光明坊十三重塔:しまなみ海道・生口島に立つ鎌倉時代の重要文化財石塔

広島県尾道市瀬戸田町、瀬戸内海に浮かぶ生口島の南岸に、光明坊という古刹が静かに佇んでいます。その境内に凛と立つ高さ約8.5メートルの十三重石塔は、鎌倉時代後期の永仁2年(1294年)に建立された国指定重要文化財です。花崗岩から彫り出された堂々たる姿は、730年以上の歳月を経てなお、当時の石造技術の粋と仏教への深い帰依を今に伝えています。

しまなみ海道のサイクリングルート沿いに位置するこの石塔は、大規模な観光地とは異なる静かな環境の中で、日本の中世文化に触れることのできる貴重なスポットです。

光明坊の歴史

光明坊の正式名称は光明三昧院(こうみょうさんまいいん)。真言宗泉涌寺派に属する寺院で、山号は仙容山、本尊は阿弥陀如来です。寺伝によれば、天平2年(730年)に聖武天皇の勅願により、僧行基が開基したとされ、生口島最古の古刹として知られています。

平安時代末期、後白河上皇の皇女である如念尼がこの寺に入ったことが縁となり、後白河上皇より生口南庄が寺領として寄進されました。これにより光明坊は大いに繁栄し、背後の仙容山の麓には多くの塔頭が建ち並んだと伝わります。周辺の地名「御寺(みてら)」は、まさにこの寺の存在に由来するものです。

光明坊はまた、法然上人ゆかりの寺としても知られ、上人自ら彫ったとされる木像が安置されていた歴史を持ちます。境内には法然上人の墓碑と伝わる五輪石塔も残っています。寺宝としては、東京国立博物館に寄託されている孔雀戧金経箱(くじゃくそうきんきょうばこ)が重要文化財に指定されているほか、本尊の木造阿弥陀如来坐像もまた重要文化財に指定されています。

十三重石塔の建立と意義

この十三重石塔は、永仁2年(1294年)に建立されました。基壇の銘文には「釈迦如来遺法二千二百二十三年、奉造立之、永仁二年甲午七月日」と刻まれており、釈迦入滅後2,243年目の建立であることが記されています。仏滅後の年数を刻むこの慣行は、末法思想の影響によるものとされ、仏法が衰退する時代にあって功徳を積むことへの切実な思いがうかがえます。

建立者は、奈良・西大寺流律宗の高僧である忍性(にんしょう)と伝えられています。忍性は師の叡尊のもとで真言律宗を学び、貧民救済やハンセン病患者の看護、道路・橋梁の整備など、幅広い社会福祉事業に尽力したことで知られる僧侶です。石塔の建立もまた、仏教の教えを広め、衆生の救済を願う忍性の活動の一環でした。

塔の西側基壇上の台石には、大工(石工)心阿(しんあ)の名が刻まれています。心阿の名は、箱根の宝篋印塔(正安2年・1300年)や鎌倉・安養院の宝篋印塔(徳治3年・1308年)にも見られ、鎌倉時代後期に関東から瀬戸内にかけて活動した優れた石造技術者であったことがわかります。

重要文化財に指定された理由

光明坊十三重石塔は、大正15年(1927年)4月25日に国の重要文化財に指定されました。その価値は、芸術性、歴史的資料性、技術の卓越性など、複数の観点から高く評価されています。

まず注目すべきは、屋根の力強い造形です。各層の軒は厚みがあり、強い反り(軒反)を示しています。この大胆な曲線は、鎌倉時代の石造塔に見られる最上級の特徴とされ、石という硬質な素材に躍動感と風格を与えています。

初層軸部の四面には、金剛界四仏の種子(梵字)が月輪内の蓮華座上に刻まれています。キリーク(阿弥陀如来)、アク(不空成就如来)、ウーン(阿閦如来)、タラーク(宝生如来)の四文字は、薬研彫り(やげんぼり)と呼ばれるV字型の彫刻技法で施されており、その書体は力強く雄健で、鎌倉時代の代表的な作品と称されています。

初層屋根の上端中央には奉籠孔(ほうろうこう)があり、経巻などが納められていたことが確認されています。このことは、塔が単なる記念碑ではなく、仏舎利や経典を納める聖なる構造物として建立されたことを物語っています。相輪は頂部の宝珠のみが明治時代の補修であり、それ以外は建立当初の姿を良好に保っています。

見どころと魅力

境内に入り門をくぐると、すぐ右手に十三重石塔がそびえます。近づいて見ると、各面に刻まれた梵字の力強さ、軒の優雅な反り、花崗岩の風合いが一体となった美しさに感銘を受けるでしょう。ぜひ塔の周囲をゆっくりと歩き、四方それぞれの梵字や基壇の銘文を観察してみてください。

