南宋の出版が生んだ、現存最古の完本『史記』
九十冊に綴じられた一冊を開くと、紙面は漢字で埋め尽くされている。大きな文字で一行に刷られた本文の左右を、界線のなかに二行で組まれた小さな文字が囲む。この小さな文字が注釈である。本文が成立してから刊行までに、実に千年を超える歳月をかけて積み重ねられた三種の注が、ここに一枚の版面として収められている。千葉県佐倉市の国立歴史民俗博物館が所蔵するこの『史記』は、三注を合わせて刻んだ版本としては世界に現存する最古の完本である。
本文そのものは、東アジアの歴史叙述の出発点に位置する書物である。前漢の武帝に仕えた司馬遷が、紀元前一世紀のはじめごろに書き上げた。伝説上の黄帝から自身の生きた時代までを記し、全百三十巻を本紀・表・書・世家・列伝の五体に編んだ。帝王の事績を記す本紀、年代を整理する表、制度の沿革を述べる書、諸侯の系譜をたどる世家、人物を立てた列伝。この構成はのちの中国の正史の規範となり、日本でも長く必読の古典として読み継がれてきた。
黄善夫刊本の位置づけ
『史記』には、時代を異にする三つの注釈が付されてきた。最も古い集解は、五世紀の裴駰がまとめたものである。これに唐代八世紀の司馬貞による索隠、同じく唐の張守節による正義が加わった。読者が三つの注を読もうとすれば、もとはそれぞれ別に参照するほかなかった。
南宋の中国で、この状況が変わる。建安、いまの福建省にあたる地で出版業を営んだ黄善夫が、本文の周囲に三注をまとめて配した版を刻んだ。第二冊の集解序の末尾には「建安黄善夫刊/于家塾之敬室」という刊記があり、彼の工房の名がそのまま残されている。黄善夫が手がけた別の刊本との版型の照合から、印行の時期は慶元年間、おおよそ一一九五年から一二〇一年ごろ、十二世紀末と考定されている。
三注合刻の版本は、かつて少なからず刷られた。しかし全百三十巻が欠けることなく残った完本は、現存するのはこの一本のみである。印刷は鮮明で、刻された文字の彫りは端正そのものである。『史記』の本文系統を研究するうえで、この本は基準となる一次資料となっている。
国宝指定と、日本での長い来歴
日本がこの書物を国宝に指定したのは、昭和四十一年(一九六六)六月十一日のこと、区分は書跡・典籍である。指定の時点で、本書はすでに長く日本にあった。その痕跡は余白に残されている。中世の五山、すなわち禅宗の有力寺院に属した僧たちが、各所に細かな書き入れを残しており、『史記』が日本でどのように読まれ、講じられたかをたどる手がかりとなっている。
所蔵の歴史をたどると、学問に親しんだ人々の系譜が浮かび上がる。初期の所蔵者については資料によって名が異なり、禅僧や社家にまつわる人物が挙げられているが、その後の経緯については一致している。本書は、上杉家の家老として知られた直江兼続の蔵書に入った。武勇と学識をあわせもった人物として名高い兼続である。上杉家からは米沢藩の藩校興譲館へと移り、多くの学徒の知るところとなった。十六世紀のうちに保存のため装丁が改められており、南宋の版本がこれほど良好な状態で今日に残るのは、そうした手当てがあったためである。
展示の際に注目したい点
まず目をひくのは版面の構成である。本文は太い字で一行に組まれ、三種の注は界線のなかに半分の大きさで二行ずつ詰め込まれている。漢文が読めなくとも、どの文字が司馬遷の本文で、どの文字が後世の注釈かは、この字の大小と配置から見分けがつく。
朱や墨で押された蔵書印にも目を向けたい。「興学亭印」と読める印などが残る。余白の和様の書き入れとともに、これらは本書を手にした読者たちの足跡である。装丁は東アジアの版本に一般的な袋綴の冊子本で、刷った面が内側で向き合うように一葉ずつ折りたたまれている。
