尻屋埼灯台──本州最北東端に立つ煉瓦造の白亜の塔

津軽海峡と太平洋がぶつかり合う本州最北東端、青森県下北半島の突端に、白く美しい煉瓦造の灯台が静かに立っています。明治9年(1876年)に東北で最初の洋式灯台として点灯した尻屋埼灯台は、現役の煉瓦造灯台として日本一の高さを誇り、令和4年(2022年)12月に国の重要文化財に指定されました。「日本の灯台の父」と呼ばれた英国人技師リチャード・ヘンリー・ブラントン設計の二重円筒構造、日本で初めて設置された霧信号、日本最初の電気灯台──尻屋埼灯台はまさに「日本初」を幾重にも重ねた近代化の生き証人です。周囲には青森県天然記念物「寒立馬」が放牧され、最果ての地ならではの絶景が広がります。

難破岬と呼ばれた海と、新時代の灯

尻屋崎沖は、古くから航海者に恐れられてきた海域でした。暖流と寒流がぶつかり潮目が複雑に変わり、春から夏にかけては「やませ」と呼ばれる東風が濃霧を呼び、海面下には岩礁が広がります。難波岬(なんばみさき)、あるいは「船の墓場」とも呼ばれ、数えきれぬほどの船がこの地で姿を消しました。

明治の世となり、日本が国際貿易を本格化させると、津軽海峡の航行安全は国家的課題となります。明治政府はお雇い外国人として英国人技師リチャード・ヘンリー・ブラントンを招き、全国に洋式灯台網を整備していきました。尻屋埼灯台は明治6年(1873年)6月に着工され、3年4か月の工期を経て明治9年10月20日に竣工・初点灯。東北地方で最初の洋式灯台の誕生でした。

用いられた煉瓦は、なんと尻屋の地で焼かれたもの。当時としては最果ての地で、これだけの規模の煉瓦造建築を成し遂げたこと自体が、明治日本の意気込みを物語っています。塔高は32.8メートル、現役の煉瓦造灯台としては今も日本一の高さです。

なぜ重要文化財に指定されたのか

令和4年(2022年)12月12日、文化庁は尻屋埼灯台を国の重要文化財に指定しました。理由は、技術的にも歴史的にも他に代えがたい価値が認められたためです。

明治初期の煉瓦造技術の集大成

外壁と内壁が独立して立つ「二重円筒構造」は、強風と寒暖差の激しい尻屋崎の環境に耐えるための設計です。ブラントンが日本で最後期に手がけた灯台のひとつであり、彼自身の灯台設計の集大成と評されます。太平洋側に建設された初期の煉瓦造灯台のなかでも、最も意欲的な技術的挑戦のひとつとして高く評価されています。

日本における霧信号発祥の地

点灯翌年の明治10年(1877年)11月、灯ろう外縁に吊るされた霧鐘が日本で最初の霧信号となりました。さらに明治12年(1879年)12月20日には、日本初の蒸気式霧笛が設置されています。この日にちなみ、12月20日は「霧笛記念日」と定められました。霧信号という新しい技術が日本で最初に芽吹いた場所、それが尻屋崎なのです。

日本初の電気灯台

明治34年(1901年)12月、尻屋埼灯台にフランスのエクミール灯台をモデルとしたアラード式電気アーク灯が設置されます。これが日本における灯台電化の第一歩でした。光度は3万6千燭光から一気に1300万燭光へと跳ね上がり、その明るさは航海者から「海の太陽」と讃えられたといいます。設計、霧信号、電化──尻屋埼灯台は明治日本の最先端技術が層を成す、生きた博物館でもあります。

魅力と見どころ

全国に16基しかない「のぼれる灯台」のひとつ

尻屋埼灯台は、内部公開されている全国16基の参観灯台のひとつ。128段の螺旋階段を登りきった先には、遮るもののない360度のパノラマが待っています。晴れた日には津軽海峡の向こうに北海道の恵山(えさん)、南には下北半島最高峰・釜臥山と恐山山地の山並み、そして眼下には太平洋と津軽海峡がぶつかる潮目を望むことができます。

青森県天然記念物「寒立馬(かんだちめ)」

灯台周辺の草原には、約20〜40頭の寒立馬が放牧されています。南部藩政時代から続く田名部馬を起源とし、後にフランスのブルトン種と交配して生まれた、寒さと粗食に耐えるたくましい在来系の馬です。短い脚にどっしりとした胴体、人懐っこい性格が魅力。4月から11月にかけて尻屋崎国定公園内で自由に草を食み、春には親子で寄り添う愛らしい姿も見られます。

