毎年作られ、毎年壊される港町の曳山
土崎神明社祭の曳山行事は、秋田市北部の土崎港地区で、毎年7月20日と21日に行われる祭礼である。平成9年(1997年)12月15日に国の重要無形民俗文化財に指定され、平成28年(2016年)には全国33の祭礼とともに「山・鉾・屋台行事」としてユネスコ無形文化遺産代表一覧表に記載された。
この祭りの特徴は、曳山が一年限りのものだという点にある。各町内の曳山は7月半ばに新たに組み立てられ、二日間町内を曳き回されたあと、22日には早々に解体される。曳山を作り、曳き、解体するという一連の流れすべてが、この行事の中身とされている。ある年の7月に見た曳山は、文字どおりそれまで存在したことがなく、その後も二度と現れない。
地元では複数の呼び名がある。土崎以外の秋田市民は単に「土崎の祭り」と呼ぶことが多く、通称としては「みなと祭り」「土崎港曳山まつり」がよく使われる。土崎では曳山を「ひきやま」とは読まず、ただ「やま」と呼ぶ。
海が育てた祭り
土崎は、祭りの町である前に働く港だった。室町時代末期の廻船式目に北国七湊の一つとして名を連ねた湊で、慶長7年(1602年)の佐竹氏入封により城下が内陸の久保田へ移ると一時荒廃したが、久保田城の門戸をなす湊として甦り、湊八丁と呼ばれる町並みを形づくった。
祭りの中心にある土崎神明社は、湊城本丸の跡地に祀られ、土崎港の各町の総鎮守として崇敬されてきた。祭りはこの神社の例祭から育った。湊に往来する船乗りたちが神輿を寄進し、それにともなう祭礼は宝永2年(1705年)に始まったと考えられている。この数え方によれば、行事は三百年あまり続いてきたことになる。
海とのつながりは細部にも残る。曳山の最古の記録は寛政元年(1789年)の紀行文で、40もの山車が曳かれる様子が記されている。また、夜の戻り曳山で奏でられる「あいや節」は、北前船によって日本海沿いに運ばれた「ハイヤ節」を起源とすると伝えられる。土崎を栄えさせた船が、節回しまで運んできたことになる。
なぜ指定されたのか
平成9年の指定は、一つの指定基準にもとづく。すなわち、由来や内容において我が国民の基盤的な生活文化の特色を示す典型的なものである、という点である。多彩な儀礼をともなう大規模な港の祭礼であり、華やかな飾り立てを競う「風流」の要素を色濃く残していることが評価された。
文化庁はまた、この行事を日本の山車の変遷を知る手がかりとしても重視した。曳山が保存されず毎年作り替えられるため、各年の巡行はその時々の技術・素材・好みを映しながら、なお受け継がれた決まりに従う。完成品を並べる博物館ではなく、山車づくりそのものが生きて続いている祭りだといえる。
伝承を担うのは、氏子町内の連合体である土崎神明社奉賛会である。指定の対象は二日間の祭りだけにとどまらない。7月1日に始まる清祓いの儀式から、各町内の準備作業、曳山の組み立て、そして一連を締めくくる解体まで、祭りに関わるすべてが含まれている。
曳山を読み解く
土崎の曳山は、ケヤキで枠組みした台車の上に組まれる。台車の横には町名が彫り込まれている。車輪も車軸も木製で、曳き手は軽油にサラダ油などを混ぜたものを注いで回りを助ける。その結果、ゆっくりと軋む音と独特の匂いが、姿が見える前から曳山の到来を告げる。
台車の前3分の2が見せ場である。骨組みに紺木綿の布をかけて険しい岩山をかたどり、松や杉の生木とヤマツゲを配する。中央には男岩・女岩の一対の夫婦岩が立ち、その間に滝を流し、前方には波しぶきを表すことが多い。前面のステージには、歴史上の合戦の場面を演じる勇壮な武者人形が並ぶ。場面の題名を記した「外題札」が高く掲げられ、人形ごとの名を示す小さな札も添えられる。
後ろ3分の1は趣が異なる。箱型の櫓に囃子方が乗り、赤い角灯篭がそれを囲む。櫓の上には「見返し」が据えられる。世相を風刺する人形と、その年の出来事をしばしば辛口に詠んだ七五調の文句の組み合わせである。出来の良い見返しを競うコンクールがあり、受賞した町内は見返しの横にその札を掲げる。
曳山の高さを左右するのは市内の電線である。通常は岩の高さ5メートルを基準に組まれ、ケーブルの下を通れるよう4.7メートル以内に抑えられている。かつてはそうではなかった。明治11年(1878年)にイギリス人のイザベラ・バードが土崎の曳山を見て、その一部を50フィート近くと書き記している。電線が普及するにつれ、曳山は今の高さまで下げざるを得なくなった。
二日間の流れ
7月20日は宵宮である。各町内はまず自分の町内を曳き回す。これによって町内の災いを祓うとされる。そののち神明社へ向かい、お祓いを受ける。平成18年(2006年)、土崎駅前の道路拡張にともない神社の鳥居がかさ上げされて以降、曳山は鳥居をくぐって境内に乗り入れられるようになった。これを「郷社参り」と呼ぶ。昼食休憩の時間帯に合わせる町内が多いため、正午ごろに駅へ着いた人は、出口のすぐそばで複数の曳山を一度に見られることが多い。
7月21日は本祭りである。午前のうちに、すべての曳山が土崎南端の穀保町のお旅所へ集まり、御神体を乗せた神輿を迎える。神輿の先導は、面を付けた猿田彦が務める。昼12時半ごろに上がる花火を合図に、曳山は号車順に北へと進み、神輿に供奉する。この昼の巡行が「送り曳山」である。
