三十二帖が残る、源氏物語の鎌倉期写本

全五十四帖からなる源氏物語のうち、この写本には三十二帖が残る。書写されたのは鎌倉時代(1185〜1333)で、紫式部が物語を書き上げてから二百年あまりが過ぎた頃にあたる。紫式部の自筆本は一帖も残っておらず、いま読まれている源氏物語は、すべて後世に書き写された写本にさかのぼる。千葉県に残るこの三十二帖も、長い書写の連なりのなかの一組であり、昭和34年(1959年)に重要文化財へ指定された。

物語の筋は、光源氏の恋と栄華、流離、そして晩年の翳りをたどり、終盤では源氏の死後の世代へと移っていく。世界最古の長編小説とも呼ばれる作品だが、ここで立ち止まって考えたいのは、その本文がどのようにして千年後の私たちのもとへ届いたのか、という一点である。

なぜ写本が重要文化財に指定されたのか

印刷以前、書物は誰かが書き写し続けるかぎりにおいて命脈を保った。源氏物語は長大で、五十四帖すべてを写すには多くの手と歳月を要したため、巻ごとに分担され、散逸し、また組み合わされながら世代を越えてきた。その結果、現存する最古の源氏物語は平安時代のものではない。もっとも古い写本でも鎌倉時代、原作から二世紀ほど隔たった時期の書写である。

ここに、こうした写本の重みがある。十三世紀には、流布していた本文が互いに食い違うことへの危惧が高まり、標準となる本文を定めようとする二つの大きな試みが起こった。歌人で批評家でもあった藤原定家(1162〜1241)が校訂したのが青表紙本である。河内守を務めた源光行・親行の父子は、三十年以上をかけた校合の末に、建長7年(1255年)に河内本を完成させた。国文学者の池田亀鑑は、のちに三百種を超える伝本を、青表紙本・河内本・別本の三系統に大別している。

三十二帖を残す鎌倉期の写本は、遠くから眺める骨董ではない。本文を復原しようとする研究者が一行ずつ突き合わせる、生きた資料である。昭和34年の指定は、翻訳を通じてしか読まれない地域も多いこの作品について、本文の証人としての価値を認めたものといえる。

千葉県と源氏物語

この写本が伝わる千葉県には、源氏物語を読む歴史のうえでささやかな縁がある。千年前、現在の千葉県の大部分にあたる上総国で育った一人の少女がいた。菅原孝標女と呼ばれるその人が残した日記『更級日記』は、物語の続きを待ちわびた経験のある読者なら覚えのある渇望から書き起こされている。彼女は源氏物語の断片を耳にし、その全体を読みたいと願い続けていた。

寛仁4年(1020年)にようやく都へ上り、五十四帖の揃いを手にした彼女は、昼も夜も読みふけったと記す。后の位にも勝るうれしさだった、と。いまの千葉にあたる地で育った少女が、この源氏物語そのものに焦がれていたという事実は、県内に静かに伝わる個人蔵の写本に、思いがけない奥行きを添えている。

いま源氏物語の古写本を見るには

この三十二帖は個人の所蔵で、一般には公開されていない。文化庁の基本記録にも、所有者や保管施設の記載はない。とはいえ、源氏物語の古い写本そのものを目の前にする機会が失われたわけではない。代表的な作例のいくつかは、訪ねやすい場所にある。

気持ちのうえでもっとも近いのは、千葉県内にある。佐倉市の国立歴史民俗博物館は鎌倉時代の源氏物語の零本を所蔵し、写本資料を展示替えしながら紹介している。河内本の系統では、名古屋市の蓬左文庫が現存最古の完本である河内本源氏物語五十四巻二十三冊を収め、金沢文庫や徳川家康の旧蔵を経たこの一本の複製を玄関ホールで見ることができる。隣接する徳川美術館には、絵画の側の到達点といえる国宝・源氏物語絵巻(十二世紀)が遺り、年に短い期間だけ公開される。奈良に近い天理図書館も、自館の指定品による源氏物語の展観をたびたび催している。もっとも傷みやすい品は年に数週間しか出ないため、訪問前に各館の予定を確かめておきたい。

Q&A

Qこの写本は実際に見られますか。
A見られません。千葉県内に個人蔵として伝わり、一般公開はされていません。基本記録にも所有者や公開施設の記載はありません。古い源氏物語を実際に見たい場合は、佐倉市の国立歴史民俗博物館、名古屋市の蓬左文庫、天理図書館などが手がかりになります。
Q源氏物語は五十四帖あるのに、なぜこの写本は三十二帖なのですか。
A長編は巻ごとに書写され、多くの手を経たため、揃いが崩れたり一部が失われたりすることが珍しくありませんでした。この写本は五十四帖のうち三十二帖を残しており、古い写本ではよく見られる姿です。
Qこれは最古の源氏物語の写本ですか。
A唯一の「最古本」というものはありませんが、現存する写本はいずれも鎌倉時代以降のもので、平安時代の源氏物語も紫式部自筆の本も残っていません。鎌倉期のこの写本は、もっとも古い層に属します。
Q青表紙本と河内本はどう違うのですか。
Aどちらも十三世紀に、信頼できる本文を定めようとした成果です。青表紙本は藤原定家の校訂本、河内本は源光行・親行の父子が建長7年(1255年)に完成させた校合本です。現存する写本の多くは、いまもこの二系統に別本を加えた枠組みで整理されています。
Qなぜ原本ではなく写本が文化財になるのですか。
A原本が失われているからです。自筆本が残らない以上、古い写本の一つひとつが本文復原のための一次資料になります。その古さ、残存の度合い、そして本文の性格が、昭和34年の指定につながりました。

基本情報

名称源氏物語(げんじものがたり)
指定区分重要文化財(書跡・典籍)
指定年月日昭和34年(1959年)12月18日
時代鎌倉時代(1185〜1333)
員数32帖
所在地千葉県
所有者・保管施設非公開(記録に記載なし)
公開状況個人蔵・一般非公開

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)源氏物語
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/8526
文化遺産オンライン(文化庁・国立情報学研究所)河内本源氏物語
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/23164
名古屋市蓬左文庫 蔵書
https://housa.city.nagoya.jp/collection/index.html
国文学研究資料館「源氏物語 画帖と古写本」
https://www.nijl.ac.jp/event/tokusetsu/2018/10/post-7.html
徳川美術館
https://www.tokugawa-art-museum.jp/

最終更新日: 2026.06.14