増田の花取踊 ― 愛南町・高山神社に奉納される風流の太刀踊り

愛媛県の南端に位置する愛南町増田で、旧暦七月十一日に高山神社の祭礼が営まれる。このとき奉納されるのが増田の花取踊である。踊り手は真剣の大太刀や小太刀、鎌、青竹を手に取り、それらを綾に打ち合わせながら舞う。刃と刃の触れ合う音が、定まった所作のなかに組み込まれていく。伊予と土佐、すなわち現在の愛媛と高知に広く分布する太刀踊の流れをくむ芸能である。

増田は四国の南西端、太平洋と豊後水道に面した愛南町の一集落にあたる。かつては南宇和郡一本松町に属していたが、二〇〇四年の市町村合併により愛南町の一部となった。合併を経てなお、踊りは同じ神社と旧暦の同じ日付に結びついて続いている。

選択が認めたもの

昭和四十七年(一九七二)八月五日、増田の花取踊は国の「記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財」に選択された。これは、よく知られた重要無形民俗文化財とは区分の異なる制度である。最上位の保護を与えるのではなく、記録・所作・楽・次第などが失われる前に国が記録を残しておくべき価値のある芸能を選び出す枠組みにあたる。踊りを受け継ぐのははなとり踊り保存会で、世代ごとの担い手への伝承を担っている。

選択の背景にあるのは、この踊りがもつ地方色である。伊予と土佐とでは、同じ太刀踊にも力点の置き方に違いがあった。土佐では戦勝や豊作の祈願に重きが置かれ、素朴に「太刀踊り」と呼ばれる。いっぽう伊予では、豊作への礼、死者への追善、神への願をほどく御願ほどきへと性格が移り、「はなとり踊り」と称されてきた。増田の踊りはこの伊予の性格を色濃く帯び、その所作の組み立ては類型の一例にとどまらない独自の地方的流派とみなされている。

踊りの構成

芸能次第は、さい払い・では・主太刀・鎌小太刀・ひちめでの五段からなる。冒頭のさい払いは、とりわけ見届けたい部分である。ここには、山伏問答とも呼ぶべき掛け合いがある。南光院と善久坊と名のる二者が役を担い、刃が動き出す前に踊りの場で問いと答えをやりとりする。

五段の次第は一度ではなく、三度くり返して踊られる。各回はそれぞれ目的を異にする。一度目は高山尊神への供養すなわち御法楽、二度目はちよぼし弥三郎兄弟の供養、三度目は集落の安全を願うものである。三度目の次には、祭りのあいだに立てた願をほどく御願ほどきの踊りが舞われ、踊り手と参集者を散会へと導く。

手にする道具にも目をとめたい。大太刀は舞台用の作り物ではなく真剣であり、長柄に仕立てて白い紙垂を付ける。踊り手が身を翻すと、白い紙と鋭い金属とが一つになって動き、剛と柔とが交わる。この系統の踊りでは、場に張った注連縄を断ち切る所作が伝わる地域もあり、刃が飾りではないことを示している。

現地で見るために

踊りは旧暦に従い、旧暦七月十一日に行われる。新暦では晩夏にあたる。愛南町は年中行事として「増田はなとりおどり」の名で日程を案内しているため、訪れる前に町の観光担当へその年の日付を確認しておくとよい。愛南町には別の太刀踊として旧暦十月十八日の正木花とり踊りもあり、どちらを目当てに行くのかをはっきりさせておきたい。

この四国の一隅へ向かうには、ある程度の段取りがいる。愛南町は最寄りの中心都市であり鉄道の終点でもある宇和島よりかなり南にあり、最後の区間は海沿いをバスか車で進むことになる。町は年に二度水揚げされるカツオ、春の初カツオと秋の戻りカツオで知られ、斜面で育つ愛南ゴールドという柑橘でも知られている。踊りに合わせた訪問は、こうした食や長い太平洋岸とも自然に結びつく。

増田の踊りが属する日本の風流踊は、二〇二二年にその一群がユネスコの無形文化遺産に記載され、国際的に知られるようになった。増田の踊りはこの記載対象には含まれていないが、これを見ることは、土地の人々によって一つの小さな場所で受け継がれてきた同じ民俗芸能の流れを、間近にたどる機会となる。

Q&A

Q増田の花取踊はいつ、どこで行われますか。
A愛媛県南部の愛南町増田にある高山神社で、旧暦七月十一日に奉納されます。新暦では晩夏にあたります。旧暦に従うため新暦の日付は毎年動きます。訪問前に愛南町の観光担当へ確認してください。
Qどのような踊りですか。
A大太刀・小太刀・鎌・青竹を綾に打ち合わせながら舞う風流の太刀踊です。旧伊予・土佐の各地に伝わる太刀踊の一つで、伊予に伝わるものは一般にはなとり踊りと呼ばれます。
Qなぜ同じ次第を三度くり返すのですか。
A各回に異なる目的があります。一度目は高山尊神への供養、二度目はちよぼし弥三郎兄弟の供養、三度目は集落の安全祈願です。最後に、立てた願をほどく御願ほどきの踊りで締めくくります。
Q重要無形民俗文化財と同じものですか。
Aいいえ。関連はありますが別の区分で、一九七二年に選択された「記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財」にあたります。最上位の指定を与えるのではなく、芸能を記録し調査することを目的とする制度です。
Q太刀は本物ですか。
A本物です。この系統の踊りでは、大太刀は舞台用の模造品ではなく真剣で、長柄に仕立てて白い紙垂を付けます。これが踊りを見ごたえあるものにしている要素の一つです。

基本情報

名称増田の花取踊(ますだのはなとりおどり)
所在地愛媛県南宇和郡愛南町増田(高山神社で奉納)
区分記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財(国選択)
選択年月日昭和四十七年(一九七二)八月五日
保護団体はなとり踊り保存会
上演時期旧暦七月十一日(晩夏)
次第さい払い・では・主太刀・鎌小太刀・ひちめでの五段

参考文献

文化遺産オンライン(文化庁)「増田の花取踊」
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/136844
国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/312/510
愛南町「祭り・イベント」
https://www.town.ainan.ehime.jp/kanko/sightseeing/matsuri/
宇和島市「花踊り」(伊予・土佐の太刀踊の背景)
https://www.city.uwajima.ehime.jp/site/sizen-bunka/88hanaodori.html

最終更新日: 2026.06.02