澁谷家住宅米蔵とは

澁谷家住宅米蔵は、千葉県鎌ケ谷市中佐津間にある嘉永元年(1848年)の土蔵造の米蔵で、令和2年(2020年)8月17日に国の登録有形文化財(建造物)となった(文化庁)。読みは「しぶやけじゅうたくこめぐら」。

文化庁の記録では、土蔵造2階建、瓦葺で、建築面積は35平方メートル。昭和50年代(1975〜1984年)に改修されている。登録番号は12-0301である。

主屋の南東に建つ土蔵

澁谷家住宅米蔵は、主屋の南東に西を正面にして建つ(文化庁)。桁行3間、梁間2間の土蔵造2階建で、屋根は切妻造の桟瓦葺である。外壁は漆喰塗とし、2階の窓の高さまでを下見板張で覆う。2階の南の妻面と背面には庇付きの窓を開ける。

内部の壁は竪板張で、小屋組は登り梁の形式である(文化庁)。市の計画によると、1階の一部は小部屋に仕切られ、紙で目張りをした跡が残っており、その名のとおり米を納める蔵であったことがうかがえる。

建築年について、文化庁は嘉永元年(1848年)とする。市の計画は、同じ年の家相図に描かれた「土蔵」と規模が一致する一方、和釘と洋釘の使われ方から、明治時代中期以前に建てられたと述べている。昭和8年(1933年)の家相図は蔵の部分が欠けており、確認できない。

登録有形文化財としての価値

文化庁は、北東の門とともに旧家の屋敷構えを引き立てているとして、「国土の歴史的景観に寄与しているもの」に登録した。

市の計画は、江戸時代からの敷地割りの中で主屋とともに屋敷を構成する主要な建物として良い状態で残り、門の外からも見えることから、地域の景観をつくる要素として重要であるとしている。

見どころ

白い漆喰の壁の下半分を黒い下見板が覆う姿が、門の外からも見える。2階の南の妻面に開いた庇付きの窓は、主屋の茅葺屋根とは違う、締まった表情を見せる。

正面には、前身の蔵前庇が取り付いていた跡が残る(鎌ケ谷市保存活用計画)。屋根の桟瓦と蔵前庇は昭和50年代(1975〜1984年)の改修で新しくなっている。

見学について

澁谷家住宅米蔵には澁谷家の資料が保管されており、内部は公開されていない。市の保存活用計画では、公開後も米蔵は資料の保管庫として使う予定で、見学は外観に限られる。

Q&A

Q澁谷家住宅米蔵はいつ建てられましたか?
A文化庁は嘉永元年(1848年)とします。市の計画は明治時代中期以前の建築と述べています。
Q澁谷家住宅米蔵はどこにありますか?
A千葉県鎌ケ谷市中佐津間の澁谷家住宅で、主屋の南東に建っています(文化庁)。
Q澁谷家住宅米蔵の外観の特徴は?
A漆喰塗の壁を2階の窓の高さまで下見板張とし、2階の南の妻面と背面に庇付きの窓を開けます(文化庁)。
Q澁谷家住宅米蔵の中に入れますか?
A資料の保管庫として使われており、内部は公開されていません(鎌ケ谷市)。
Q澁谷家住宅米蔵が登録有形文化財になったのはいつですか?
A令和2年(2020年)8月17日です(文化庁)。

基本情報

名称澁谷家住宅米蔵(しぶやけじゅうたくこめぐら)
所在地千葉県鎌ケ谷市中佐津間1丁目77
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年令和2年(2020年)8月17日登録
員数1棟
寸法土蔵造2階建、瓦葺、建築面積35㎡
所有者鎌ケ谷市
公開状況外観のみ(内部非公開。敷地の公開は令和9年度(2027年度)予定)

参考文献

澁谷家住宅米蔵(国指定文化財等データベース)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00013351
国登録有形文化財澁谷家住宅保存活用計画 本文編(鎌ケ谷市)
https://www.city.kamagaya.chiba.jp/kanko-bunka-sports/bunka/sibuyakehozonnintei.files/honbunsibuya.pdf
国登録有形文化財澁谷家住宅保存活用計画 概要版(鎌ケ谷市)
https://www.city.kamagaya.chiba.jp/kanko-bunka-sports/bunka/sibuyakehozonnintei.files/gaiyousibuya.pdf
鎌ケ谷市の文化財(鎌ケ谷市)
https://www.city.kamagaya.chiba.jp/kosodate-kyouiku/kyoikuindex/bunka_menu/bunkazai.html

最終更新日: 2026.10.20