手のひらに乗るほどの、怒れる仏

結縁寺で最初に意表を突かれるのは、その小ささである。本尊と聞いて堂々たる像を思い描いて訪れた人は、厨子の扉が開き、像高わずか四十七センチの銅像が立つ姿を目にして、しばし立ち止まる。これが千葉県印西市の真言宗の小寺に伝わる銅造不動明王立像であり、印西市域でも珍しい重要文化財のひとつである。

不動明王は、密教において仏法を守る忿怒の尊である。やさしい表情ではない。右手に握る剣は迷いを断ち切り、左手の羂索(けんさく)と呼ばれる縄は、人を覚りから遠ざける障りを縛る。本像は銅造の岩座の上に立ち、腰をひねって左足をわずかに開く。小さな体躯の全体に、寸法からは想像しにくい緊張がみなぎっている。

顔をよく見てほしい。両眼はともに大きく見開かれ、まっすぐ前方をにらむ。この一点が、見た目以上に重要な意味をもつ。後の時代になると、不動明王の眼は片方を上に、片方を下に向ける「天地眼(てんちがん)」とされることが多いが、この像は両眼を見開く古い形を保っている。片方は上の牙で下唇を、もう片方は下の牙で上唇をかみ、巻髪は一筋の弁髪となって左肩に垂れている。

一三〇三年、その日付まで分かる像

古い仏像の多くは、数十年の幅でしか年代を絞れない。ところがこの像は、ほぼ日付まで特定できる。裳の前面には、嘉元元年九月十五日、願主である権律師滝尊の手によって造られたことを示す刻銘が鋳出されている。西暦に直せば一三〇三年、鎌倉時代も末期にあたる。

この明確さこそが、早くも大正三年(一九一四年)四月に本像が重要文化財へ指定された理由である。年代の確かな銅造の不動明王は数少ない。不動明王像は木彫が圧倒的に多く、鋳銅製の作例はそれだけで希少であるうえ、はっきりした紀年銘をもつ像は、年代の分からない他の作品を測るための基準となる。研究者は、太くがっしりと構えた両腕と、条帛や腰裳を簡潔にまとめた太造りの体躯に、鎌倉彫刻が最終局面で示した写実的で力強い造形感覚を読み取っている。

目にするものすべてが当初のものではない。剣、羂索、火炎を象った光背、岩座、そして眼と牙にさす金泥は、いずれも後の時代に補われたものである。頭頂部に残る小さな枘(ほぞ)は、失われた頂蓮のなごりにすぎない。胸元の鋲穴は、かつて胸飾りを留めていた跡である。銅の表面に見える荒れは、過去の火災の痕跡と考えられている。それでも像の価値は揺るがない。むしろ後補の数々は、七百年にわたって人の手で扱われ、守られ、繕われてきた一体の長い歩みを記録している。

扉が開くのは、年に一日

実物を拝むには段取りがいる。本像は秘仏であり、一年のうち一日を除いて厨子の中に閉じられている。毎年九月二十八日、寺は開帳を行い、その一日だけ、参拝者は開かれた厨子の前に進み、銅の像とほとんど向かい合うようにして立つことができる。

この格式の背後には、人間味のある逸話が残る。自治体の記録によれば、本像は長く厨子に封じられるよりも地域に伝えられてきたもので、古老の話では、子どもたちが帯で像を背負って遊んだという言い伝えもあるという。記憶が正確かどうかは分からないが、年に一度だけ姿を見せる寺宝となる前は、村の暮らしに身近な存在であったことをうかがわせる。

現在の本堂は、平成十七年(二〇〇五年)に銅板葺・入母屋造で再建された素朴な堂である。見どころは、その対比にある。小さく猛々しい尊像と、静かな里の寺、そして両者が年に一度だけ世間の目にまみえる瞬間と。

結縁寺のまわり

寺は、近隣のニュータウンとは別世界のような、保たれた里の一隅に立つ。正式には晴天山西光院結縁寺と称し、真言宗豊山派に属する。寺伝では八世紀初めの神亀年間に行基が開いたと伝わり、また別の地元の言い伝えでは、武将源頼政の家臣が主君の首をこの地に葬ったことを起こりとするとも伝えられる。いずれも記録に裏づけられた史実ではなく伝承だが、土地の色合いを濃くしている。

訪れるなら秋がよい。寺の周りの斜面や水辺は、彼岸花の群れで赤く染まり、その景色は印西八景のひとつに数えられている。続いてコスモスが咲き、入口近くに復元された花井戸も道行きに彩りを添える。結縁寺池とそのほとりの弁財天の小さな祠を巡れば、静かな三十分ほどの散策になる。

足の便としては、北総線で千葉ニュータウン中央駅まで行き、ちばレインボーバスの高花行きに乗り換え、高花団地入口で下車して徒歩約五分。境内の脇には無料の駐車場があり、五台ほどが停められる。

Q&A

Qいつ訪れても像を拝観できますか。
Aいいえ。秘仏のため、開帳は毎年九月二十八日の一日のみです。それ以外の日は厨子の扉が閉じられていますが、境内は歩いて拝観できます。
Q銅造の不動明王はなぜ貴重なのですか。
A不動明王像は木彫が大半で、鋳銅製の作例は数が少ないためです。本像は一三〇三年という明確な紀年をもち、鎌倉時代末期の彫刻を考えるうえで貴重な基準作となっています。
Q像の大きさはどのくらいですか。
A像高は約四十七センチで、本尊としては小ぶりです。その意外な小ささも、実際に拝んだときの印象を強くしています。
Q寺そのものを訪ねるなら、いつが見頃ですか。
A九月中旬から下旬です。境内の周りに彼岸花が咲き、年に一度の開帳が二十八日にあたります。両者の時期がほぼ重なるため、初秋が自然な選択になります。
Q公共交通機関での行き方を教えてください。
A北総線で千葉ニュータウン中央駅まで行き、ちばレインボーバスの高花行きに乗って高花団地入口で下車します。そこから徒歩約五分です。

基本情報

名称銅造不動明王立像(どうぞうふどうみょうおうりゅうぞう)
所在地千葉県印西市結縁寺516(結縁寺)
所有者結縁寺(晴天山西光院結縁寺・真言宗豊山派)
指定区分重要文化財(彫刻)/大正3年(1914年)4月17日指定
員数1躯
年代鎌倉時代・嘉元元年(1303年)刻銘
品質・寸法鋳銅製、像高約47センチ
公開状況秘仏。毎年9月28日の開帳のみ拝観可
アクセス高花団地入口バス停(千葉ニュータウン中央駅からちばレインボーバス)より徒歩約5分

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/2767
銅造不動明王立像(千葉県教育委員会)
https://www.pref.chiba.lg.jp/kyouiku/bunkazai/bunkazai/n131-001.html
銅造不動明王立像[国指定重要文化財(彫刻)](印西市)
https://www.city.inzai.lg.jp/0000005007.html

最終更新日: 2026.06.20