実用的な注意を一つ。本書は紙の資料であり、光に弱い。歴博では『史記』『漢書』『後漢書』の三つの中国史書を入れ替えながら展示しており、常時公開されているわけではない。本書を目当てに足を運ぶ場合は、事前に現在の展示内容を確認するとよい。日によって開かれている巻も、三書のうち出ている一点も異なる。
博物館の周辺
国立歴史民俗博物館は、多くの人に「歴博」の名で親しまれ、佐倉城の跡地に建っている。所蔵資料は約二十七万点、先史・古代から現代までを六つの展示室でたどる国内有数の歴史博物館である。第五展示室「近代」は大規模な改修を経て、二〇二六年春に新装開室した。見学には一時間半は見込んでおきたい。
博物館を囲む城址の森は、それだけでも散策に向いている。城下町であった佐倉の町並みも歩く価値がある。近くには、佐倉藩最後の藩主の邸宅であった旧堀田邸が残り、主屋などが重要文化財、庭園が国の名勝に指定されている。同じ一帯には、武家屋敷の一画も保存されている。
Q&A
- 訪れた日に必ず『史記』を見られますか。
- 確実ではありません。光に弱い紙の資料のため、ほかの中国史書と入れ替えながら期間を限って展示されます。本書を目的とする場合は、博物館の公式サイトで現在の展示情報を確認してから計画してください。
- 内容を読むことはできますか。
- 本文は漢文のため、読み解くのは容易ではありません。見どころはむしろ、印刷の精度、版面の設計、蔵書印、余白の書き入れにあります。言葉が分からなくても、近づいて眺める価値のある点が多くあります。
- 東京からの行き方を教えてください。
- 京成上野から京成本線で京成佐倉まで約五十五分、そこから徒歩約十五分、またはバスで数分です。東京駅からJR総武本線で佐倉まで約一時間、バスを乗り継ぐ経路もあります。
- 中国の書物がなぜ日本の国宝なのですか。
- 国宝の指定は、製作地ではなく、その資料の価値と日本での長い伝来を評価するものです。書跡・典籍の指定品には、中国で作られ、日本の収蔵庫で長く守られてきたものが少なくありません。
基本情報
| 名称 | 宋版史記(黄善夫刊本)/そうはんしき |
|---|---|
| 指定 | 国宝(書跡・典籍) 昭和四十一年(一九六六)六月十一日指定 |
| 年代 | 南宋・慶元年間(一一九五〜一二〇一頃/十二世紀末) |
| 刊行地 | 建安(現在の中国福建省) 黄善夫刊 |
| 員数 | 九十冊 全百三十巻完存 |
| 意義 | 三注合刻本として現存最古の完本 |
| 所在地 | 国立歴史民俗博物館 千葉県佐倉市城内町一一七 |
| 所有者 | 大学共同利用機関法人 人間文化研究機構 |
| 開館時間 | 九時三十分〜十七時(三〜九月)、九時三十分〜十六時三十分(十〜二月) 入館は閉館三十分前まで |
| 休館日 | 月曜日(祝日の場合は翌平日)、年末年始 |
| 観覧料 | 総合展示 一般九〇〇円、大学生五〇〇円、高校生以下無料(二〇二六年時点) |
| 公開状況 | 期間を限って入れ替え展示。来館前に現在の展示内容の確認を推奨 |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/10286
- 文化遺産オンライン(国立情報学研究所)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/213519
- khirin(国立歴史民俗博物館)収蔵資料データ
- https://khirin-a.rekihaku.ac.jp/database/sohanshiki
- 国立歴史民俗博物館 開館時間・入館料
- https://www.rekihaku.ac.jp/information/basicinfo/
- 国立歴史民俗博物館 アクセス
- https://www.rekihaku.ac.jp/information/access/
最終更新日: 2026.06.12