赤絲威鎧〈大袖付〉― 源義経ゆかりの国宝甲冑を訪ねて

瀬戸内海に浮かぶ大三島。その中心に鎮座する大山祇神社には、日本の武士文化を象徴する数々の至宝が伝わっています。なかでも国宝「赤絲威鎧〈大袖付〉」は、源義経が奉納したと伝わる平安時代末期の甲冑であり、大鎧と胴丸という二つの甲冑様式の特徴を兼ね備えた、世界に唯一現存する貴重な遺品です。鮮やかな赤糸の威し、精緻な金具廻り、絵画的な染韋の文様は、平安の優美さと武士の力強さが見事に調和した、まさに日本の工芸美の粋といえるでしょう。

赤絲威鎧とは

赤絲威鎧(あかいとおどしよろい)は、平安時代末期(12世紀後半頃)に製作された甲冑です。名称の「赤絲威」とは、鎧の胴を構成する何百枚もの小さな鉄と革の札(小札・こざね)を、赤い絹糸で綴じ合わせる技法「威し」に由来します。「大袖付」は、肩を守る大きな袖(大袖)が付属していることを示しています。

兜は失われていますが、大袖のほか、栴檀板(せんだんのいた)・鳩尾板(はとおのいた)、障子板、逆板、弦走(つるばしり)など、正式な鎧としての構成要素がすべて揃っており、甲冑としての格式を十分に備えています。胴部分の高さは約31.0cmです。

なぜ国宝に指定されたのか

本鎧が1952年(昭和27年)3月29日に国宝に指定された最大の理由は、その構造にあります。正面から見れば大鎧の威厳を備えながら、胴は一続きで右脇に引き合わせがあり、草摺(くさずり)が七間に分かれている点は、機動性を重視した胴丸の特徴です。つまり、格式高い大鎧と実戦向きの胴丸の双方の要素を一つの甲冑に兼備した、極めて特殊な形態なのです。

このような「胴丸鎧」と呼ばれる過渡的形態は、平治合戦絵巻や後三年合戦絵巻といった中世の絵巻物にその姿が描かれていますが、実物として現存するのは本鎧のみ。文字通り唯一無二の存在です。

加えて、鏡地張りの金具廻り、精巧に仕立てられた小札板、菊籬(きくまがき)などの絵画的文様を持つ染韋(そめがわ)など、平安末期の工芸技術の粋が随所に凝縮されており、その優美さと華麗さは「稀有の遺品」と評されています。

源義経と「八艘飛びの鎧」

大山祇神社の社伝では、この赤絲威鎧は源義経(1159〜1189年)が奉納したものと伝えられています。義経は源平合戦における一ノ谷の戦い、屋島の戦い、壇ノ浦の戦いで華々しい戦功をあげた名将であり、日本史上最も人気のある英雄の一人です。

とりわけ壇ノ浦の合戦で、船から船へ飛び移りながら戦ったとされる「八艘飛び(はっそうとび)」の逸話は有名で、この鎧は「八艘飛びの鎧」という別名でも親しまれてきました。義経本人の奉納を証明する文書は残されていませんが、甲冑の制作年代が義経の時代と一致することや、その品格の高さから、高位の武将にふさわしい名品であることは間違いありません。

見どころ・鑑賞ポイント

赤絲威鎧を鑑賞する際に、ぜひ注目していただきたいポイントをご紹介します。

まず目を引くのは、鮮やかな赤糸の威しです。数百年の時を経てなお残る赤色は、この甲冑を他の国宝甲冑と一目で見分ける特徴となっています。威しの技法は「毛引威(けびきおどし)」と呼ばれ、糸を密に引き締めることで均一で美しい面を作り出しています。

胴正面の弦走(つるばしり)には、菊と籬(まがき)をモチーフにした精緻な絵韋(えがわ)が施されており、平安時代の装飾美術の水準の高さを伝えています。大袖や各部の板には扇形の銀装飾があしらわれ、武具でありながら美術品としての気品を漂わせています。

また、耳糸(みみいと)と畦目(うねめ)には「啄木(たくぼく)」と呼ばれる配色パターン、菱縫(ひしぬい)には紅色の猿鞣(さるなめし)の革が用いられるなど、細部に至るまで意匠が凝らされています。

大山祇神社 ― 甲冑の宝庫「国宝の島」

赤絲威鎧が収蔵される大山祇神社は、全国に約一万社ある山祇神社・三島神社の総本社です。御祭神の大山積大神(おおやまづみのおおかみ)は、天照大神の兄神であり、山・海・戦の神として古来より武門の崇敬を集めてきました。

戦勝を祈願した武将たちが、勝利の御礼として武具を奉納する伝統が脈々と続いた結果、大山祇神社には国宝8件、国の重要文化財76件を含む膨大な武具コレクションが形成されました。日本全国の国宝・重要文化財に指定された武具類の約4割がここに集中しているとされ、大三島は「国宝の島」と呼ばれています。