境内にはほかにも見どころが点在しています。広島県天然記念物に指定されたイブキビャクシンの巨木は樹齢650年以上と推定され、白檀の霊樹伝説が残る神秘的な存在です。その独特のねじれた樹形は、悠久の時を感じさせてくれます。

後白河皇女如念尼公、法然上人、松虫・鈴虫の墓碑と伝わる五輪石塔群(尾道市重要文化財)も、歴史的なロマンを感じさせる遺構です。

毎年3月最終日曜日に開催される「涅槃会(ねはんえ)」は、光明坊の年中行事の中で最も盛大な法会です。稚児行列が行われ、各地から僧侶が集まり読経が営まれます。参道の大門通りには露店が並び、農具や日用雑貨を買い揃える島の伝統が今も受け継がれています。

周辺情報

光明坊が位置する生口島は、しまなみ海道の中間地点にあたり、島全体が多彩な魅力にあふれています。日本一のレモン生産地として知られ、柑橘の香りに包まれた穏やかな島の風景が訪れる人を迎えてくれます。

瀬戸田地区には、「西の日光」とも称される耕三寺博物館があり、国登録有形文化財に指定された15棟の堂塔が立ち並びます。山頂の大理石庭園「未来心の丘」は、写真映えするスポットとして人気を集めています。隣接する平山郁夫美術館では、瀬戸田出身の日本画家・平山郁夫の作品を鑑賞できます。

島の西海岸に広がる瀬戸田サンセットビーチは、800メートルの白砂が続く美しい海浜公園で、「日本の水浴場88選」にも選ばれています。シーカヤックやSUPなどのマリンスポーツのほか、瀬戸内海に沈む夕日を楽しむことができます。

島内各所には「島ごと美術館」プロジェクトによる17のアート作品が点在し、サイクリングをしながらアートと自然が融合した空間を体験できます。

Q&A

Q光明坊十三重塔とはどのようなものですか?
A鎌倉時代後期の永仁2年(1294年)に建立された、高さ約8.5メートルの花崗岩製の石塔です。国の重要文化財に指定されており、広島県尾道市瀬戸田町の光明坊境内に立っています。
Q拝観料はかかりますか?
A拝観は無料です。境内は8時から17時まで年中無休で開放されています。
Qアクセス方法を教えてください。
Aお車の場合、しまなみ海道(西瀬戸自動車道)の生口島北ICから約10分です。公共交通機関をご利用の場合は、三原港または尾道港から船で瀬戸田港へ渡り、島内循環バス(西回り)で「光明坊」バス停下車、徒歩約5分です。
Qおすすめの時期はいつですか?
A通年見学可能ですが、3月末の涅槃会が開催される春や、サイクリングに適した秋が特におすすめです。夏には近隣のサンセットビーチで海水浴も楽しめます。
Q駐車場はありますか?
Aはい、境内近くに普通車約12台分の駐車場があります。

基本情報

名称 光明坊十三重塔(こうみょうぼうじゅうさんじゅうのとう)
指定区分 国指定重要文化財(大正15年4月25日指定)
建立年 永仁2年(1294年)鎌倉時代後期
材質 花崗岩
高さ 約8.15メートル(8.5メートルとする資料もあり)
建立者 忍性(にんしょう)と伝わる/石工:心阿(しんあ)
所有 光明坊(真言宗泉涌寺派)
所在地 〒722-2401 広島県尾道市瀬戸田町御寺757
拝観時間 8:00〜17:00(年中無休)
拝観料 無料
電話番号 0845-28-0427(光明坊)
駐車場 普通車約12台
アクセス しまなみ海道 生口島北ICより車で約10分。三原港・尾道港より船で瀬戸田港、島内バスで光明坊バス停下車徒歩5分。

参考文献

光明坊十三重塔 - 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/187336
広島県の文化財 - 光明坊十三重塔 | 広島県教育委員会
https://www.pref.hiroshima.lg.jp/site/bunkazai/bunkazai-data-102010120.html
光明坊十三重塔石造十三重塔 | Dive! Hiroshima
https://dive-hiroshima.com/explore/2207/
光明坊〔真言宗〕| 尾道市の観光情報
https://www.ononavi.jp/sightseeing/temple/detail.html?detail_id=36
光明坊 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%89%E6%98%8E%E5%9D%8A
光明坊(こうみょうぼう)十三重石塔 - 石仏と石塔
https://kawai24.sakura.ne.jp/hirosima-koumyoubou.htm
光明坊 | るるぶ&more.
https://rurubu.jp/andmore/spot/80034506

最終更新日: 2026.03.26