多くの見物客が訪れる理由は夜にある。午後8時、二度目の花火が「戻り曳山」の合図となり、各町内が帰路につく。前方の角灯篭が闇に赤く灯り、武者人形は後方から提灯に照らされる。曳き手は綱を激しく曳き、ときに走り出す。囃子は「あいや節」に変わり、掛け声は荒々しくなる。曳山は時おり止まり、曳き手自身が土崎盆踊りを踊る。爽快で、しかも本当に体を使う仕事である。一つもあざを作らずに夜を終えた曳き手は、参加したうちに入らないと土地の人は言う。
土崎の音
祭りの囃子は「港ばやし」と呼ばれ、花輪ばやし、角館の飾山囃子とともに秋田県三大囃子に数えられる。5曲からなる組曲で、それぞれが巡行の場面と結びついている。「人を集める」とされるテンポの速い「寄せ太鼓」は午前の時間帯と神輿の送迎を担い、「湊ばやし」が昼の送り曳山を、「あいや節」が夜を受け持つ。
櫓の中では、太鼓・笛・摺鉦をそれぞれ一人が受け持ち、囃子を止めることなく交替していく。多くの奏者はこの三つすべてを演奏できる。港ばやしは戦前は家元・世襲によって受け継がれたが、現在は港に拠点を置く複数の保存会によって伝承されている。
訪れる前に
祭りは曜日にかかわらず、毎年7月20日・21日に行われる。土崎へのアクセスは難しくない。奥羽本線でJR土崎駅は秋田駅の北隣で、所要は7分ほど。駅の出口から土崎神明社までは徒歩3分ほど、さらに少し歩けば露店が集まる本町通りに出る。
両日とも地区一帯で交通規制が敷かれ、巡行路の近くまで車で入るのは現実的でない。ポートタワーセリオンの駐車場に停めて歩くか、電車で向かうのがよい。見るだけでなく参加したい場合は「ふれあい曳山」を探すとよい。観光客が綱を手に曳山を曳ける催しで、参加は無料である。
この祭りには「カスベ祭り」という愛称もある。保存食の乏しい盛夏の時期、港の家々ではガンギエイ科の魚カスベの干物を戻し、甘辛く煮付けて祭りの料理とする風習があった。上手に煮ることは腕の見せどころとされ、祭りが近づくと地域のスーパーマーケットには干しかすべが大量に並ぶ。
土崎と秋田のまわり
祭り会場にもっとも近いのは、秋田の海沿いに建つ展望塔ポートタワーセリオンである。道の駅を併設し、本町通りから国道7号を渡って歩いて行ける距離にある。秋田の中心部までは電車で15分ほど。久保田城跡に造られた千秋公園を散策でき、画家レオナール・フジタの大壁画で知られる秋田県立美術館もある。
長めの旅程を組む人は、秋田のもう一つの大きな夏の行事である竿燈まつりが8月初めに続くことを覚えておくとよい。長い竹竿に提灯を吊るして掲げる祭りで、その太鼓は土崎で聞く「寄せ太鼓」とよく似た性格をもつ。両方を見ると、北国の短く濃密な夏を、この地域がどう刻むのかがより深く伝わってくる。
Q&A
- いつ開催され、日程は変わりますか。
- 毎年7月20日・21日に行われます。日付は固定で週末にずれることはなく、曜日は年によって異なります。
- 曳山は何台出ますか。
- 台数は年によって変わります。各曳山は町内ごとに組み立てられ、参加するかどうかをその都度決めるためです。近年はおおむね20台前後で、2023年は26台が奉納されました。
- 時間が限られる場合、どこを優先すべきですか。
- 21日夜の戻り曳山が最大の見どころで、灯篭をともした曳山と最も勇壮な曳き回しが見られます。昼しか訪れられない場合は、正午前後に土崎駅近くで行われる郷社参りで複数の曳山を間近に見られます。
- 見るだけでなく参加できますか。
- できます。「ふれあい曳山」は観光客が綱を手に曳山を曳ける催しとして運営されており、参加は無料です。
- 曳山の高さはどのくらいですか。
- 通常は岩の高さ5メートルを基準に組まれ、電線を避けるため4.7メートル以内に収められます。かつてははるかに高く、1878年の記録には50フィート近い曳山があったとされています。
基本データ
| 名称 | 土崎神明社祭の曳山行事(つちざきしんめいしゃさいのひきやまぎょうじ) |
|---|---|
| 所在地 | 秋田県秋田市 土崎港地区 |
| 指定区分 | 重要無形民俗文化財(風俗慣習:祭礼(信仰)) |
| 指定年月日 | 平成9年(1997年)12月15日 |
| ユネスコ登録 | 平成28年(2016年)「山・鉾・屋台行事」の一つとして代表一覧表に記載 |
| 開催日 | 毎年7月20日(宵宮)・21日(本祭り) |
| 保護団体 | 土崎神明社奉賛会(氏子町内の連合体) |
| 関係神社 | 土崎神明社(土崎港中央3丁目・湊城本丸跡) |
| アクセス | JR土崎駅(奥羽本線)から徒歩約3分 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/302/673
- 文化遺産オンライン
- https://bunka.nii.ac.jp/special_content/intangible/209998
- 秋田市公式サイト「土崎港曳山まつりについて」
- https://www.city.akita.lg.jp/kurashi/kyodo-chiiki/1005328/1004620/1009756/1004622.html
- アキタッチ+(秋田市観光・イベント情報総合サイト)
- https://www.akita-yulala.jp/festival/32
- 土崎神明社祭の曳山行事(ウィキペディア日本語版)
- https://ja.wikipedia.org/wiki/土崎神明社祭の曳山行事
最終更新日: 2026.05.23