足元に広がる地球の記憶

尻屋崎は下北ジオパークの中心地のひとつ。岬の岩盤は、下北半島でもっとも古い時代に形成された「付加体」と呼ばれる地層で、海底に堆積した砂泥や、サンゴ礁由来の石灰岩、そして大地の褶曲を観察することができます。海岸線には風と波が削った奇岩も点在し、地球が紡いだ時間の長さを実感できる場所です。

「怪火(あやしび)」の伝説

太平洋戦争末期の昭和20年(1945年)7月、米軍艦載機の機銃掃射により灯台は大きな被害を受け、当時勤務していた村尾常人標識技手が殉職しました。ところが翌昭和21年、破壊されたはずの灯台から光が放たれているのを通航船舶や周囲の住民、灯台職員までもが目撃したといいます。この光のおかげで遭難を免れた漁船もあったと伝わります。同年8月に霧信号舎屋上に仮の灯火が点灯されると、不思議な光は消えました。塔には今も当時の銃撃の跡が残り、訪れる人に静かな歴史を語り続けています。

周辺の見どころ

尻屋崎を訪れたら、ぜひ周辺の名所も合わせて巡ってみてください。

  • 尻屋崎ビジターハウス(地域の自然・寒立馬・灯台史の展示)
  • 尻屋崎海岸線(奇岩や海鳥、夏には可憐な海浜植物)
  • 猿ヶ森埋没林(砂丘に呑まれた古代の森。下北ジオパークの代表的なジオサイト)
  • 恐山菩提寺(日本三大霊場のひとつ。車で約1時間半)
  • むつ市街(下北半島観光の拠点。温泉、ホタテやイカなど三陸の海の幸も豊富)

Q&A

Q尻屋埼灯台はいつ参観できますか?
A参観実施期間は例年4月中旬から11月上旬です。令和8年(2026年)は4月18日〜11月8日が予定されており、開館時間は午前9:00〜12:00、午後13:00〜16:00(最終入場は閉館15分前)。冬季はゲートも閉鎖されるためご注意ください。
Q参観料はかかりますか?
A中学生以上の参観者から、参観寄付金として一人300円のご協力をお願いしています。これは公益社団法人燈光会による灯台の維持・公開事業に充てられます。
Qアクセス方法を教えてください。
Aむつ市街から青森県道6号むつ尻屋崎線を経由して車で約1時間。5月1日〜10月31日の期間は、むつバスターミナルから下北交通バス尻屋崎線も運行しており、所要約1時間です。冬季は岬全体のゲートが閉鎖されます。
Q寒立馬は確実に見られますか?
A4〜11月であればまず見られますが、放牧場所はその日の天候や採食状況で移動するため、必ずしも灯台のすぐそばにいるとは限りません。ビジターハウスで当日の居場所を確認するのがおすすめです。1〜3月は越冬放牧地「アタカ」に移動しています。
Q灯台の上まで登るのは大変ですか?
A128段の螺旋階段を登る必要があり、塔上の展望スペースもそれほど広くありません。閉所や高所が苦手な方、足腰に不安のある方は、地上から外観や寒立馬を楽しむのもおすすめです。

基本情報

名称 尻屋埼灯台(しりやさきとうだい)
指定区分 重要文化財(令和4年12月12日指定)
所在地 青森県下北郡東通村大字尻屋字尻屋崎1番1
所有者 国(海上保安庁)
設計 リチャード・ヘンリー・ブラントン(英国人技師)
建設 明治6年(1873年)6月着工/明治9年(1876年)10月20日竣工・初点灯
構造 金属製・煉瓦造、二重円筒形式、建築面積82.03㎡
塔高 32.8m(現役の煉瓦造灯台として日本一の高さ)
レンズ 第二等閃光フレネルレンズ
参観期間 4月中旬〜11月上旬(冬季休止)
参観寄付金 300円(中学生以上)
運営 公益社団法人燈光会 尻屋埼支所(TEL 0175-47-2889/参観期間中のみ)

参考文献

文化遺産オンライン|尻屋埼灯台
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/587616
青森県庁|尻屋埼灯台(重要文化財指定情報)
https://www.pref.aomori.lg.jp/soshiki/kyoiku/e-bunka/torokuyukei_101_00.html
文化庁|近代の文化遺産の保存と活用:尻屋埼灯台
https://www.bunka.go.jp/kindai/todai/001/index.html
公益社団法人燈光会|尻屋埼灯台
https://www.tokokai.org/tourlight/tourlight16/
東通村|観光スポット
http://www.vill.higashidoori.lg.jp/nousui/page400001.html
Amazing AOMORI|尻屋埼灯台
https://aomori-tourism.com/spot/detail_45.html
海と灯台プロジェクト|尻屋埼灯台
https://toudai.uminohi.jp/toudai/shiriyazaki/
下北ジオパーク|尻屋崎エリア
https://shimokita-geopark.com/area/shiriyazaki/

最終更新日: 2026.05.03