赤絲威鎧のほかにも、河野通信奉納と伝わる紺絲威鎧(兜・大袖付)、源頼朝奉納と伝わる紫綾威鎧(大袖付)、日本最古の大鎧とされる沢瀉威鎧(兜・大袖付)など、甲冑史を語る上で欠かすことのできない名品が一堂に会しています。

宝物館のご案内

赤絲威鎧は、大山祇神社境内にある宝物館(紫陽殿・国宝館)に展示されています。国宝8件はすべて原則として常時公開されており、特別な時期を選ばなくても鑑賞することができます。ただし、修復や他館への貸出により見られない場合もありますので、訪問前に公式サイトでご確認ください。館内での写真撮影は禁止されています。

宝物館の見学後は、ぜひ神社の境内もゆっくり散策してください。樹齢約2,600年と伝わる神木の大楠をはじめとする楠群は国の天然記念物に指定されており、その荘厳な空間は訪れる人の心を静かに打ちます。重要文化財の本殿と拝殿は1427年の再建ですが、歴史の重みを感じさせる佇まいです。

周辺の見どころ

大三島は、本州と四国を結ぶしまなみ海道の途中に位置しており、世界的に有名なサイクリングルートを楽しむ旅行者にとっても絶好のスポットです。多くの方が神社参拝とサイクリングを組み合わせて訪れています。

島内には、ところミュージアム大三島(現代アート)や伊東豊雄建築ミュージアムなど、現代の文化施設も充実しています。海洋温浴施設「マーレ・グラッシア大三島」では、多島海の絶景を眺めながら海水風呂を堪能できます。

食の魅力も見逃せません。瀬戸内海で獲れる新鮮な鯛やタコ、大三島名産のみかんなど、この土地ならではの味覚が旅の思い出を豊かにしてくれるでしょう。神社門前の参道周辺には飲食店や土産物店があり、気軽に地元の味を楽しめます。

Q&A

Q赤絲威鎧はいつでも見ることができますか?
Aはい。大山祇神社の宝物館では、国宝8件が原則として常時展示されています。ただし、修復や特別展への貸出などにより一時的に公開されない場合もありますので、訪問前に大山祇神社の公式サイトでご確認されることをおすすめします。
Q宝物館に英語の解説はありますか?
A展示キャプションには、名称・年代・奉納者などの基本情報が英語で記載されています。詳しい解説は主に日本語ですので、英語での詳細な情報をお求めの方は、事前にガイドブックやウェブサイトで予習されることをおすすめします。
Q大山祇神社へのアクセス方法は?
AJR今治駅から急行バスで約60分、「大山祇神社前」バス停下車すぐです。お車の場合は、しまなみ海道・大三島ICから約15分です。また、JR福山駅からしまなみライナー(高速バス)で大三島BSまで行き、路線バスに乗り換える方法もあります。路線バスの本数は少ないため、時刻表を事前に確認してください。
Q宝物館内で写真撮影はできますか?
A宝物館内での写真撮影は禁止されています。貴重な文化財を保護するための措置ですので、ご理解ください。神社の境内や建物の外観は自由に撮影していただけます。
Qこの鎧は他の国宝甲冑とどう違うのですか?
A赤絲威鎧の最大の特徴は、格式の高い大鎧(おおよろい)と、機動性に優れた胴丸(どうまる)の両方の特徴を兼ね備えた「胴丸鎧」と呼ばれる過渡的形態であることです。このような甲冑は絵巻物に描かれた例はありますが、現存する実物は本鎧が唯一であり、甲冑の歴史を知る上で極めて貴重な存在です。

基本情報

正式名称 赤絲威鎧〈大袖付〉(あかいとおどしよろい おおそでつき)
指定区分 国宝(工芸品)
国宝指定日 1952年(昭和27年)3月29日
時代 平安時代末期(12世紀後半頃)
寸法 高さ 31.0 cm(胴部分)
伝来 源義経奉納と伝わる
所有者・所在地 大山祇神社(愛媛県今治市大三島町宮浦3327)
展示場所 大山祇神社宝物館(紫陽殿・国宝館)
開館時間 9:00〜16:30(最終入館 16:00)
拝観料 大人 1,000円 / 大学生・高校生 800円 / 小中学生 400円
休館日 原則無休
アクセス JR今治駅から急行バス約60分「大山祇神社前」下車すぐ/しまなみ海道・大三島ICから車で約15分

参考文献

文化遺産オンライン ― 赤絲威鎧〈大袖付/〉
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/188886
WANDER 国宝 ― 国宝-工芸|赤絲威鎧 大袖付[大山祇神社/愛媛]
https://wanderkokuho.com/201-00350/
大山祇神社公式サイト ― 宝物さんぽ
https://oomishimagu.jp/treasure/
今治市観光情報 ― 大山祇神社宝物館
https://www.city.imabari.ehime.jp/kanko/spot/?a=228
データベース『えひめの記憶』 ― 神社の宝物と歴史
https://www.i-manabi.jp/system/regionals/regionals/ecode:2/56/view/7402
じゃらんnet ― 大山祇神社宝物館
https://www.jalan.net/kankou/spt_38354cc3290033295/

最終更新日: 2026.03.20