南予の山あいに続く牛の角突き

正月二日の正午、宇和島市の丘の上に建つドーム型の闘牛場に、角と角がぶつかる鈍い音が響く。体重一トンを超える二頭の牛が直径二十メートルの土俵で押し合い、やがて一方が背を向けて逃げ出したところで勝負がつく。相手は人ではなく、もう一頭の牛である。これが愛媛県の南予地方に受け継がれてきた牛の角突きで、地元ではツキアイ、あるいはツキヤイと呼ばれてきた。

平成七年(一九九五年)、文化庁はこの習俗を記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財に選択した。牛の飼育の仕方から取組みの技法まで、地域に根ざした一連のならわしが対象となっている。

人と牛ではなく、牛と牛の勝負

スペインやポルトガルの闘牛を思い描く人は、いったんその像を脇に置いてほしい。日本の闘牛は牛どうしを取り組ませるもので、勝敗は力の優劣で決まる。逃げ出した牛が負けであり、土俵で牛が命を落とすことはない。手ひどく敗れた名牛も、しばらく休養を取ってから次の場所に臨む。

取組みに制限時間はなく、鼻綱もつけない。勢子と呼ばれる人々が牛の周りで声をかけ、間合いを計るが、牛そのものは本能のままに突き合う。宇和島では牛の繰り出す動きがおよそ十種の技に分けられ、相撲と同じく前頭から横綱までの番付がある。同じ格付けの牛どうしが当たるため、結果は最後まで読めない。

起源をめぐる二つの言い伝え

始まりを確定する記録はなく、二つの説が語り継がれている。一つは鎌倉時代にさかのぼるもので、農耕用の牛を飼う農民が、牛が自然に角を突き合わせる様子を見て娯楽にしたという。もう一つはより具体的だ。十七世紀後半、宇和海を漂流していたオランダ船を福浦の漁民が救助し、礼として贈られた二頭の牛がたまたま格闘したのが起こりだとする口伝である。

文献で確かめられるのはそれより後のことだ。享和年間(一八〇一〜一八〇四年)には土俵を設けた本格的な取組みが行われていたと、藩政期の古文書に記されている。安政三年(一八五六年)の郡奉行の文書は、牛突きがあまりに頻繁に催されて牛の値が高騰していると苦言を呈しており、興行としての闘牛が人々を夢中にさせていた様子がうかがえる。明治・大正期には禁止や規制が繰り返されたが、庶民の熱は冷めず、大正末から昭和初期に最盛期を迎えた。当時の宇和島では、谷ごとに簡素な竹柵の駄場が設けられていたという。

なぜ記録されたのか

平成七年の選択は、消えゆくものを書き留めるための措置でもあった。農業の機械化と都市化が進むにつれて山あいから役牛がほとんど姿を消し、飼育の知識も、地域ごとの取組みの作法も失われつつあった。文化庁は、この一連の習俗が日本人の基盤的な生活文化の特色を示す典型的なものだと評価し、記憶の連鎖が途切れる前に記録を残す必要があると判断した。愛媛県教育委員会は平成十三年(二〇〇一年)に調査報告書をまとめている。

この選択は、特定の保護団体も一か所の場所も指定していない。一定の地域に広がるならわしそのものを対象としており、牛を飼い、土俵で扱う人々の手によって保たれている技術の集合に近い。

今、どこで見られるか

習俗が続く中心は、昭和五十年(一九七五年)にJR宇和島駅にほど近い小高い丘へ建てられた宇和島市営闘牛場である。ドームの内側には直径二十メートルの土俵があり、約一千六百人を収容する階段状の客席が囲む。古い土俵は地名に残るのみだが、かつて市内で最も格の高かった和霊神社裏手の和霊土俵は、その名を夏の和霊大祭場所に残している。

定期闘牛大会は年に四回開かれる。正月場所が一月二日、五月場所が五月三日、和霊大祭場所が七月二十三日、秋場所が十月の第四日曜である。開場は午前十時、取組みは正午に始まり、二時間半ほど続く。大会のない日も場内は見学でき、迫力を再現する映像ブースやVR映像が用意されているほか、事前予約による観光闘牛も催される。

宇和島は滞在を延ばす値打ちのある町でもある。現存十二天守の一つに数えられる宇和島城は中心部から歩いてほど近く、道の駅きさいや広場では地元の柑橘やじゃこ天を味わえる。

Q&A

Q牛は傷ついたり殺されたりするのですか。
A命を懸けた闘いではありません。勝負は一方の牛が逃げ出した時点で決まり、勢子がただちに牛を引き分けます。手ひどく敗れた牛は競技から退くことはあっても、土俵で殺されるわけではありません。
Qいつ観戦できますか。
A定期闘牛大会は年に四回、一月二日・五月三日・七月二十三日・十月第四日曜に開かれ、いずれも正午開始です。日程は変わることがあるため、観覧の前に公式サイトでご確認ください。
Q入場料はいくらですか。
A大人はおおむね三千円で、前売り券は少し安くなります。中学生以下は無料、六十五歳以上の方や障がいのある方には割引があります。前売り券は闘牛場や市内の観光案内所などで購入できます。
Q大会のない日にも楽しめますか。
A闘牛場は大会以外の日も内部を見学でき、PR映像やVR映像を無料で楽しめます。団体向けには、事前予約で取組みを催行することもできます。
Q南予以外でも行われていますか。
A牛の角突きは、新潟の越後、島根の隠岐、鹿児島の徳之島、沖縄など各地に残っています。南予は四国における伝承地です。

基本情報

名称南予地方の牛の角突き習俗(なんよちほうのうしのつのつきしゅうぞく)
区分記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財(風俗慣習・娯楽・競技)
選択年月日平成七年(一九九五年)十二月二十六日
所在地域愛媛県南予地方
保護団体特定せず
記録『南予地方の牛の突きあい習俗調査報告書』(愛媛県教育委員会、平成十三年)
現在の主会場宇和島市営闘牛場
定期大会一月二日・五月三日・七月二十三日・十月第四日曜(正午開始)
入場料大人約三千円、中学生以下無料

参考文献

文化遺産オンライン「南予地方の牛の角突き習俗」
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/159908
国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/312/692
宇和島市「市営闘牛場」
https://www.city.uwajima.ehime.jp/soshiki/22/syoukou10009.html
宇和島闘牛 公式サイト
https://www.tougyu.com/
愛南町「南予地方の牛の角突き習俗」
https://www.town.ainan.ehime.jp/kanko/sightseeing/rekishi/tsunotsuki.html

最終更新日: 2026.06.01