円覚寺薬師堂内厨子 ― 青森県最古とされる室町の小宇宙

青森県でいちばん古い建造物は、大きな本堂でも城の天守でもない。仏像一体がようやく納まるほどの、木造の厨子である。青森県西津軽郡深浦町の円覚寺、その薬師堂のなかに安置された「薬師堂内厨子」がそれにあたる。永正3年(1506年)、室町後期の作で、以来五百年あまり、これを守るために建てられた建物のなかに納められてきた。

厨子とは、仏像など聖なる像を安置するための入れ物を指す。この厨子は、小さな建築そのものとして造られている。間口は一間、屋根は入母屋造、葺き材には瓦ではなく薄い板を用いる。薬を司り病を癒やす薬師如来の像を納めることから、外側の堂は薬師堂と呼ばれる。その薬師堂は、弘化4年(1847年)に円覚寺がこの厨子を覆い守るためだけに建てた鞘堂である。古い建物を守るために、もう一つの建物を建てた、というかたちになっている。

指定の理由 ― 1506年の禅宗様建築

文化庁はこの厨子を、昭和28年(1953年)8月29日に国の重要文化財に指定した。価値の所在はおおきく二つある。一つは古さである。製作年の永正3年(1506年)は室町時代も末に近く、年代の判明している建造物としては、県内でこれより古いものは見当たらない。もう一つは様式である。

厨子の意匠は、当時「唐様(からよう)」と呼ばれ、現在は禅宗様と称される様式に属する。宋代の中国から日本へ入った建築の手法で、軒下に密に組まれた組物、上部が尖頭状に曲がる花頭窓、桟をはめた桟唐戸などにその特徴があらわれる。これだけ小さな造作のうえに、本来は堂の正面いっぱいに展開する意匠が凝縮されている点が、近くで眺める価値を生んでいる。

年代は推測ではない。同じ永正3年に、葛西木庭袋伊予守頼清が円覚寺の堂宇を再建したことが棟札に記され、厨子はこの再建の一連の事業に位置づけられる。寺では、用材に木曽桧を用い、飛騨の工人の手になると伝える。後者の二点は銘記によるものではなく寺伝であり、その前提で受け取るのがよい。

寺と海

この厨子は、置かれた場所と切り離して語りにくい。円覚寺は正式には春光山円覚寺といい、真言宗醍醐派の寺院である。寺伝では大同2年(807年)の坂上田村麻呂による創建、貞観10年(868年)の円覚法印による再興を起こりとし、寺名はこの円覚法印に由来する。本尊は十一面観音で、三十三年に一度だけ開帳される秘仏である。次回の開帳は2051年7月17日に予定されている。

深浦は長く、日本海に面した風待ちの湊だった。江戸期には北前船がここで天候の回復を待ち、船乗りたちは航海の無事を祈った。寺は海の守り手「澗口観音(まぐちかんのん)」として知られていく。沖で嵐に遭った船が一心に祈ると、境内の大杉の梢から一条の光が放たれ、船を陸へ導いたという伝承がある。その杉は龍灯杉と呼ばれ、樹齢千年を優に超えると見られる古木として今も境内に立つ。

礼を尽くした船乗りたちが残した奉納品は、それ自体が国の文化財である。航海の感謝に切って捧げた髷を額装した「髷額」や、船を描いた船絵馬などは、国の重要有形民俗文化財として寺宝館に収められている。人の毛髪で刺繍した掛軸という希少な品もある。薬師堂の小さな厨子は、こうした品々と境内を分かち合いながら、海に生きた人々の不安と感謝に形づくられた寺の、静かな核として置かれている。

深浦を訪ねる

円覚寺は深浦の中心部、海沿いの道から大きな山門が見える斜面に建つ。薬師堂と厨子は境内にあり、寺では拝観料を納めることで寺宝の案内を受けられる。所要はおよそ30分。聖なる品や傷みやすい品が含まれるため寺宝の撮影は許されておらず、本尊の観音も開帳の年以外は閉じられている。拝観時間はおおむね4月から11月が8時から17時、冬季は1時間早く閉まる。料金や当日に見られる範囲は事前に確認しておくと安心である。

深浦はJR五能線の沿線にある。日本海の海岸線に沿って走るこの単線は、北日本でも有数の車窓で知られる。寺は深浦駅から徒歩で20分ほど。近くには湊の歴史を紹介する風待ち館、太宰治が泊まった旅館を活かしたふかうら文学館がある。少し足を延ばせば十二湖や、世界遺産のブナ林・白神山地もあり、海沿いの一日の拠点にしやすい町である。

Q&A

Q薬師堂内厨子とは、結局どのようなものですか。
A小さな建築として造られた厨子(仏像を納める入れ物)です。永正3年(1506年)に薬師如来像を安置するために作られました。間口一間、入母屋造の屋根をもち、青森県内で最も古い建造物とされています。
Qこんなに小さいのに、なぜ「建造物」なのですか。
A家具ではなく、れっきとした建築だからです。組物や屋根の架構、桟唐戸といった堂と同じ技法を縮尺で再現しており、日本の文化財制度では工芸品ではなく建造物として扱われます。
Q実際に見ることはできますか。
A厨子を納める薬師堂は境内にあり、寺では拝観料を納めると寺宝の案内が受けられます。どこまで間近に見られるかは状況によるため、寺へ直接尋ねるのが確実です。寺宝の撮影はできません。
Q鎌倉の有名な円覚寺と同じ寺ですか。
A別の寺院で、名が同じだけです。鎌倉の円覚寺は臨済宗の大本山です。深浦のこの円覚寺は真言宗醍醐派で、海上安全の祈願寺として知られています。
Q本尊の観音はいつ見られますか。
A十一面観音は秘仏で、三十三年に一度のみ開帳されます。次回は2051年7月17日の予定です。開帳の年以外は閉じられていますが、寺宝館では別の品々を見ることができます。

基本情報

名称円覚寺薬師堂内厨子(えんかくじやくしどうないずし)
所在地青森県西津軽郡深浦町大字深浦(円覚寺内)
指定区分重要文化財(建造物)
指定年月日昭和28年(1953年)8月29日
年代永正3年(1506年)/室町後期
員数1基
構造及び形式一間厨子、入母屋造、板葺
所有者円覚寺
アクセスJR五能線・深浦駅から徒歩約20分
公開状況境内に所在。拝観料により寺宝の案内あり(詳細は寺へ要確認)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/79
春光山円覚寺 公式サイト(境内諸堂配置マップ)
https://www.engakuji.jp/about/keidai-map/
春光山円覚寺 公式サイト(交通アクセス)
https://www.engakuji.jp/access/
Amazing AOMORI(青森県観光情報サイト)
https://aomori-tourism.com/spot/detail_76.html
旅東北(東北観光推進機構)
https://www.tohokukanko.jp/attractions/detail_1007200.html

最終更新日: 2026.06.03