家住宅のなかでも古いものに数えられる。

町はシダレザクラでも知られ、その多くは武家屋敷の塀の奥に育ち、京都から持ち込まれた苗に由来すると伝わる。春には桧木内川堤の桜並木が多くの人を集める。土地の名産も見逃せない。桜の樹皮を磨いて箱や茶筒に仕立てる樺細工があり、近隣の西明寺では大粒の栗が採れる。角館が「みちのくの小京都」と呼ばれてきたのは、こうした町並みと庭、四季の彩りの重なりがあってのことである。

Q&A

Q祭りはいつ行われ、どの日に行くのがよいですか。
A毎年九月七日から九日にかけて行われます。やまぶっつけが夜まで続く九日が見どころの多い日ですが、八日も両社の曳き山が町を行き交い賑わいます。日程が前後する場合もあるため、お出かけの前に地元の観光案内などで確認することをおすすめします。
Q「やまぶっつけ」とは何ですか。
A二台の曳き山をわざとぶつけ合う場面です。出会った両丁内が道の優先権をめぐって交渉し、まとまらないと、八トン前後の曳き山どうしを押し合わせ、どちらかが退くまで競います。祭りの高まりを示す見せ場であり、各丁内の力と誇りがぶつかる瞬間です。
Q角館へのアクセスは。
AJR角館駅には秋田新幹線こまちが停車します。所要時間は東京から約三時間、仙台から約一時間半、秋田から約四十五分です。祭りの巡行路も武家屋敷通りも、駅から歩いて行ける範囲にあります。
Q曳き山を間近で見ることはできますか。
A沿道では誰でも見物でき、曳き山や囃子、手踊りを近くで楽しめます。やまぶっつけの周辺は特に混み合うため、規制線に注意し、係員の指示に従ってください。重い曳き山が動き、攻防の展開も読みにくいので、安全には十分ご配慮ください。
Q祭りの時期以外に見るものはありますか。
Aあります。武家屋敷の町並みと公開屋敷は一年を通じて訪ねられ、春のシダレザクラ、秋の紅葉でも知られます。桜の樹皮を用いた樺細工や土地の食もあり、どの季節に訪れても立ち寄る価値のある町です。

基本情報

名称角館祭りのやま行事(かくのだてまつりのやまぎょうじ)
所在地秋田県仙北市角館
指定区分重要無形民俗文化財(平成三年〈一九九一〉二月二十一日指定)。平成二十八年(二〇一六)に「山・鉾・屋台行事」としてユネスコ無形文化遺産代表一覧表に記載
種別風俗慣習/祭礼(信仰)
開催日毎年九月七日~九日(神明社・成就院薬師堂の祭礼)
山車置き山三基/曳き山およそ十八台(一台約八トン)
保護団体角館のお祭り保存会
アクセス秋田新幹線こまち停車のJR角館駅から徒歩圏

参考文献

国指定文化財等データベース 文化庁(角館祭りのやま行事)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/302/23
文化遺産オンライン 文化庁(角館祭りのやま行事)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/159248
文化遺産オンライン 文化庁(おやま囃子)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/208400
まつりの輪 文化庁(角館祭りのやま行事)
https://www.dentou-hasshin.bunka.go.jp/search/86.html
仙北市 観光情報(角館エリア)
https://www.city.semboku.akita.jp/sightseeing/spot/07.html

最終更新日: 2026.05.28