旧笠石家住宅 ― 馬と人が一つ屋根の下で暮らした農家

旧笠石家住宅に足を踏み入れて最初に気づくのは、建物のかなりの部分が人のためではなく馬のために設けられていることだ。全体のおよそ三分の一が「まや」と呼ばれる馬屋にあてられ、家族が食事をし、囲炉裏で暖をとり、眠る部屋のすぐ隣にそれが並んでいる。現在の青森県十和田市にあたる上北地方の山あいでは、馬は離れた小屋で飼う家畜ではなかった。煮炊きの火から数歩の場所で、屋内に飼われていた。

建物が建つのは、十和田湖から流れ出る奥入瀬川の右岸、奥瀬の栃久保集落である。間取りはL字に曲がらず一棟の長方形にまとまる直屋(すごや)で、寄棟の小屋組に厚い茅葺の屋根をのせる。桁行はおよそ18.7メートル、梁間はおよそ10.2メートル。代々この高地で農業を営んだ笠石家の住まいで、重要文化財に指定された昭和48年ごろまで、実際に暮らしの場として使われていた。

なぜ重要文化財に指定されたのか

旧笠石家住宅が国の重要文化財に指定されたのは、昭和48年(1973年)2月23日である。建築年代を記した確かな史料は残っていないが、構造や形式から江戸後期、18世紀後半の建築と推定されている。指定の理由は華やかさにあるのではない。中農クラスの農家らしい簡素な造りでありながら、ほかの家から姿を消した古い建築の手法を、よく残している点に価値がある。

柱は土台を回さず、礎石の上に直接立てる石場建ての構法をとる。梁などの主要な構造材はのこぎりや鉋で平らに仕上げず、手斧(ちょうな)で削っており、刃が残した浅い削り跡が今も表面に見える。居室はいずれも板敷で、天井を張らずに小屋裏まで開け放たれ、煤けた梁がそのまま見上げられる。これらは農家建築の比較的古い段階の特徴で、多くの民家では失われたのち、この家では手つかずに残された。

馬屋にはもう一つの手がかりがある。その梁組は居住部分とは異なる組み方で、研究者はこれを、かつて馬屋が住居とは別棟だった時代の名残と読む。つまりこの建物には、広い馬屋と居住部分が次第に一棟の屋根の下にまとめられていった、この地方の住居の成り立ちの一段階が刻まれている。

見どころ

足を止めて見たいのは馬屋である。馬をつなぐために柱が一間(約1.8メートル)ごとに立てられ、その空間の広さそのものが、この家にとって馬の飼育がどれほど中心的だったかを示している。旧南部領の北部は良馬の産地として知られ、間取りはその経済のあり方を、どんな文書にも劣らずまっすぐに示している。

見上げてみたい。天井がないため、構造はすべて露わになっている。煤けて黒ずんだ梁、光をとらえる手斧の削り跡、そして茅葺の裏側。囲炉裏とかまど、土間の作業場は、一つの空間が煮炊きから手仕事、日々の雑事までを担っていた様子を分かりやすく見せる。部屋を順にたどると間取りの理屈が見えてくる。一方の端に馬屋、中ほどに台所と作業場、その先に居間・客間・寝床と物置が続く。

後世の改造を取り除いて当初の間取りに復元されているため、歩いて巡る空間は、茅葺を維持するための修理を加えつつも、二百年あまり前に建っていた姿に近い。

周辺とアクセス

同じ敷地内には十和田市十和田湖民俗資料館が建つ。地域住民から寄贈された農具や生活用具、機織りの道具などを展示し、その多くはガラス越しではなく直接手で触れて確かめられる。住宅と資料館を合わせて見ると、この地域の暮らしの輪郭がはっきりしてくる。

立地は、日本でも名高い二つの景観のあいだにある。いずれも特別名勝かつ天然記念物に指定される十和田湖と奥入瀬渓流が車で近く、住宅を十和田・八幡平方面の旅程に組み込む人が多い。車なら焼山(十和田湖温泉郷)から約10分、東北新幹線の七戸十和田駅からは約1時間半。バスの場合は七戸十和田駅または八戸駅から十和田観光電鉄バスで「十和田市中央」へ向かい、焼山行きに乗り換えて「片貝沢」で下車、徒歩約20分である。

Q&A

Q建物の中に入れますか。
A入れます。隣接する民俗資料館とあわせて一般公開されています。入館料は無料です。開館時間は4月から10月が9時00分から16時30分、11月から3月が9時00分から16時00分です。
Q休館日はいつですか。
A火曜日(火曜日が国民の祝日のときは翌日)と、12月29日から1月3日の年末年始です。遠回りになる場合、とくに冬季は事前に確認してから向かうと安心です。
Qなぜ建物の多くが馬屋なのですか。
A旧南部領のこの地域では馬産が経済の柱でした。家屋の約三分の一を占める馬屋に馬を屋内で飼うことは、厳しい冬から貴重な馬を守り、家の生計が馬と深く結びついていたことを表しています。
Q建物はどのくらい古いのですか。
A正確な建築年を記した史料は残っていません。構造や形式から、江戸後期にあたる18世紀後半の建築と推定されています。
Q近くに見どころはありますか。
A十和田湖と奥入瀬渓流がいずれも車で行きやすく、あわせて訪ねるのに向いています。焼山(十和田湖温泉郷)は約10分と近く、滞在の拠点に便利です。

基本情報

名称旧笠石家住宅(きゅうかさいしけじゅうたく)
所在地青森県十和田市大字奥瀬字栃久保80番地(国の指定台帳には旧称の上北郡十和田湖町として登録)
指定区分重要文化財(建造物)、昭和48年(1973年)2月23日指定
員数1棟
時代江戸後期、18世紀後半(推定)
構造・形式桁行約18.7メートル、梁間約10.2メートル、寄棟造、茅葺、直屋
所有者十和田市
公開状況公開。入館料無料。4月~10月9時~16時30分、11月~3月9時~16時。火曜日および12月29日~1月3日休館
問合せ先十和田市十和田湖民俗資料館 電話0176-74-2547

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/86
文化遺産オンライン(国立文化財機構)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/184236
旧笠石家住宅(青森県教育委員会)
https://www.pref.aomori.lg.jp/soshiki/kyoiku/e-bunka/jubun_kenzoubutu_18.html
十和田市十和田湖民俗資料館(十和田市)
https://www.city.towada.lg.jp/bunka/bunka/minzokushiryoukan.html

最終更新日: 2026.06.03