鉄の方杖をもつ酒蔵

南部酒造場旧酒蔵前蔵は、福井県大野市元町にある明治期の土蔵造二階建の醸造蔵で、平成十三年(2001年)十一月二十日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。七間通りに面する店舗のすぐ南に建ち、通りから敷地の奥へ向かうとき、最初に現れる蔵にあたる。

文化庁のデータベースによれば、南北棟、切妻造、桟瓦葺、妻入の二階建で、規模は桁行九間、梁間四間。建築面積は一四六平方メートルである。細長い箱を、短辺の側を店舗に向けて据えた形で、桶や槽を一列に並べて仕込む酒蔵の作業には理にかなった平面といえる。

解説文のなかで、とりわけ目を引く記述がある。軒下をめぐる方杖が鉄製である、という一点だ。方杖は壁面から斜めに突き出して深い軒を支える部材で、当地方の土蔵、そして同じ敷地の大蔵でも木製が用いられている。ここでは、大工が木を刻んで納めるはずの位置に、明治の産業技術がそのまま入り込んでいる。地方の一酒蔵が、材料を選ぶ場面で新しい素材を淡々と採った痕跡として読める。

壁の構成と、登録の位置づけ

外壁は簓子下見。横板を重ね張りし、その上から背面に刻みを入れた簓子と呼ぶ竪桟で押さえる工法である。福井県のこの一帯に広く分布する形式で、理由は二月に現地へ立てば察しがつく。豪雪地の大野では、土壁を露出させたままにすれば、繰り返し濡れて表面が痩せていく。板が風雪を受け止め、その内側の土壁を守る構成になっている。

登録番号は18-0018、第三十一回の登録で、適用基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。同一敷地の店舗、大蔵、西蔵、米蔵とともに、同日付で五棟がまとめて登録された。

この前蔵の解説文には、南部家が明治から「茶木屋」の屋号で造り酒屋を営む、との記述がある。一方、蔵元が公表する社史は、享保十八年(1733年)に「茶の木屋」として創業した金物商を起点とし、大野藩の御用商人であったと記す。酒造業への転換は明治三十四年(1901年)、度重なる市街の大火を経てのことと伝わる。屋号の表記については、文化庁データベースと蔵元側の記述に振れがあるため、双方をそのまま併記しておく。

登録名称に「旧」の字が入るのは、この前蔵と大蔵である。醸造の主力がのちに新しい施設へ移ったことを示す。蔵元の年表は、昭和三十八年(1963年)に鉄筋コンクリート造の嘉宝蔵が竣工したと記録する。明治・大正の蔵が取り壊されずに残ったからこそ、その約四十年後の登録が可能になった。

見学の実際

あらかじめ断っておきたい。前蔵は稼働中の酒蔵の敷地内にあり、定例の内部公開は案内されていない。訪問者が見られるのは外観であり、しかも周囲の街路のどこに立つかによって見え方が変わる。店舗の背後に南へ連なる配置のため、一点から全体を見渡すことはできない。

現実的な手順としては、まず敷地北端の店舗で営業している花垣小売店に入るのがよい。営業は九時から十七時、原則水曜定休(祝日・繁忙期を除く)、十二月三十一日から一月五日は休業。店頭で尋ねれば、現在どこまで見えるか、作業の予定があるかを知ることができる。銘柄の一本を求めれば、この建物群が何を造るために建てられたのかが、そのまま手のなかに収まる。

公道からの撮影に制限はない。良い角度を求めて敷地内へ立ち入ることは避けたい。

交通はJR越美北線・越前大野駅から徒歩約十分、駐車は元町駐車場。二〇二六年については、七間通りの舗装改修に伴い、通りで開かれてきた七間朝市が六月一日から十月下旬まで城下町東広場に移されている点を承知しておきたい。

この蔵の見え方が最も変わるのは冬である。切妻の屋根に雪が載り、白い壁を背に鉄の方杖が黒く浮かぶ。下見板を張る理由も、そのとき言葉の説明を要しなくなる。

Q&A

Q南部酒造場旧酒蔵前蔵の内部を見学できますか
A定例の内部公開はありません。稼働中の酒蔵の敷地に建つ私有建造物です。外観は周囲の街路から見学でき、同じ敷地北端の店舗では花垣小売店が営業しています。
Q南部酒造場旧酒蔵前蔵の特色はどこにありますか
A軒下を巡る方杖が鉄製である点です。文化庁データベースはこれを本建物の特色として明記しています。当地方の同種の土蔵、また同一敷地の大蔵では、同じ位置の方杖に木材が用いられています。
Q南部酒造場旧酒蔵前蔵の規模はどのくらいですか
A員数1棟、建築面積146平方メートル。土蔵造二階建、瓦葺で、桁行九間、梁間四間、南北棟の切妻造・妻入です。一間はおよそ1.8メートルにあたります。
Q南部酒造場旧酒蔵前蔵はいつ登録されましたか
A登録年月日は平成十三年十一月二十日、登録告示は同年十二月四日、第三十一回の登録です。登録番号は18-0018、適用基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」です。
Q南部酒造場旧酒蔵前蔵の名称に「旧」が付くのはなぜですか
A醸造の主力が新しい施設へ移ったためです。蔵元の年表は昭和三十八年(1963年)に鉄筋コンクリート造の嘉宝蔵が竣工したと記します。明治期の蔵は取り壊されずに残され、名称に旧の字が加えられました。
Q南部酒造場旧酒蔵前蔵は敷地のどこに建っていますか
A七間通りに面する店舗の南方です。さらに南に、棟の向きを直交させて大蔵が建ちます。西蔵と米蔵は敷地の西寄りに位置します。

基本情報

名称南部酒造場旧酒蔵前蔵(なんぶしゅぞうじょうきゅうさかぐらまえぐら)
所在地福井県大野市元町6-9〜10
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録番号 18-0018/登録基準「国土の歴史的景観に寄与しているもの」
指定年登録 平成13年(2001年)11月20日、告示 同年12月4日(第31回)
員数1棟
寸法土蔵造2階建、瓦葺、建築面積146平方メートル。桁行九間、梁間四間、南北棟、切妻造、桟瓦葺、妻入
所有者株式会社南部酒造場(民間所有。文化庁データベースでは所有者名は非公開)
公開状況内部非公開。外観は周囲の街路から見学可。同一敷地の花垣小売店は9時〜17時営業(原則水曜定休、年末年始休業)

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース ― 南部酒造場旧酒蔵前蔵
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00002537
文化庁 国指定文化財等データベース ― 南部酒造場旧酒蔵大蔵
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00002538
花垣(南部酒造場)― 花垣の歴史
https://www.hanagaki.co.jp/about/history
花垣(南部酒造場)― 会社概要
https://www.hanagaki.co.jp/about/company/outline
ふくいドットコム(福井県観光連盟)― 南部酒造場
https://www.fuku-e.com/spot/detail_7439.html

最終更新日: 2026.08.05