日本の始まりを記した中国の歴史書
この一群の古い刊本のうち、東夷伝と呼ばれる部分を開くと、日本に関する最も早い文字記録の一つに行き当たる。後漢の都に倭の奴国の使者が至り、光武帝から印綬を授けられたこと。後年、争乱の世を治めた女王として卑弥呼の名が挙げられること。いずれも、日本がみずから歴史を書き残すよりはるか以前に、中国の史家が書きとめた記述である。
その記述を収めるのが『後漢書』であり、千葉県佐倉市の国立歴史民俗博物館が所蔵する本書は、南宋時代の中国で刷られた刊本である。中国の書物でありながら日本の国宝に指定されているのは、本そのものの稀少さと、日本に渡ってからの長い来歴による。
書物と、その印刷
『後漢書』は五世紀に范曄が編んだ史書で、後漢一代の歴史を本紀・志・列伝あわせて百二十巻に収める。佐倉の一本は写本ではなく木版の刊本で、南宋の慶元年間、おおよそ一一九五年から一二〇〇年ごろに、出版業の盛んだった福建の建安で刷られた。同館が所蔵する宋版『史記』もこの黄善夫の刊本系に連なり、両者は同じ版に属する。
現在は六十冊の袋綴として残る。刷られた紙葉を外側に折り、開いた側を綴じる仕立てである。内訳は帝紀八冊、志十一冊、列伝四十一冊。年代のわりに刷りは鮮明で、一冊を開けば、四周を二重の界線で囲み、半葉十行、一行十八字、註は双行に組まれた版面が目に入る。宋の版元は版木を端正に彫り、校正を重ね、名筆の書風を写して文字を整えた。本書の刷りは、その仕事ぶりが珍重された理由をよく示している。
「三史」の一つとして
中国では『史記』(司馬遷)、『漢書』(班固)、そしてこの『後漢書』(范曄)の三書を、あわせて「三史」と呼びならわした。順に読めば上古から後漢の終わりまでの歴史がつながり、長く中国でも日本でも学問の必読書とされた。佐倉の歴博は、この三書の南宋刊本をいずれも所蔵する。本来は三部一具として刊行され、まとめて伝えられたものと考えられている。
これほどの規模で全巻がそろうのは珍しい。古い書物は火や湿気、あるいは日々の使用によって零本となって残ることが多い。ここでは全巻が完存し、刷りもなお読みうる。『史記』は一九六六年、両漢書は翌一九六七年に国宝に指定された。
禅僧から上杉家へ
三史は、日本に渡ってからの来歴も豊かである。五山僧の南化玄興の手を経て、上杉家の執政をつとめた直江兼続のもとに渡ったと伝えられる。兼続は出版にも関わった学識ある人物で、書物は上杉家の米沢藩に入り、藩校興譲館に収められた。この所蔵の経緯から、本書は今も「上杉本」と称される。
あわせて伝わる『史記』の欄外には、日本の禅僧による細かな書き入れが残る。これらが飾り物ではなく、国宝と呼ばれるよりはるか前から、日本で幾世代にもわたって読まれ学ばれた実用の書であったことを示している。
佐倉で見るために
原本は破損しやすく光にも弱いため、公開は会期を限った特別な展示の折に限られ、主に先史・古代から中世を扱う展示の中で出される。原本が休んでいる間は精巧な複製が代わりに置かれ、多くは倭と卑弥呼を記した頁を開いた状態で並ぶので、日本古代史とのつながりを目で追いやすい。原本を見たい場合は、来館前に同館の期間限定展示の予定を確かめておくとよい。
歴博そのものも半日を割く価値がある。国内有数の歴史博物館で、先史から現代までを六つの展示室でたどり、佐倉城跡の一角に建つ。佐倉へは東京の京成上野から一時間足らず、京成佐倉駅からバスで博物館に至る。
Q&A
- 原本はいつでも見られますか。
- いいえ。料紙が光に弱いため、原本の公開は会期限定の展示に限られ、ふだんは精巧な複製が置かれます。原本をご覧になりたい場合は、事前に同館の展示予定をご確認ください。
- なぜ中国の書物が日本の国宝なのですか。
- 指定の根拠は書物そのものにあります。稀少で全巻完存する南宋の精刷本であること、姉妹編とともに伝わったこと、日本での所蔵の経緯が明らかであること。倭に関する早い記述も、その価値を高めています。
- 日本について具体的に何が書かれているのですか。
- 東夷伝に、後漢の都に至った倭の使者と、皇帝から授けられた印綬の記事があり、女王卑弥呼の名も挙がります。五世紀の編纂で、より早い時代の中国側の記録に基づいています。
- ほかの二つの史書も見られますか。
- はい。同館は宋版の『史記』と『漢書』も所蔵しており、いずれも常設ではなく入れ替えで公開されます。
- 博物館への行き方を教えてください。
- 京成上野から京成本線の特急で京成佐倉駅までおよそ五十五分、そこから路線バスで数分です。JR総武本線の佐倉駅からもバスで十五分ほどで着きます。
基本情報
| 名称 | 宋版後漢書(慶元刊本)(そうはんごかんじょ) |
|---|---|
| 指定区分 | 国宝 書跡・典籍 |
| 指定年月日 | 1967年(昭和42年)6月15日 |
| 員数 | 60冊(帝紀8冊・志11冊・列伝41冊) |
| 国・時代 | 中国 南宋 慶元年間(およそ1195〜1200年) 建安刊 |
| 所在地 | 国立歴史民俗博物館 千葉県佐倉市城内町117 |
| 所有者 | 大学共同利用機関法人人間文化研究機構 |
| 公開 | 常設展示内で会期を限って公開。通常は複製を展示。開館はおおむね9:30〜17:00(冬期は16:30まで)、月曜・年末年始休館。一般料金はおよそ900円。 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/10288
- 文化遺産オンライン(人間文化研究機構)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/159791
- khirin(国立歴史民俗博物館 歴史資料データベース)
- https://khirin-a.rekihaku.ac.jp/database/sohangokanjokeigen
- 国立歴史民俗博物館 利用案内・アクセス
- https://www.rekihaku.ac.jp/information/access/
最終更新日: 2026.06.12