町を二分する、重さ十トンの綱

毎年2月10日の夜、秋田県大仙市刈和野では、町を上下に分けた人々が稲ワラで作った巨大な綱を引き合う。行事の名は「刈和野の大綱引き」。会場は刈和野地区の目抜き通りである大町通りで、引き合いに使われる綱は二本ある。

上町(二日町)が作るのは雄綱で、長さおよそ64メートル。下町(五日町)が作るのは雌綱で、長さおよそ50メートル。いずれも周囲は約2.2メートルあり、大人が両腕で抱えきれないほど太い。重さはそれぞれ約10トンに達する。雄綱の先端には「ケン」と呼ばれる突起状の輪があり、雌綱には「サバグチ」と呼ばれる大きな開口部がある。当夜、このケンをサバグチに通し、「蛇口結び」と呼ばれる結び方で二本を一つにつなぐ。

つながった綱に数千人が取りつき、引き合いが始まる。勝負は一回限り。決着までに30分を超えることも珍しくない。

刈和野の大綱引きは、昭和59年(1984年)1月21日に国の重要無形民俗文化財に指定された。本来は旧暦1月15日、その年最初の満月の夜に行われる小正月の行事だった。現在は2月10日に日付を固定しているが、厳寒と根雪のなかで行われる点は今も変わらない。

市の町と、その勝負

刈和野は、出羽国を南北に貫いた羽州街道沿いの市場町として発展した。町を二分する上町・下町という呼び名にも、その歴史が残っている。上町は二日町、下町は五日町とも呼ばれ、それぞれが市を開いた日にちなんだ名である。地元には、この綱引きがかつて翌年の市場を開く権利をどちらの町が得るかを実際に決めていた、という言い伝えがある。

起源についてはもう一つの説も伝わる。平将門の一族とされる長山氏が刈和野に土着し、その氏神が市場を守護する「市神(いちがみ)」であった。綱引きは、この市神への奉納神事として始まったとされる。いずれの伝承をたどっても、行事の歴史は室町時代にさかのぼり、500年以上を数える。

国の文化財に位置づけられた理由の一つは、その規模である。刈和野の綱は、日本各地に伝わる藁綱の綱引きのなかでも最大級にあたる。規模だけではない。小正月の年占(としうら)の古い形と、それを支える綱づくりの技法、当夜の所作の次第が一体となって保存会の手で受け継がれてきた点が評価されている。

年占は、農業を基幹とする土地にとって今も意味を持つ。上町が勝てばその年の米価が上がり、下町が勝てば豊作になると伝えられる。引き合いは競技というより、その年を占う神事として見守られてきた。

見どころ

まず綱そのものを知っておきたい。綱は毎年、新しい稲ワラから作り直され、使い回されることはない。両町ともそれぞれ約3,500束、合わせて約7,000束のワラを集め、作業は本番のおよそ1か月前から始まる。綱の編み方は通常の縄とは異なる。「グミ」と呼ばれる方法で、三つのワラの小束を交互に編み上げていく。この技法が、綱の表面に密で鱗のような質感を与えている。

寸法にも意味が込められている。雄綱は古い数え方で42尋。これは男の厄年である数え42歳にちなむ。雌綱は33尋で、女の厄年にあたる。

引き合いの一週間前、二本の綱は両町の境界点である「ドップ」に飾られる。それぞれ七巻きに積み上げられ、大蛇がとぐろを巻いた姿になぞらえられる。先端は中央から上へ引き出される。向かって右に雄綱、左に雌綱を置くのがならわしである。

当日はまず浮島神社で神事が行われ、続いて「市神」を奉じた行列が綱の場所へ向かい、供物を供えて祈祷と御祓いを行う。そののち「押し合い」が始まる。両町は、どちらが先に綱を出すか、どれだけ出すかをめぐって古式に従って言い合い、その応酬がそのまま押し合いへと転じる。綱の周りでは、提灯の振りに合わせて「ジョヤサノサー」の掛け声がかかる。

人の集まり具合を見て、各町の熟練者である「建元(たてもと)」が綱の出し合いを指図する。雌綱のサバグチに雄綱のケンを通し、蛇口結びで結ぶ。結び目の上に立つ建元がさっと手を上げ、「ソラッ」と叫ぶと引き合いの開始である。

この行事の見ごたえを支える要素が一つある。会場は踏み固められた雪道で、踏ん張る足場がほとんどない。そのため数千人の勝負がなかなか決着しない。引き合いが終わると、固く締まった結び目を大槌やテコでようやくほどき、すべての綱は浮島神社の境内へ運ばれて奉納される。なお引き合いは参加自由で、訪れた人も綱に加わることができる。

刈和野の周辺

刈和野は大仙市の西部に位置し、JR奥羽本線で立ち寄りやすい。会場となる大町通りの近くには、保存会の拠点である大綱交流館があり、2月以外の時期にもこの行事について知ることができる。

大仙市は、毎年8月に日本有数の花火競技大会が開かれる大曲のある町としても知られる。歴史に関心があれば、9世紀の地方政庁の遺構で国の史跡に指定されている払田柵跡を訪ねるのもよい。一泊するなら強首温泉が手頃な距離にあり、武家屋敷の町並みで知られる角館へも列車で短時間で出られる。刈和野は、内陸秋田を広くめぐる旅の拠点としても使いやすい。

Q&A

Q綱引きには参加できますか。
A参加できます。引き合いは参加自由で、訪れた人も綱に取りつくことができます。見学する場合は、引き手が道幅いっぱいに広がるため、道路の端など離れた場所から見るのが安全です。
Qいつ、どこで行われますか。
A毎年2月10日、刈和野の大町通りで行われます。午後から夕方にかけて神事や綱の渡御が続き、引き合いそのものは夜9時ごろに始まります。
Qどのくらい寒く、何を着ていけばよいですか。
A2月の秋田で、足元は雪、気温は氷点下を大きく下回ります。暖かく防水性のある服装と、滑りにくい靴をご用意ください。踏み固められた雪道は実際にかなり滑ります。
Q雄綱と雌綱には、どんな意味がありますか。
A上町が雄綱、下町が雌綱を作ります。雄綱の突起状の輪「ケン」を雌綱の開口部「サバグチ」に通し、蛇口結びで固く結ぶ所作は、引き合いに先立つ象徴的な結合と解されています。
Q引き合いはどのくらい続きますか。
A勝負は一回限りで決着します。雪のため踏ん張りがききにくく、30分を超えて引き合いが続くこともあります。

基本情報

名称刈和野の大綱引き
所在地秋田県大仙市刈和野 大町通り
指定区分国指定重要無形民俗文化財(昭和59年〈1984年〉1月21日指定)
保護団体刈和野大綱引保存会
開催日毎年2月10日(本来は旧暦1月15日の夜)
綱の規模雄綱 約64メートル、雌綱 約50メートル/周囲 約2.2メートル/重さ 各約10トン
アクセスJR奥羽本線 刈和野駅から徒歩約10分

参考文献

文化遺産オンライン(国立文化財機構)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/199696
国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/302/21
大仙市 国指定重要無形民俗文化財「刈和野の大綱引き」
https://www.city.daisen.lg.jp/archive/contents-10967
美の国あきたネット 刈和野の大綱引
https://www.pref.akita.lg.jp/pages/contents/20134
秋田のグリーン・ツーリズム 刈和野の大綱引き
https://www.akita-gt.org/study/bunka/ootsunahiki.html

最終更新日: 2026.05.23