年号をもつ一面の鏡
平安時代に作られた品で、いつ生み出されたかをはっきり語るものは多くない。千葉県の香取神宮が所蔵する双竜鏡は、その数少ない例外である。この白銅製の和鏡には「久安五年正月十一日」の銘が記されており、西暦に直すと1149年にあたる。製作年が刻まれているという一点が、整った姿の鏡を単なる美しい工芸品以上のものにしている。年代の定まらない他の鏡を位置づけるための、ゆるがない基準点となるからである。
直径は20.5センチメートル、縁の高さは約5ミリメートルで、断面が丸みを帯びた蒲鉾形をなす。映す面は錫を多く含む白銅で鋳造され、磨くと銀白色に光る。装飾は裏側の鏡背にあり、ここに表された二匹の竜が、鏡の名の由来となっている。
一面の鏡がもつ重み
この時代の鏡は和鏡と呼ばれる。平安時代も後期になると、工人たちは大陸渡来の唐式の作風から離れ、鳥や花、松を配したやわらかく絵画的な意匠へと向かっていった。その流れのなかで双竜鏡は二重の意味で異例である。まず、その装飾はわが国で育ちつつあった意匠の系統に属していない。一対の竜は、宋代の中国、あるいは高麗の朝鮮で作られた鏡の様式を映している。
そして何より、銘の日付が重い。鏡背に文様をもつ和鏡のうち、年号を記した在銘の作例としては、これが現存最古のものとされる。年代の記載をもたない鏡は、時期を定めるのが難しい。作風はゆるやかに移り変わり、古い鋳型が使い回されることもあったためである。年号の確かな一面は、いわば物差しの役を果たす。研究者はこれに照らして他の鏡の前後関係を推し量ることができ、双竜鏡はその小ぶりな姿に見合わぬ重要な参照資料となっている。文化庁はこの価値を認め、昭和28年(1953年)11月14日に重要文化財へ指定した。
訪れる前に一点、整理しておきたいことがある。香取神宮には、より広く知られたもう一面の鏡、海獣葡萄鏡がある。唐式の鏡で、日本三名鏡の一つに数えられ、国宝に指定されている。双竜鏡は、観光向けの紹介ではこの国宝としばしば取り違えられる。両者は別の品であり、双竜鏡の指定区分は国宝ではなく、その下に位置する重要文化財である。
双竜の意匠を見る
鏡背の前に立つと、その意匠はゆっくり眺めるほどに見ごたえを増す。中央のつまみのまわりを二匹の竜がめぐり、その体は同じ年代の和鏡が見せるであろうやわらかな曲線ではなく、大陸風の長くしなやかな線で描かれている。この対比そのものが要点である。日本で作られ日本で年号を刻まれた和鏡が、わが国独自の様式が定着しつつあったその時期にあって、外来の装飾の語彙をまとっているのである。
鏡は神宮の宝物館に納められ、国宝の海獣葡萄鏡や、鎌倉時代後期から室町時代初期と見られる陶製の狛犬一対とともに置かれている。こうした品は入れ替えがあり、宝物館も整備のため一時的に閉まることがある。訪問の日に双竜鏡が公開されているかどうか、事前に確かめておくとよい。
香取神宮とその周辺
この鏡は、東国でも古く格式の高い神社の一つに伝わってきた。香取神宮は旧下総国の一宮であり、武の神である経津主大神を祀る。近代より前に「神宮」の号を称したのは、伊勢、鹿島、そして香取の三社のみであった。その格は今も境内に表れている。元禄13年(1700年)に建てられた朱塗りの楼門、同じ年に徳川幕府のもとで造営された黒漆塗りの本殿は、いずれもそれ自体が重要文化財である。
境内にはまた、地震を起こすとされた大鯰を押さえているという要石が、地表にわずかに頭を出している。香取は、旧水路をへだてた茨城の鹿島神宮とともに、参拝者が今も連れ立って巡る東国三社の一社をなす。
門前の町、佐原は少し足をのばせば着く距離にあり、半日の寄り道に向く。江戸期の商家が並ぶ水郷の町並みは重要伝統的建造物群保存地区に選ばれており、ここは19世紀初めに日本の沿岸を測量した伊能忠敬が暮らした地でもある。鉄道で向かうならJR成田線の佐原駅が玄関口となり、そこからタクシーかバスで神宮へ至る。
Q&A
- 参拝のときに双竜鏡を見られますか。
- 香取神宮の宝物館に収められています。入館には少額の初穂料が必要で、おおむね朝から夕方まで開いています。展示には入れ替えがあり、整備のため休館することもあるため、開館の状況と、この鏡が公開されているかを訪問前に確認することをおすすめします。
- 同じ神宮にある国宝の鏡とは何が違うのですか。
- 別の二つの品です。国宝は海獣葡萄鏡で、海獣と葡萄唐草を表した唐式の鏡です。双竜鏡はそれより後の、久安5年(1149年)の銘をもつ和鏡で、重要文化財に指定されています。観光案内では両者が混同されることがあります。
- 1149年という年号がなぜ重要なのですか。
- 平安時代の鏡で製作年を記すものは少なく、鏡背に文様をもつ和鏡のうち、年号を刻んだ在銘の作としては現存最古とされます。そのため研究者は、年代のわからない他の鏡の制作時期を推し量る基準として用います。
- 裏側の文様は何を表しているのですか。
- 名の由来となった二匹の竜です。その様式は、同じ時期の和鏡に多い花鳥の意匠ではなく、宋代の中国や高麗の朝鮮で作られた鏡に通じる大陸風のものです。
- 香取神宮へはどう行けばよいですか。
- JR成田線で佐原駅まで行き、そこからタクシーかバスで神宮へ向かいます。駅と神宮の間には、江戸期の町並みを残す水郷の町・佐原があり、あわせて巡ると一日が充実します。
基本情報
| 名称 | 双竜鏡(そうりゅうきょう) |
|---|---|
| 所在地 | 千葉県香取市香取1697 香取神宮 |
| 所有者 | 香取神宮 |
| 指定区分 | 重要文化財(工芸品) 昭和28年(1953年)11月14日指定 |
| 時代・年代 | 平安時代 久安5年(1149年)銘 |
| 員数・寸法 | 1面 直径20.5センチメートル、縁の高さ約5ミリメートル、白銅製 |
| 公開 | 香取神宮宝物館(公開状況は事前確認を推奨) |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース(双竜鏡)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/5552
- 香取神宮 宝物・文化財
- https://katori-jingu.or.jp/about/treasure/
最終更新日: 2026.06.20